菊池誠(きくち・まこと) 大阪大学教授(物理学)
1958年生まれ。東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。大阪大学大学院理学研究科物理学専攻及び同大学サイバーメディアセンター教授。専門は統計力学、生物物理学、計算物理学。著書に『科学と神秘のあいだ』(筑摩書房)、共著書に『もうダマされないための「科学」講義』(光文社新書)、『いちから聞きたい放射線のほんとう いま知っておきたい22の話』(筑摩書房)など。ギター、テルミン奏者としての音楽活動も行っている。
無症状の甲状腺がんを掘り起こす「検査の害」
検査はいったい誰のためのものなのか。安心は誰のもので犠牲になるのは誰なのか。私たちはあくまでも受診者である子どもたち自身(既に成人している人たちも含め)の幸福という観点でのみ、甲状腺検査の是非を議論しなくてはならない。
「親の不安」を解消するのは甲状腺検査を正当化する理由にはならない。親は受診者ではないからである。不安解消に必要なものは、検査ではなく説明のはずだ。そして、これは最も重要な点だが、被曝影響の有無を知ることを検査の目的としてはならない。それは疫学調査であり、そのためには別の倫理審査と被験者の同意が必要となる。
既に多くの「被害者」を出してしまったことが明かな検査だが、それでも少しでも早く中止を決めるべきである。その際、これまでに見つかった甲状腺がんに関しては生涯にわたる補償を行政として確約するのが当然と筆者は考えている。
ところで、あらゆる検査には利益と害とがあり、それをきちんと知らせるのがインフォームドコンセントである。ところがこれまでの甲状腺検査の説明書では検査のデメリットがきちんと説明されていなかった。そのような批判を受けて、説明書の改訂案が現在議論されている。
しかし、これがまた曲者である。検査のメリットとして、問題がなければ安心につながり、問題があれば早期診断早期治療につながると書かれているのだが、前者は子ども自身の利益ではなく親の利益だろうし、後者は甲状腺がんに早期発見早期治療が有効というエビデンスがない以上、欺瞞である。さらに、放射線影響の有無の解析ができるとも書かれているが、放射線影響の有無を知ることは受診者個人の利益ではない。
逆にデメリットとしては、これまでに述べてきた過剰診断、手術の合併症や経過観察の心理的負担が挙げられており、こちらはある程度妥当に思える。「受診者個人にとっての利益はない」とはっきりと書かれておらず、受診に誘導しようとしているのが大きな問題だろう。「受診は勧めない」と明記して初めてインフォームドコンセントがきちんとできていると言えるのではないだろうか。
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