十年後2 | |||
それから一月余りの馬車旅の末、私たちは帝都ヨホイアに到着しました。帝都はさすがに大きく、人の数も家の数も、カンの都トリバイとは比べ物になりませんでした。そして帝都は、すでに祭りの興奮で沸き返っていました。到着後、私たちは数日間を休養で過ごしました。そして大祭の二日前、生贄の顔揃えが行われました。 帝国の神、アノ・カリスの神殿に集まった生贄たちは二百人以上。全て17,8歳の少女たちで、ただ一人幼く小さな私は人々の目を引きました。大神官からのねぎらいの言葉や、儀式の手順の説明がありました。この後、大祭当日に競技場で生贄として吊るされる生贄を選抜し、選に漏れた者たちは、明日首を斬られ、首は神殿前に、胴体は競技場外周に飾られるそうですが、私は今回の特別な事情があるので、最初から競技場で吊るされる事に決まっているそうで、選考には参加せず神殿を退出し、皇宮に向かいました。 皇宮では、皇帝陛下への謁見が行われました。陛下もカンとの関係には神経を使っておられるようで、特別に今回の謁見が実現したのです。陛下は三年前に皇位を継がれたお若い方で、政治的な事情で生贄となる私の事を不憫がっておられました。ずいぶんお優しい方のようです。陛下のおっしゃる所では、陛下の今年12歳になる姫様も生贄になられるという事です。姫様は大祭の最後に、その首と血と心臓と、そして子宮と卵巣を神に捧げられるそうです。12歳というのは、例になく幼い年齢だとの事ですが、いくつであろうと、それが二十年に一度の大祭での、皇家の姫の義務なんだそうです。陛下は、私がその姫様と同じような年頃なので、とくに私に同情してくださったのでしょうか。 陛下は謁見の後で、特別に私をその姫様にも会わせてくださいました。姫様は、さすがに気品があり、自分が生贄となる事にも全く動じない毅然とした御様子で、とても私より年下とは思えませんでした。姫様のおっしゃるには、神に捧げられるのはとても名誉な事であり、これ以上の喜びは無いとの事でした。考えてみれば、私たちカンの人間がブリア様への生贄になる事を無上の喜びとするように、帝国の人々にとっては、アノ・カリス神への生贄になる事が喜びなんだなと感じました。神への思いはカンも帝国も同じなのですね。 翌日は、特別に頼んで、前日選に洩れた生贄たちの「処理」をこっそり見学させてもらう事になりました。怖い気持ちもしましたが、万一大祭当日に怖気づいたりしないよう、覚悟を決めるために、ちょうどいいかなと思ったのです。 神殿前の広場にはもう大勢の見物人が集まっていました。私は人目につかないよう、神殿の裏口から入り、広場に面した部屋の窓の隙間から様子を見ていました。やがて神殿から広場に、大勢の生贄たちが出てきました。みんな、すでにしっかり覚悟を決めた表情です。横で説明してくれた神官さんの話だと、彼女たちに死への怖れはもう無い、あるとしたら明日の大祭当日に吊るされる事のできない悔しさだけだろうという事でした。そんなものなのでしょうか。生贄たちは、すでに全員裸になっていました。そういえば、明日は私も裸で生贄になるんですね。ちょっと恥ずかしいな。 広場には三つの土壇がしつらえてありました。最初の三人の生贄が、進み出て壇上にひざまずきました。神官が短い祈りを捧げます。首切役たちが一斉に高く剣を振りかざし、素早く振り下ろします。生贄たちの首は簡単に斬れて、血を吹きながら前に転がります。介助人たちが、素早く首を拾い上げ、顔についた血と砂を拭い、神殿前に設けられた大きな棚に並べていきました。胴体の方は、広場にたくさん設けられた横竿の一つに、さかさまにぶら下げられました。首の切口から血が滴り、下に置かれた容器に溜まります。しばらく血抜きをしてから、生贄の体は競技場の方へ運ばれていきました。今から競技場の外周に飾られるのです。血抜きをしている間にも、次の生贄たちが壇上に進み、首を斬られていきます。 同じような手順で、生贄が次々と「処理」されていきました。最初は少し怖かったけれど、次々と生贄が「処理」される所を見ていると、死ぬのが何だかあたりまえの事のように思えてきました。これなら明日は、私も落ち着いて死ぬ事ができるでしょう。生贄は二百人近くいるので、いつまで見ていても切りがありません。三十人ばかりの「処理」を見たところで、宿に戻りました。明日はいよいよ大祭当日です。 | |||
十年後3 | |||
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