十年後3 | |||
大祭当日は、まだ暗くて見物客が集まらないうちに、競技場に移動しました。控え室の中で、私たち四十人の生贄は、最後の朝を待ちました。別の部屋には、最初に生贄にされる奴隷たちや、あの姫様の一行も、いるはずです。吊るされた時に粗相のないよう、私たちは昨日から何も食べていません。けれど緊張しているのであまり空腹は感じません。水だけは飲んでいいのですが、それも神殿で用意した香料入りの水だけです。これを飲んでおけば、最期の時に放尿しても臭くなく、いい香りがするのだそうです。そうか、吊るされて死ぬ時に、おしっこをしちゃうのか。ちょっと嫌だなと思いました。 私以外の生贄はみんな年上のお姉さんたちです。私の事を奇異な目で見る人もいましたが、私が生贄になった政治的な事情を知る人も多いようで、中には優しく声をかけてくれる人もいました。一人のお姉さんが、「あなた、こんなに小さいのに、大人たちの都合で生贄になるなんて、かわいそう。」と言ってくれました。「私たちは何年も前から生贄に決まっていたので、覚悟は十分にできているし、私たちの大事な神様に捧げられるんだから、満足なの。でも、あなたにしてみれば、全然知らない神様の生贄になるなんて、つらいでしょうね。」私は「いえ大丈夫です。私も覚悟はできてますし、それに、生贄としてだけど、帝都に来て良かったと思ってます。カンと帝国でいろいろあったようですけど、カンの人も、帝国の人も、神様を信じる気持ちは同じなんだとわかりました。帝国の人たちもみんないい人です。」と答えました。これはうそではありません。朝を待つ間に書いた家族への最後の便りにも、そう書いておきました。私に話しかけてくれたお姉さんは、もう何も言わず、私の頭を優しく撫ぜてくれました。 朝になりしばらくすると、控え室にも通路の方からザワザワいう声が聞こえてくるようになりました。人々が集まりだしたようです。さらに時間が経つと、競技場にたくさんの観客が入っている様子が、音だけでもわかるようになりました。突然大歓声が上がりました。どうやら最初の奴隷の生贄奉献の儀式が始まったようです。私たちも、そろそろ準備を始めなければなりません。 私たちは服を脱いで裸になりました。やっぱり他の生贄の人たちは、私よりずっと大人です。胸もお尻も大きいし、下の毛も、きゃっ、すごく生えてます。私は、同年代の子に比べても成長が遅くて、胸もちょっと膨らんでいるだけだし、あのっ、下も生えだしたばかりです。裸になって少し恥ずかしそうにしていると、さっきのお姉さんが「かわいいわよ。」と言ってくれました。 それから香料水で身を清めていると、奴隷たちの絶叫が聞こえてきました。奴隷奉献も終りに近づいているようです。やがて控え室まで血の臭いが漂ってきました。まもなく私たちの出番です。身を清め終わった頃、突然男の人たちが控え室に入ってきました。私は裸だったので一瞬びっくりしましたが、考えれば、これから裸で何万人もの人が見ている前に出て行って、そのまま高く吊るされるのですから、これくらいで恥ずかしがっているわけにはいきません。男の人たちは、生贄の手を後ろ手に縛り始めました。もちろん私も縛られました。吊るされた時に暴れないためだそうです。いよいよ吊るされる時には足も縛るそうです。私暴れたりしないのになぁ。でも最後に首が絞まる時には、苦しくて思わず暴れてしまうのかな。 ついに時間になりました。私たちは誘導役の神官さんを先頭に競技場内に入場しました。観客席からは大歓声が上がります。競技場の地面は、先に捧げられた奴隷たちの血で真っ赤です。歩くと足に血がついて気持ちが悪いです。これが清めだというのですが。 競技場の真ん中には大きな祭壇があって、その両側に四十組の柱と横木が並んでいました。あの横木に私たちが吊るされるんですね。大神官さんの合図で、私たちはあらかじめ聞いていた横木の所に散らばりました。私は右側の列の一番前、二番目に吊るされる場所です。いつも一番最初に吊るされる事に決まっている神官の娘と、最後の帝国貴族の娘以外は、くじ引きで順番を決めるのですが、今回は特別に、早く楽になれるようにと私を二番目にしてくれたらしいです。みんな本当に優しいです。 私の向かい、左側の一番前の横木、一番最初に吊るされる生贄は、さっきのお姉さんです。お姉さんは神官さんの娘さんだったんです。お姉さんは私の方を見ると、にっこりと笑いました。 神官さんたちが一斉に祈りの言葉を唱え始めました。もちろん私には聞いた事もない祈りです。けれど大勢の神官さんが声を揃えて唱える祈りには、不思議な厳かさが感じられました。その響きの中、まず一人目の生贄、お姉さんが紹介され、神官さんから最後の祝福が与えられました。助手らしき人がお姉さんの足首を縛りました。そしてお姉さんの首に縄の輪がかけられました。いよいよ吊るされる準備ができたのです。 その時、お姉さんは、私の方を向き、片目をつむってから、なにか言うように口を動かしました。声は聞こえませんでしたが、なぜか私にはお姉さんが、確かに「先に逝くよ。」と言ったように思われました。 次の瞬間、お姉さんの体が、弾けるように飛び上がり、空高く持ち上がりました。奴隷たちが縄を引いたのです。お姉さんは、高く吊り上げられ、グゥーと声をもらし、一瞬苦しそうな顔をしましたが、次の瞬間、弱々しくですが確かに微笑みました。そしてお姉さんの体は、ビクンビクンと震え、両足の間から飛び散ったおしっこが、太陽の光にキラキラ輝きました。そしてお姉さんは静かになりました。 次は私の番です。神官さんたちの祈りの合唱は、まだ続いています。私の事が紹介されます。「次の生贄は、はるばるカン地方から、帝国の団結と融和の印として、やってこられたエディア・カラ嬢です。エディア嬢は、若干13歳ながら、偉大なるアノ・カリス神の徳を慕われ、帝国とカン地方の一体化の礎となられるため、自ら望んで生贄となられたのです。」観客席から大拍手が起こりました。なんだか違うんだけど、まぁいいかな。 私にも最後の祝福が与えられました。でも私にとっては異教の祈りである事は変わりません。やはり私は死んでからはブリア様の国へ行きたいと思います。実は、本当に内緒なのですが、手を縛られる直前に、ブリア様の小さな護符を飲み込んでおきました。他の生贄や私たちの手を縛りに来た人の中には、うっすら気がついていた人もいたようですが、誰も何も言いませんでした。みんな私の気持ちをわかってくれたようです。お腹の中の護符は、お腹を切り開かなければ見つからないでしょう。このあと、私の体を料理して食べるのは、カンの役人さんなので問題はないでしょう。 そして私の足首も縛られ、首には輪がかけられました。いよいよ最期です。でももう何も怖くありません。私もお姉さんのように、笑って死んでいこうと思います。奴隷たちが縄を引き始めました。ただでさえ体の軽い私は、簡単に宙に舞い上がりました。首がギュっと絞まり、息がつまりました。すぐに首の骨がゴキンと鳴り、急速に全身から力と命が抜けていきました。股間をおしっこが濡らすのをかすかに感じました。 さよなら、お母さん、お父さん、家族のみんな、メトラ先輩、学校のみんな、カンの人々、そして帝都で出合った人々。懐かしい人々の顔を思い浮かべながら、私は最後まで笑顔を続けようとしました。しかし、すぐに目の前も、頭の中も、真っ暗になっていきました。 追記 エディアの健気な最期は、帝都の人々に深い感銘を与えた。 そして、エディアの最期を伝え聞いたカンの人々にも。 後日、エディア最後の手紙が公表されるに及んで、 エディアは、帝国、カンを問わず、平和と和解を求める人々のシンボルとなった。 なお、エディアに慕われた先輩、メトラは、三年後、17歳で見事「竿の少女」となった。 今までにない、高得票数だったと伝えられている。 (おわり) | |||
竿のメトラ | |||
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