十年後1
 私の名はエディア・カラ、13歳、トリバイの女学校に通う一年生です。家族は、市内で肉屋をやっています。両親と妹一人、弟三人、私を入れて七人の大家族です。実は、今のお母さんは本当のお母さんではありません。私の本当のお母さんは、今から十年前の大祭で、ブリア様への生贄「飾りの女」になったのです。今のお母さんは、本当のお母さんの妹です。あっ、妹や弟たちは今のお母さんとお父さんの間に出来た子です。お父さんは本当のお父さんです。家族仲はいいですよ。お母さんは、私も実の子供たちも、全く変わりなく可愛がってくれますし、妹たちも私を慕ってくれています。私も今のお母さんが大好きです。

 そんな平凡な、しかし幸せな生活を送っていたある日、学校で大変な事が起こりました。私の大好きなメトラ先輩が、今年二十年ぶりに行われる帝国の犠牲大祭に送られる生贄に選ばれてしまったのです。
 なんでも十年前のトリバイ大祭、そう私の本当のお母さんが生贄になった大祭の時、帝国の偉い人の娘がトリバイで殺されたそうです。私たちの住むカンは、古い歴史を誇りますが、今では帝国の自治領です。帝国領になって二百年以上経つのに、いまだに微妙な関係にあるようです。その事件で一気に関係が悪化し、自治政府は戦争を避けるために、次回の犠牲大祭に、カンからも生贄を送ることを約束したそうです。
 自治政府の人たちも、内心悔しい思いがあったようで、本来なら生贄には17、8歳の美しい少女がなるのですが、噂では、あてつけに、なんていうか、えーとその、「容貌の不自由な人」とか、すごいお婆さんでも送ってやろうかという話もあったといいます。さすがにそれではまた関係が悪化してしまうので、ぎりぎりの抵抗として、美少女は送るけれど、まだ未成熟な13、4歳の子供を送ってやろうという事になったそうです。随分な話です。そして自治政府立である私たちの学校の一、二年生の美少女から、くじ引きで生贄を選ぶことになったそうです。
 実をいうと私もその候補の一人でした。自分で言うのも何ですが、私もけっこうかわいい方だと思います。一年生の候補者から順番にくじを引いていきました。私の順番になり、とても怖かったけれど、はずれだったのでホッとしました。なのに、先輩が当たってしまうなんて。
 メトラ先輩は、私の家の商売のお得意さん、ミユリ食堂の看板娘で、小さい頃から家族同士の付き合いで、幼なじみの仲良しでした。女学校の先輩後輩になってからも、とても優しく私を可愛がってくれました。偶然にも、先輩のお姉さんも十年前の大祭で、生贄、それも名誉ある「竿の少女」になったということです。先輩も、小さい頃からいつか「竿の少女」に選ばれる事を夢見てがんばってきたのです。勉強も優秀だし、性格もとても優しい、素敵なお姉様です。もちろん14歳の今でも、とても大人で、私なんか足元にも及ばないすごい美人です。ブリア様への生贄になるのなら何の問題もないのですが、その夢を捨てて、遠い帝都まで行って、よく知らない神様への生贄になるなんて、先輩がかわいそうすぎます。私は先輩の様子を見に二年生の教室まで行きましたが、扉の隙間からのぞくと、机に突っ伏して泣いている先輩の姿が目に入り、とても声がかけられず、その日はそのまま先輩に会わず、帰ってきてしまいました。

 その日は、家に帰って、すぐに寝床にもぐり込んで私も泣きました。家族は何事かと心配していましたが、私にはそうする事しか出来ませんでした。それから一晩中、私は考えました。そして私は決心しました。私が身代わりになろうと。
 翌朝、私は、今度の出来事と、自分の決心を両親に打ち明けました。お母さんは驚いていましたが、やがて「絶対に後悔しないのね。」と聞きました。私がうなずくと、お母さんは「私はあなたを本当の娘だと思っているわ。こんな事で娘を失いたくない。だけど、あなたが友達のためを思ってそう決意したのなら、止めはしないわ。」お父さんはずっと黙っていましたが、やがて口を開き、「それがおまえの決心ならば、仕方ない。しかし一旦そう決めた以上は、絶対に心変わりしてはいけないぞ。最後まで真っ直ぐな気持ちで、自分に恥じる事無く、他人を恨む事無く、務めを果たしなさい。」わたしは黙ってうなずきました。
 学校に登校してから、まず校長室に向かいました。校長先生は、突然生徒が訪ねてきたので驚いておられましたが、私の話を聞くと大変感激されて、「ああ、なんて素晴らしい友情だろうか。こんな感心な生徒が我が校にいたなんて。」とおっしゃいました。私が「身代わりを認めてくださるのですか。」と尋ねると、校長先生は「もちろん構わないとも。実は今回の生贄派遣の件は、私も心苦しかったのだよ。希望者がいるなら、それに越した事はない。君が生贄になってくれるなら、大歓迎だ。ミユリ君が選ばれたといっても、まだ校内選考だけだ。政府へは今日報告する事になっているのだよ。」「ではすぐに私の名で報告してください。そうしなければ、また気が変わるかも知れません。」そう私が言うと、校長先生は大層あわてられて「おお、もちろんそうするとも。このあとすぐに出る最初の便で政府に報告しよう。」とおっしゃいました。
 そうしてから、私は始めてメトラ先輩に会いに行きました。先輩は薄く化粧をして隠そうとしていましたが、目は赤く、瞼は腫れて、昨日一晩泣いていたのは明らかでした。それでも私の真剣な顔をみると、優しく微笑み、「おはよう、エディアちゃん。どうしたの?あっ、もしかして私の事が心配で来てくれたのかしら。もう大丈夫よ。大事な役目に選ばれたのだから、しっかりしなくちゃ。」と言いました。ことさら明るく振舞おうとしているのがよくわかり、かえって痛々しく感じました。私は意を決して、身代わりの事を先輩に話しました。先輩はとても驚き、そして真っ青になって言いました。「エディちゃん!何馬鹿な事言ってるの!そんな事できるわけないじゃない!」あはっ、先輩今でもあわてると私の事エディちゃんていうのね。「もう校長先生にもお願いしました。校長先生も許してくださいました。」「すぐに校長室へ行って、取り消していただくわ。」「もう遅いです。今頃はもう政府宛の報告便を出しておられるはずです。」「そんな...」先輩は力なく崩れ落ちました。
 「先輩。いやメトラ姉さん。あなたはずっと私の憧れでした。あなたが「竿の少女」を夢見て、どれだけがんばってきたか。私はよく知っています。そんなメトラ姉さんが私は大好きだったし、誇りでした。メトラ姉さんには、こんな所で終わってほしくない。いつかきっと夢を叶えて欲しいんです。」「だからと言って、あなたが帝国の神なんかの生贄になるなんて。」あっ、少し本音がでたみたい。先輩もやっぱり嫌だったんだ。「いいんです。私には「竿の少女」なんて絶対無理だし、それこそカンのための大事な仕事ができるんですもの。それに実は帝国の祭というのにも、少しは興味があるんです。」ちょっとうそをつきました。「だからメトラ姉さんは何も気にしないで、私を送り出してください。」「エディちゃん...」今度こそ先輩は完全に泣き崩れてしまいました。

 そして帝都へ旅立つ日がついに来ました。いまや私はカンの名誉ある代表という事で、自治政府主席を始め大勢の人たちが見送ってくれました。
 私の家族たちともお別れです。聞けば、帝都の大祭に各地から集まる生贄たちは、家族と一緒にやって来て、帝都で最後の夜を家族と共に過ごし、その後、神に捧げられる例が多いそうですが、私は家族の同行を断りました。家の仕事もあったし、万が一にも私の決心がぐらついては大変です。
 お母さんは、「もう何も言わないわ。しっかり役目をはたしておいで。私のかわいい娘。」と言って、私を強く抱きしめてくれました。お母さんは涙一つ見せなかったけど、妹の話では、毎晩こっそり一人で泣いていたそうです。お父さんはというと、最初に決心を伝えた日にはあんなかっこいい事言っていたのに、今は何も言えず涙をぼろぼろこぼしています。妹や弟たちもわあわあ泣いています。「泣かないで。お姉さんまで泣きたくなるじゃない。私は立派な仕事をしにいくんだから、笑って見送ってよね。」と妹たちをなだめました。
 神に捧げられたあとの生贄の体は、宿で待つ家族に下げ渡され、神聖なお下がりとして食膳に上る風習らしいのですけれど、私の家族は帝都に行かないので、私の体は、同行してくれる自治政府のお役人さんたちに食べてもらう事になっています。お母さんは、「骨の一かけらでも、持ち帰っていただければ十分です。」と言っていましたが、お父さんは泣きながら、「俺は肉屋だ。かわいい娘を他人に食われるくらいなら、俺がこの場で捌いて、食ってしまいたい。」なんて、わけのわからない事を言い出して、お母さんに怒られていました。本当に恥ずかしいわ。
 もちろんメトラ先輩もご両親と一緒に見送りに来てくれました。先輩が「本当にごめんなさい。本当は私が...」と言い出したので、私は「それはもう言わない約束ですよ。」と遮り、「もう一つ約束。絶対に「竿の少女」になってくださいね。」「ええ、きっとなるわ。」先輩のご両親は、涙を流し、手を合わせて私に頭を下げています。やっぱり恥ずかしい気分です。
 時間になりました。「皆さん、今日は本当にありがとうございました。今から私は帝都に行き、カンの代表に恥じぬよう、立派に務めを果たしてまいります。それでは、これでお別れです。」そう私が最後の挨拶をすると、見送りの人々からは大きな拍手が起こりました。さあ、帝都へ出発です。
十年後2
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