秋祭り | |||
バジェス帝国の辺境自治領の一つであるカン地方は、旧き神ブリアに捧げられる盛大な秋祭りで知られている。帝国全土でも帝都ヨホイアを除けば、これほど大規模な祭はほとんど無く、今は帝国に併合されているものの、帝国以上の長い歴史を誇るカン地方の人々にとって、何よりの心の拠り所であり、様々な思いが爆発する一大祭典である。 秋の始まりと共にカン地方の各地で始まる祭は、晩秋に旧都トリバイで行われる大祭で最高潮を迎える。トリバイ市街の中心にあるブリア大神殿前の大広場がその舞台となる。広大な広場ではあるが、この日ばかりはカン全地域から集まった数十万人の群衆によって、立錐の余地も無いほどである。近年は帝都や他地方から見物に来る物好きも増えているが、彼らが広場に入るのは無謀といえるだろう。後述するように群衆の混乱に巻き込まれたり、或いは征服者に対する秘めたる敵意の標的とされたりで、生命の危険さえある。彼らは広場を取り巻く高級旅館の窓から、遠巻きに祭の狂騒を見物する事になるだろう。 祭の最大の呼び物は、巨大な山車の練り回しである。その大きさも重さも普通の山車の十倍はあろうかという年代物の山車は、あらゆる所を細かい彫り物と純金の金具で飾られているが、祭の当日には、さらに新しい装飾が加えられる。すなわち一糸纏わぬ若い女たちが、何人も山車にくくり付けられるのである。女たちは生きたまま山車の装飾にされるのであるが、激しい祭の終わるときまでその命を保てる者は稀である。さらに山車の前には金の槍先の付いた太い竿が付けられている。ここには、とくに選ばれた美しい少女が、やはり全裸で刺し貫かれて飾られる。これらの女たちは、ブリア神に捧げる神聖な生贄なのである。 生贄の女は、人々の投票で選ばれる。選ばれてしまえば、逃れる術は無い。もっとも生贄になるのは名誉な事なので、それを嫌がる者はほとんどいない。とくに竿の少女に選ばれる事は、トリバイの少女たちの憧れとなっている。竿の少女になるという事は、トリバイ一番の美少女だという事であり、神に捧げられて自らも永遠の存在となれるのである。 時間になり、神殿脇の巨大な山車庫から、山車がその巨体を現す。群衆の興奮がいやがうえにも高まる。すでに山車の回りには女たちがくくられているが、竿にはまだ少女はいない。少女の串刺しは、山車の練り回しの始まりを告げる重要な儀式なのである。 やがて神殿から屈強な男たちの担ぐ輿に乗って、生贄の少女が現れる。頭から大きな白い布を被っているので、その姿はよく見えない。山車の前まで来ると輿が静かに地面に下ろされ、輿の上で少女が立ち上がる。同時に白布が取り除かれ、少女の美しい裸身が現れる。少女の表情はとても誇らしげである。これから行われる行為や自らの死に対する怖れは微塵も感じられない。男たちは、少女の足が地面に触れないよう注意しながら少女を持ち上げ、山車の前に設置された高い台の上に登っていく。万一誤って少女を落としてその体が地面に触れれば、大変な凶事とされるので、男たちはとても慎重である。ゆっくりと少女を持ち上げて、その尻の肉を押し広げて、肛門を竿先の金の槍にあてがう。思わず少女がピクリと動く。位置が決まると、男たちは一気に少女の体を引き下ろす。竿が少女の体内に潜り込む。少女はグゥと声を漏らすが、それ以上の声は噛み殺す。男たちは構わず少女の体を力まかせに竿に刺していく。やがて少女は天を仰ぎ、グハッと口を開き血を吐く。その口から血まみれの金の槍が飛び出す。群衆からは大きな歓声と拍手が起こる。こうして少女の山車飾りが完成する。 まだピクピク動いている少女を掲げて、ついに山車が動き始める。群衆で埋まった広場に怪物のような山車が曳き出される。群衆がうねるように動いて進路を開ける。大勢の人々に曳かれて、山車はギシギシ軋みながらゆっくり動き出す。広場は興奮の絶頂となる。と同時に大混乱にも陥る。毎年大勢の人間が将棋倒しの下敷きになって圧死する。群衆に揉まれて窒息死する者さえいる。しかしカンの人々はこの祭で死ねば、ブリア神の下、神の国に行くことができると信じているので、祭の死者は何の問題にもならないのである。 山車は非常にゆっくりと動き、一日がかりで広場を数往復するだけであるが、群衆の興奮はとどまる所を知らない。中には、宗教的な高揚感の余り、大人の身長を軽く上回る巨大な車輪に、自ら飛び込んで轢かれる者も出てくる。彼らが神の国へ行くと考えられているのは言うまでもない。車輪に砕かれ飛び散る肉片さえ、万病の薬となると考えられており、人々は争うように拾おうとする。中には夢中になりすぎて車輪の下敷きとなり、自分が薬になってしまう者もいる。 祭が終りが近づくと、竿の少女と飾りの女たちがはずされ、群衆の中に投げ込まれる。まだ息があっても同様である。彼女たちは、たちまち大勢の手によって、バラバラにされる。彼女たち、とくに竿の少女の体は、肉片であろうと骨片であろうと、髪の毛一本、血の一滴さえでも、車輪の肉片以上の霊験あらたかな神薬とされるのである。 こうして祭は終りを告げる。山車が庫に戻り姿を隠す。広場が片付けられ、熱狂と死の跡が清められる。人々は自分の家へ、或いは自分の村へ帰り、元の慎ましやかな暮しに戻る。そしてまた来年の祭を待つのである。 (おわり) | |||
竿の少女 | |||
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