6月26日。後楽園ホール。長州力引退試合。
午後5時20分。開場前のリング上は長州がマッサージを受け、ロープワークを確認していた。
リングサイドに足を運ぶと、西側の長椅子に武藤敬司が座っていた。昨年3月30日に両膝の人工関節設置手術を受け、1年3か月ぶりの復帰戦。35年のレスラー人生でこれほどの長期欠場はない。
武藤はじっとリングを見つめていた。
私があいさつすると、そこから6月8日にグレート・ムタで参戦したフィラデルフィアでの試合などひとしきり雑談になった。最後に「いよいよ今日、復帰ですが、どんな心境ですか」と率直に聞くと武藤は即答した。
「怖いよ」
そのシリアスな響きにどう返答していいのか戸惑いを覚え、次の問いが出てこなかった。デビュー直後からスター候補生として待遇され、わずか2年目で米国遠征を経験。凱旋帰国後は、アントニオ猪木、藤波辰爾らトップ選手に肩を並べるようにメインイベンターに抜擢。米国ではグレート・ムタとしてトップヒールを極め、日米のマット界で「天才」と評され、1995年10月9日の東京ドームでの高田延彦戦を頂点に平成のプロレスシーンで常にトップとしてリングを彩ってきた武藤敬司。日本プロレス史の中でも群を抜く経験と実績を積み重ねた男でも「怖い」と言わせるリング。「武藤さんほどのレスラーでも怖さがあるんですか」と聞くと「それはそうだよ。試合なんて何があるか分からないんだからさ」と武藤はつぶやいた。
それはプロレスラーしか分からない感性。改めてプロレスというジャンルの奥深さを感じた。
思えば藤波辰爾も同じことを明かしていた。
「リングに上がる時は常に恐怖があるんです。今でもリングシューズに紐を通す時は武者震いがするんです」。
引退した長州は、昨年7月にリングから去ることを決断した時に「もう怖いんです」と胸の内を明かしていた。
レスラーは常に「怖さ」を背負ってリングに上がっている。それは己との戦いだろう。そしてリングに上がれば相手はもちろん、観客とも勝負する。その全ては「怖さ」を克服した末に辿り着いた領域なのだ。
「怖いよ」と吐露してから3時間後の午後8時26分。武藤は復帰戦のリングに上がった。フラッシングエルボー、STF、低空ドロップキック、足4の字固め、シャイニングウィザード…。胸の奥底にある「恐怖」など微塵も感じさせず、ファンの期待に見事に応え、1年3か月の空白を一気に埋めた。ただ、大喚声で沸く客席とは裏腹に「怖いよ」のつぶやきを聞いた私にとって、ひとつひとつの技に殺気と切実、そして魂を感じた。
私は5月10日に武藤の35年のプロレス人生を辿ったノンフィクション「さよならムーンサルトプレス」(イーストプレス刊)を上梓した。この本で武藤は、プロレスについてこう語った。
「プロレスはマインドを見せるものなんですよ」
そして、明かした。
「だからオレは自分の生き様を見せるよ。だから意味のない試合はしたくねぇんだ。これからはひとつひとつがオレにとってもファンの皆様にとっても思い入れを込めた試合にしたい」
長州が去ったリングで56歳の復帰を飾った武藤。逃げもせず隠れもせずむき出しの現実と戦い、そして生き様をリングに叩きつける。 (記者コラム・福留 崇広)
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