骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第38話 「先読魔王」

 勇気ある者を勇者と言うならば、この時のンフィーレアこそが勇者であろう。口から泡を吐き、血涙を流して助命を(こいねが)うべき神話級の化け物を前にして、少年は一歩も退かない。

 

「エンリ? ネム? 勇者かレアの中に、そんな名の人間がいたのか?」

「モモンガ様、第六階層デノ訓練ニ参加シテイル“シャルティア”ノペットガ、“エンリ”トイウ名デアリマシタ」

「“ネム”とは、私の姉が世話をしているペットですわ、モモンガ様」

 

「ペットじゃない! 僕の大事な人だ!!」

 

 ンフィーレアはまったく動揺しない大魔王たちに苛立ちを覚えたのか、手にした奇妙な大剣を地面へ突き刺し、天使たちへ宣告する。

 

「浮遊都市の天使様! 貴方たちにとって、“ギルド武器”は命よりも大事なモノであると聞きました! ならば取引です! 大魔王を倒し、僕の大事な人を救い出す手伝いをしてください! 代償としてギルド武器は差し上げます!」

 

「そ、それは願ってもない取引だが……」

 

 浮遊都市の守護者にとって、ギルド武器が拠点に戻るのは数百年ぶりの快挙だ。命を懸けても取り組むべき事案である。とはいえ、目の前の六体――世界を滅ぼすことのできる怪物たちを倒すことが出来るのかどうか。

 浮遊都市の現戦力は、竜王との最終決戦――実際は仲間割れに付け込まれた戦い――に連れて行ってもらえなかった余り組なのだ。例外なのは、リーダーである恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)ぐらいであろう。

 

「天使長様、ギルド武器が戻るならば主様も喜ばれましょう」

「悲願でもあります。いつ破壊されるやもしれん、と怯える必要もなくなります」

「いつの日かお戻りになる主様のためにも、取り戻しましょう」

 

「当然だ! 皆やるぞっ!!」

 

 ギルド武器を取り戻すことは確定事項だ。

 それでも一瞬迷ったのは、敵対プレイヤーに自分たちだけで勝てるのかという不安によるもの。トラップは動かず、フィールドエフェクトも使用できない。宝物殿からアイテムの補充など許可されておらず、金貨を使用する仲間の復活も不可能なのだ。

 即時蘇生なら魔法でどうにでもなる。だがもし金貨によるNPC蘇生が叶うなら、数多の竜王たちを殺戮した100レベルがこの場に揃うだろう。アンデッドの侵入者など軽く撃退できる、最精鋭の守護者たちが……。

 無論、五億枚の金貨などあるはずがないので夢物語に過ぎない。

 

「盾持ちは前衛にて敵を止めろ! 残りは神聖属性の魔法を叩き込め! 相手はアンデッドだ、分はこちらにある!」

「「「はっ!」」」

 

 アンデッドに対し、天使は天敵と言ってイイだろう。カルマ値の大幅な差も含めれば、ボーナス特攻も付いてお得に殲滅できる。

 大魔王とて例外ではない。

 恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)の持つ切り札――死の暴虐を斬り払う神聖属性特殊技術(スキル)は、通称“神の光”と言われるだけの威力を誇っており、カルマ値極悪のアンデッドなど即成仏なのである。

 

「面白い、チーム戦と行こうか! アルベド、リーダーの熾天使を引き付けろ。コキュートスは左、セバスは右だ、天使の数を減らせ。デミウルゴスは強化支援(バフ)・回復要員の天使を牽制、パンドラは属性防御と治癒を。さぁ、戦いを楽しもうか! 〈集団標的(マス・ターゲティング)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉!」

 

 大魔王の膨大な魔力が守護者を包み、明確な戦闘開始が宣言される。

 中央前衛にて早着替えのアイテムを使用したアルベドは、漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏っていた。右手には巨大な斧頭を持つ武器(バルディッシュ)、左手には“真なる無(ギンヌンガガプ)”の形態変化武器であるメイスを持ち、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)敵愾心(ヘイト)を稼ぐ特殊技術(スキル)で全てを受け止める。

 

 コキュートスは純粋なる武器攻撃のみで、盾持ち天使へ襲いかかっていた。相手が防御特化であるため容易く斬り崩すことはできないものの、歯応えのある敵対者を前にした蟲王は、全身で歓喜を表しながら嬉しそうに四刀を振るう。

 

 もう一人の前衛アタッカーであるセバスは、行く手を遮ってくる大盾へ片手を添え、気合と共に浸透撃を放っていた。盾や鎧を貫通する特殊な攻撃手法であり、防御特化には有効な対策だと言えよう。同格の100レベル相手には『微妙』と評価される程度しか通らないが、格下の天使なら十分である。とはいえ、相手のHP量からするとまだまだ時間はかかる。

 

 後衛のデミウルゴスは遠距離攻撃用の鋭利な羽をばらまき、支援型天使の身を刻んでいた。一撃一撃はHPを僅かに削る程度の、いやがらせ的な効果しかない。それでも積み重ねれば、仲間の治癒や強化への対応を遅らせることが可能であろう。それにこっそり混ぜられる状態異常系の特殊技術(スキル)が天使たちを混乱させる。ベテランプレイヤーならばそれぞれの対策は完璧だろうが、NPCだと経験不足だ。初めて喰らうマイナーな状態異常は、致命的ではなくとも非常にウザい。

 

 パンドラはひたすらバフを重ねていた。攻撃には一切加わらず、最も危険な状況のアルベドを中心として、徹底的な神聖属性対策である。加えて回復要員として忙しく変身を繰り返す。天使を相手にしている、カルマ値の低い悪魔やアンデッドを支える必要があるのだ。それも普通の治癒ではダメージを喰らう死の支配者(オーバーロード)も居るので、全体回復などは使えない。埴輪男にとっては神経をすり減らす戦場であった。

 

 

 

「ふはははは、素晴らしいな天使たちよ! これ程のダメージを受けたのはユグドラシル以来だ。やはり天使系との戦いは厳しいものがあるな」

 

「愚かなアンデッドめ! 笑っていられるのもここまでだ!」

 

 盾持ち天使の後方にて、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)の身体が光る。カルマ値の低い異形種プレイヤーならば、一度は目にしたことのある最悪の光景だ。

 最上位の天使が繰り出す、アンデッドを消滅させ得る神聖属性の特殊技術(スキル)。100レベルの死の支配者(オーバーロード)であっても甚大な被害を負う、恐るべき切り札である。

 

「不浄殲滅の光をその身に浴び、消え去るがイイ!」

「夫に手を出す腐れ天使がぁっ! 貴様の相手は私だっ!」

 

 アンデッド特効の凶悪な一撃がモモンガへ襲いかかろうとする直前、アルベドが身代わりスキルを発動させる。全てのダメージをその身に背負う、タンク系の緊急防御支援だ。

 だがカルマ値の低い悪魔、アルベドにとっても熾天使の切り札は重過ぎる。腕一本では済まない重傷を負うことになるだろう。前衛の要であるアルベドが脱落するなど、この時点では勝敗を決する敗因になりかねない。

 

「発動! ヘルメス・トリスメギストス!」

 

 アルベドが眩い神の光に包まれる中で発動させたもの、それは己の身に纏う神器級(ゴッズ)鎧に秘められた奥の手だ。三重装甲の鎧に衝撃を流し込み外側から自壊させることで、自身へのダメージをゼロにする絶対防御。超位魔法ですら無効にするのだから、熾天使の切り札など言うに及ばず。

 

「な、なに?! 主から与えられた私の秘儀がっ、鎧の外装を破壊しただけ――だとっ?」

 

「ふん、旦那様に対する私の愛に不可能はないわ!」

 

 追加装甲が弾けてスタイルが強調されるスーツアーマーになってしまったアルベドは、危険物っぽい大きな胸を逸らし、天使どもの驚愕を一身に引き受ける。

 これもヘイト管理の一環なのだろうか?

 

「……ま、まぁよくやったアルベド、あとは任せておけ。デミウルゴス、熾天使の再使用可能時間(リキャストタイム)が過ぎる前に、後方支援の天使を減らすぞ!」

 

「はっ!」

 

 デミウルゴスは後衛の天使たちに万遍なく攻撃を加えていた。一体への集中攻撃ではなく、ダメージ量の小さい――且つ避けにくい範囲攻撃を主体にした執拗な嫌がらせである。

 当然そんな“鋭利な羽”程度では、天使のHPをたいして削れない。

 

「まずは左端のヤツからだ! 〈魔法最強三重化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!」

「かしこまりました! 〈悪魔の諸相:触腕の翼〉!」

 

 魔王が持つ最強クラスの魔法に加え、デミウルゴスが放つ触手のような羽が――先程までとは異なり、たった一体に集中してぶつけられる。

 次元を斬り裂く魔法の刃に、無数の鋭利な羽。

 自身の身長より長いメイスを抱え、必死に盾持ち天使の治癒を行っていたレベル70台の支援型天使は、分割された己の身体に戸惑い、残った片目で天を見つめては、ここには居ない誰かに対し謝罪の言葉を叫び、どしゃりと潰れた。

 長きに渡る浮遊都市の防衛から解放されるに至ったのだ。

 つまり、死亡である。

 

「バカなっ?! 拠点防衛を任される我らがそんなに容易く!?」

 

「ああ、やはり気付いてなかったか。ユグドラシル時代のAI制御が、今でも戦闘経験として残っていることに」

「HPを二割五分以上削らなければ回復しない。ならばそのギリギリまで削り、あとは大技で一気に仕留める。流石はモモンガ様、NPCの特性を熟知しておられる」

「まぁ、拠点襲撃の経験だけは多いからな、っともう少し潰しておこう」

「はっ!」

 

 レベルが低くとも、NPCの職業構成次第ではカンストガチ勢とも戦える。だから拠点防衛に用いられるNPCは、たいていが硬くてしぶとい。モモンガの執務室を護る、コキュートス配下の(しもべ)のように。

 とはいえ当然のように攻略法はある。

 その第一が、AIの条件制御を見切ることだ。

 HPがどれだけ減ったら回復するのか? 攻撃の選択条件は? バフの種類とかける順番は? どんな攻撃を受けたらどんな回避行動をするのか? などなど。

 モモンガにとっては朝飯前の児戯であろう、飯食えないけど。

 

「自由意思を持っていても、自身の戦闘経験を否定することは難しいものだ。好きに戦っているように見えるシャルティアでさえ、“ぺロロン”と“ヘロヘロ”が組み上げたAIの影響を濃く受けている」

 

 支援型天使を軽く殺害しながら片手間に解説を行い、大魔王はNPCの問題点と可能性について言及する。

 

「ユグドラシル時代のAIに縛られるのは、対プレイヤー戦で致命的な弱点になる。次の行動が読まれるのだから、大技も小技も意味を成さない。ただ、この世界でのNPCは新たな経験を積めるので、成長することが可能だ。特にナザリックでは造物主を追放しているので、気兼ねなく与えられていた戦術を覆すことが出来るだろう。此処の天使たちと違って、な」

 

 造物主から与えられた戦闘経験――AIによる戦術は、武装や特殊技術(スキル)とリンクしており、おいそれと変更出来るものではない。それに主の意向に背くことになるかもしれないのだから、新戦術の模索には消極的だ。

 プレイヤーと共に竜王などと戦った外征組なら、変化の余地はあったのかもしれない。また仲間同士での殺し合いに巻き込まれた(しもべ)なら、必要に迫られて学んだのかもしれない。

 後はそう、大魔王のように先導するプレイヤーが居たなら……。

 

「ふざけるなアンデッド! 我らの防衛陣は数百年に渡って破られたことはない! “真なる竜王”どもとて、この都市に攻め入ることはできなかったのだ!」

 

「当然だ。特に何をするわけでもない浮遊都市など、危険を冒してまで攻撃するか? 地上に水をやり、天使が守護しているだけの廃墟だ。希少なお宝には興味をそそられるかもしれんが、ギルド武器を抑えている以上放置しても危険は少なかろう。それにプレイヤーほどギルド拠点の事情を知らんだろうからなぁ、とそれより」

 

 金貨を消費するシステムは意外と細かい。拠点における収支バランスなど、竜王には知る由もないはずだ。十三英雄のリーダーとやらも、多くを語らずしてこの世を去ったらしい。無論、NPCに至っては手出しできず、管理もできない領域である。

 モモンガは拠点のトラップすら動かせない憐れな浮遊都市の守護者を眺め、優しく語る。

 

「よいのか? 蘇生しなくて。NPCがこのまま死亡してしまえば、金貨消費による蘇生しかできないぞ。つまりプレイヤーが不在の現状では、復活不可ということだ。どうするのだ? 即時蘇生可能時間は残り180秒ぐらいだぞ」

 

 殺害した天使の蘇生可能な時間を正確に把握し、大魔王は「早く隙だらけの蘇生魔法をかけるといい。無防備になるだろうがな」と攻撃準備を整えながら煽りに煽る。

 

「ああ、もちろん、蘇生すると見せかけて、再使用可能時間(リキャストタイム)が過ぎたアンデッド特効の特殊技術(スキル)を再び浴びせてくる、というフェイントも歓迎するぞ。戦いの中で成長し、過去に用いたことのないトリッキーな小技で逆転を狙うのも、自由意思に目覚めたこの異世界ならではの面白さだからな」

 

 ナザリックのNPCたちが変化し成長しているのだから、他のNPCが変わらないわけがない。それになにより、成長を見せてくれた方がモモンガにとっては楽しいのだから、熾天使たちの行動から目を離せない。

 ユグドラシル時代のAIから考えると、この場合――後方支援の天使が数体倒されたのなら、即座に蘇生魔法を行使するはずだ。だからパターンとして、蘇生魔法を使う瞬間に大魔法を叩き込むのが御約束。よく知られた攻略法の一つである。

 

「な……なぜだ?」

 

「――ん? なぜ、とは?」

 

「どうして私たちの行動を読めるのだ?! 私の切り札まで、最初から知っていたかのようにっ」

 

「やれやれ、私の話を聞いていなかったのか? 私はな、拠点防衛用のAIとは飽きるほど戦ってきたのだ。だから先を読めるし、天敵である天使の切り札を忘れたりもしない。まぁそれより、蘇生しないのか? あと30秒だぞ」

 

「くっ」

 

 蘇生しないという選択肢はない。浮遊都市に残された数少ない守護者なのだ。金貨復活が不可能な今、戦力の低下は避けなければならない。

 

「お前たち、死亡した者の蘇生を行え! 時間は私が稼ぐ!!」

 

 恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)は前衛へ躍り出て、防御特殊技術(スキル)を連発している盾持ち天使の横に並ぶ。

 アルベドの真正面だ。

 当然ながら一騎打ちをしようというのではない。己に敵愾心(ヘイト)を集めるため、もう一つの切り札を行使するのだ。

 

「全体攻撃ならば避けられまい! 喰らえ!!」

 

 熾天使が持つ厄介なアンデッド特効の切り札、第二弾。

 単体攻撃版と挙動が似ているので見極めが大切であり、範囲攻撃の分だけダメージ量は劣るものの、神聖属性の防御魔法がないとシャレにならない、カルマ値の低いプレイヤーにとってはHPを大幅に削られる一撃だ。

 とは言っても、しっかり対策をとっていれば怖くはない。モモンガのように攻撃を読んでいるなら尚更だ。

 

「よしここだっ! デミウルゴス、相手の攻撃は無視して後衛の天使へ大魔法だ! 回復はパンドラに任せろ! ゆくぞっ、超位魔法!」

 

 一発喰らっても問題ないのであれば無視する。その時間で大技の準備を整える。

 簡単なようでいて非常に恐ろしい対応だ。喰らうダメージ量を正確に把握していなければ、とてもやろうとは思わないだろう。

 おそらく、大魔王には経験があるのだ。悪魔やアンデッドの身を焼き焦がす、神の光を浴びた経験が、幾度も……。

 球体状に広がった魔法陣、握りつぶされる課金アイテム。魔王と悪魔が織りなす暴力の嵐は、浮遊都市の舞台へと降り立つ。

 

「御心のままに! 〈隕石落下(メテオフォール)〉!」

「〈大呪詛蠱毒厭魅〉! 死を誘え、腐れ爛れて、恨んで呪え!」

 

 辛うじて保たれていた浮遊都市の美しき街並みが、落下した真っ赤な隕石によって砕かれる。何百年もの間、帰らぬ主を待ちながら補修を繰り返した日々。自動補修の許容を超える破損は、生産系NPCの手によって支えてきたのだ。

 巨大な浮遊都市を、たった三十名で、気が狂うほどの年月を。

 

 仲間の蘇生を行おうとしていた天使は、頭上に落ちてくる隕石を前にして、回避行動をとれないでいた。そんなことをすれば蘇生魔法が途切れてしまう。仲間を見捨てることと同義だ。それに天使長の命令権限は主の次に位置し、絶対だ。逃げるわけにはいかない。

 だけど、何か変だ。

 蘇生がまだなはずなのに、死んだ仲間が私の腕を掴んでいる。痛いほどに。

 奇妙な唸り声を上げながら顔を上げ、私を見る。真っ黒に澱んだ天使とは思えぬ瞳で。

 

「「ウゥボボボボボォォオオオォオオオオ!!」」

 

 死んでいたはずの天使が生きている仲間へ掴みかかり、落ちてきた隕石と共に弾け飛ぶ。

 魔法行使中で無防備であった天使の身体はバラバラに飛び散り、後衛の支援型天使六体は無残な有様に成り果てていた。

 だがそれでも終わらない。

 大魔王の超位魔法は、ここからが神髄だ。

 

「ふははは、いい具合だぞ。プレイヤー相手だと死体を用意するのも大変だからな。死んでいる奴がいないと威力半減なんてふざけた話だが、今回は上々だ」

 

 超位魔法〈大呪詛蠱毒厭魅〉。

 死が死を呼び、最後には全てを巻き込む呪詛となりて噴き上がる。

 

「仲間の怨念が篭った呪いを受けるがいい! 言っておくがこの呪いは避けられん。お前たちの仲間から贈られたモノなのだからな。耐性など役に立たんぞ。有難く受け取れ!」

 

 死者を怪物化させて同士討ちさせる第一段階、そして拡大した被害者の怨念を肥大化させて生き残りへ放つ第二段階。

 超位魔法としての恐るべき効果は、この第二段階に込められている。

 完全耐性すら貫通する呪詛。レベル100のプレイヤーにすら通じる、HPとMP――さらにはステータスやレベルさえも蝕む、殺された仲間からのドス黒い悪意。生きている者への嫉妬、犠牲となった無念、助けてくれなかった恨み。加えて、ただ殺したくて堪らないという異常なほどの殺意。

 これほどの呪詛を浴びては、流石の熾天使も地べたを舐めるしかない。

 

「馬鹿なっ! この呪い――解けないだと!?」

 

「残念、時間経過でしか解けないタイプだ。まぁプレイヤーの間では、一度殺してから復活させるのが定番の解呪法だけどな。解けるのを待っていたら数レベル分の経験値を持っていかれるのだから、早めに殺して僅かなロスで抑えよう、という計算だ」

 

『思ったより上手くいった』とご機嫌な魔王は、ユグドラシルでの解決法まで口にして、呪いに打ちのめされている天使たちへ判断を迫る。

 無論、黙って見ているつもりはないが。

 

「ふざけるな! この程度で私を抑えられると思うなよ。身体を蝕む呪いごときが何だというのだっ。魔法や特殊技術(スキル)が使え、武器を振るえるなら問題ない。さっさとお前を倒すだけだ、大魔王!」

「無駄よ! 旦那様には指一本触れさせないわ!」

 

 解呪せず、そのまま戦うのも一つの選択だろう。敵を数手で倒せるのなら、そちらを選ぶのも有りと言えば有りだ。

 目の前にバカ硬いガチタンクのアルベドが立ちはだかっていなかったら、良い一手だったと言えなくもない。

 

「邪魔だ退けっ!」

「邪魔者は貴様よ! 妻が夫の傍を離れるわけないでしょう!」

 

 魔法武具の中でも最高傑作と称される神器級(ゴッズ)――その中でも課金アイテムを使って最上位に仕上げられたハルバード。熾天使が振り下ろす神の武器は、ガチタンクであろうとも無視できない威力を持つ。

 

 ギンッ!

 

 容易く弾かれて、驚愕のあまり己のハルバードを見つめる。

 鎧姿の女悪魔が持つ小さなメイスによって、いとも簡単に押し返されただけではなく、何の破損も与えられなかったのだ。

『そんな馬鹿なっ?』ともう一度、主から与えられた破格の武器を見る。

 一撃で相手の武器を砕き、二撃目で鎧を裂き、三撃目で敵の命を屠る――とのフレーバーテキストが刻まれている、カンスト勢ですら欲しがる逸品だ。無論、文字通りの能力があるわけではないが、『まともに受けても無傷でいられる』なんて矮小な威力では決してない。

 それなのに――。

 

「ふふふ、自慢のハルバードだったみたいだけど、この“真なる無(ギンヌンガガプ)”は壊せないわよ。もう一度試してみる?」

「ふざけるな! 何か特殊技術(スキル)でも使ったのだろう?! 次は無いぞっ!」

 

 100レベルの戦闘系が真正面からぶつかりあう光景は、大魔王から見ても美しく、見事であった。攻撃しているのが熾天使だけだったり、アルベドはメイスで攻撃を捌いているだけだったりするものの、近くに寄るだけで斬撃の余波に巻き込まれてバラバラになりそうな暴風である。

 コキュートスも、盾持ち天使ではなく熾天使と立ち合いたかったと思わずにはいられない。

 

「オオ、素晴ラシキ剣技ダ」

 

「あれは課金系の戦闘AIだな。6番か13番に少し手を加えたモノだろう。ヘロヘロみたいな専門家がいれば、ワザと似せてプレイヤーを騙したりもするのだろうが、見たところ大幅な変更は無さそうだ。まぁ、ハルバードのような長物は、使用するAIが限定されるからなぁ」

 

「流石はモモンガ様。敵の動きを軽く見ただけで、その全てを看破されたのですね。まさに全世界を支配する至高なる御方の御慧眼! 感服いたしました」

 



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