▼
「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるが、これはさしずめ代数学(あるいは加群)を切り口に「高校レベルから大学院レベルまで」を見せてくれる本。
朝倉書店の〈すうがくぶっくす〉シリーズの1冊。この〈すうがくぶっくす〉はその名からも明らかなように「ザ・数学書」を目指したシリーズではない。コンセプトは「寝転がって読めて、1,2ヵ月もすると数学が分かったような感じになる本」というものだ。とはいえコンセプトはあくまでコンセプトであって、数学の専門書である以上、そんなことは夢物語に過ぎないのだが、この堀田良之の『加群十話』はその理想をある程度まで実現した1冊と言えるかもしれない。
ここで述べられているのは代数学の1つ、加群である。多少でも数学に興味のある人向けにちょっと解説すると──(興味のない人は飛ばしてOK)
群とは代数的な構造の1つで、ある演算(一般には乗法という)が定義され、その乗法が自由にできるものを言う。簡単な例を挙げれば、有理数は通常の意味での乗法が自由にできるので群だが、整数は例えば2の逆元(2と掛け合わせると単位元である1になる数)を含まないので群ではない。また行列(ここでは行と列の数が等しい正方行列のみを考える)も必ずしも逆行列を持つとは限らないので、やはり群ではないが、逆行列を持つ行列(これを正則行列という)だけを集めてくると、今度は群になる。
けれども行列AとBを掛け合わせる場合、一般にABとBAは等しくない。これを非可換という。対して有理数や実数のように必ずab=baという関係が成り立つ場合、これを可換という。そして可換の場合、定義された演算を乗法ではなく加法と見なして、それを加群と呼ぶことがある(例えば行列の場合、正則行列でなくても通常の加法は自由にでき、A+B=B+Aという関係も成り立つので、加群をなしている)。
内容は高校数学程度の話から始まって、行列の標準形、群の表現論へと進み、最後には代数解析という分野の一端まで垣間見せてくれる。堀田は「はじめに」の中で
今の高校数学や大学の数学科のカリキュラムがどうなっているのか分からないので、自分が知っている30数年前のものを基準にすると、高校生なら第一~二話、数学科1年生なら第四話まで、2年生なら第五話まで、3,4年生なら第八話まで、というのが一応の目標になるだろう。なお第九、十話は大学院修士課程レベルだ(この本に書かれているのは、そのさわり程度なのだろうが)。とはいえ、この代数解析というのはとても面白い。またまた多少でも数学に興味のある人向けにちょっと解説すると──(興味のない人は飛ばしてOK)
実際に第九話に出てくる例を引くと、独立変数tによる関数uについての微分方程式
u" - au' + bu = 0(a,bは定数)
を考える。上でu'=du/dt, u"=d^2u/dt^2ということだが、このd/dtを∂という記号で書くことにすると、上の微分方程式は
∂^2u + a∂u + bu = 0
となる。∂はあくまで「微分する」ことを表す記号(これを微分作用素という)であって変数ではないのだが、上の式からuをくくり出すと
(∂^2 + a∂ + b)u = 0
となって、括弧の中がまるで「変数」∂による2次式のように見えるので、これを「変数」∂の2次方程式と考えて解いてしまうと、そこから出てくる2つの根によって最初の微分法的式が解けてしまうのだ! こうした方法はポントリャーギンの『常微分方程式』の中で既に見ていたものの、微分作用素というただの記号を変数として扱ってしまうなど、考えれば考えるほど衝撃的で、世の中にはとんでもないことを思いつく人がいるもんだ。そして、これを更に高度化させたものが代数解析らしい。
「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるが、これはさしずめ代数学(あるいは加群)を切り口に「高校レベルから大学院レベルまで」を見せてくれる本だ。そして第二話くらいまでは十分寝転がって読むことができる。だが、その先(特に第六話以降)も小説を読むようなノリで読んだり、寝転がって読んで理解できるとは思わない方がいい。その代わり、ちゃんと読めば得られるものは小さくない。
ここで述べられているのは代数学の1つ、加群である。多少でも数学に興味のある人向けにちょっと解説すると──(興味のない人は飛ばしてOK)
群とは代数的な構造の1つで、ある演算(一般には乗法という)が定義され、その乗法が自由にできるものを言う。簡単な例を挙げれば、有理数は通常の意味での乗法が自由にできるので群だが、整数は例えば2の逆元(2と掛け合わせると単位元である1になる数)を含まないので群ではない。また行列(ここでは行と列の数が等しい正方行列のみを考える)も必ずしも逆行列を持つとは限らないので、やはり群ではないが、逆行列を持つ行列(これを正則行列という)だけを集めてくると、今度は群になる。
けれども行列AとBを掛け合わせる場合、一般にABとBAは等しくない。これを非可換という。対して有理数や実数のように必ずab=baという関係が成り立つ場合、これを可換という。そして可換の場合、定義された演算を乗法ではなく加法と見なして、それを加群と呼ぶことがある(例えば行列の場合、正則行列でなくても通常の加法は自由にでき、A+B=B+Aという関係も成り立つので、加群をなしている)。
内容は高校数学程度の話から始まって、行列の標準形、群の表現論へと進み、最後には代数解析という分野の一端まで垣間見せてくれる。堀田は「はじめに」の中で
対象とする読者は、数学に興味をもつ高校生や初年級の大学生、あるいは、代数学を勉強したい(または単位をとらねばならない)が、本格的な教科書を開いても講義を聴いても、いま一つポイントがつかめずに困っている方々である。と書いていて、実際その通りなのだが、そうした人たちがいずれも「この本を最後まで読み通せる」とは一言も書いていないことは注意すべきだろう。こうしたことは叙述ミステリでは基本中の基本だ(この本は全くミステリではないが 笑)。
今の高校数学や大学の数学科のカリキュラムがどうなっているのか分からないので、自分が知っている30数年前のものを基準にすると、高校生なら第一~二話、数学科1年生なら第四話まで、2年生なら第五話まで、3,4年生なら第八話まで、というのが一応の目標になるだろう。なお第九、十話は大学院修士課程レベルだ(この本に書かれているのは、そのさわり程度なのだろうが)。とはいえ、この代数解析というのはとても面白い。またまた多少でも数学に興味のある人向けにちょっと解説すると──(興味のない人は飛ばしてOK)
実際に第九話に出てくる例を引くと、独立変数tによる関数uについての微分方程式
u" - au' + bu = 0(a,bは定数)
を考える。上でu'=du/dt, u"=d^2u/dt^2ということだが、このd/dtを∂という記号で書くことにすると、上の微分方程式は
∂^2u + a∂u + bu = 0
となる。∂はあくまで「微分する」ことを表す記号(これを微分作用素という)であって変数ではないのだが、上の式からuをくくり出すと
(∂^2 + a∂ + b)u = 0
となって、括弧の中がまるで「変数」∂による2次式のように見えるので、これを「変数」∂の2次方程式と考えて解いてしまうと、そこから出てくる2つの根によって最初の微分法的式が解けてしまうのだ! こうした方法はポントリャーギンの『常微分方程式』の中で既に見ていたものの、微分作用素というただの記号を変数として扱ってしまうなど、考えれば考えるほど衝撃的で、世の中にはとんでもないことを思いつく人がいるもんだ。そして、これを更に高度化させたものが代数解析らしい。
「ゆりかごから墓場まで」という言葉があるが、これはさしずめ代数学(あるいは加群)を切り口に「高校レベルから大学院レベルまで」を見せてくれる本だ。そして第二話くらいまでは十分寝転がって読むことができる。だが、その先(特に第六話以降)も小説を読むようなノリで読んだり、寝転がって読んで理解できるとは思わない方がいい。その代わり、ちゃんと読めば得られるものは小さくない。
お気に入り度:



掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
「ブクレコ」からの漂流者。「ブクレコ」ではMasahiroTakazawaという名でレビューを書いていた。今後は新しい本を次々に読む、というより、過去に読んだ本の再読、精読にシフトしていきたいと思っている。
職業はキネシオロジー、クラニオ、鍼灸などを行う治療家で、そちらのHPは→http://sokyudo.sakura.ne.jp
この書評へのコメント
コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:朝倉書店
- ページ数:186
- ISBN:9784254114638
- 発売日:1988年10月01日
- 価格:3456円
- Amazonで買う
- 7netで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。