| 料理店『シベール』 | |||
| 読独出版『グルメガイド 一度は行きたいこの名店』より その店は、都心の喧騒を離れた山の手の、高級住宅街の一角にある。大きなお屋敷の続く坂道を上がれば、突然、蔦の絡まった赤煉瓦の瀟洒な店が現れる。少女料理専門店『シベール』である。店先の大きなショーウィンドの中では、一人の剥製少女が美しい裸身も顕わな立ち姿で飾られている。色とりどりの料理見本は蝋細工だが、大皿の真ん中に飾られた少女の首は、これも本物の剥製だ。店の大きな木の扉をくぐると、もう一人の剥製少女が、客を迎えてくれる。こちらもやはり裸で、永遠の笑みを浮かべながら、客を店内に招き入れ続けている。 その前を通り中に入ると、店内は意外なほど広い。明るすぎず、暗すぎない店内には、趣味のいい調度が並べられている。かなりの広さの中庭もあるが、よくこの一等地にこれだけの土地が確保できたものだ。もちろん安い料理店ではないが、最高級食材である少女畜産社の食用少女を食べさせる割には、リーズナブルといってもよい値段設定である。NISEとかいう総支配人がいるらしいが、噂では彼は雇われ支配人にすぎず、本当のオーナーの正体は謎に包まれているという。 中庭もこの店の名物である。庭の中央には大きな噴水が造られているが、この噴水が見物である。一人の裸の少女が持つ水甕から水が勢いよく噴き出し、同じく裸の少女三人がそのしぶきを浴びて戯れている。実はこれらの少女も全て剥製なのだ。中庭の剥製は最近交換されたということで、汚れ一つない肌に、水滴がキラキラ光って美しい。 また中庭に面したオープンデッキの壁に設置されたランプも、知る人ぞ知るこの店の見所だ。それは少女を特殊な技法で剥製にし、ランプにしたもので、その胴体の皮は薄くなめされ、少女の体型そのままにランプのシェードとなっている、背中のほうへ伸ばされた肘と膝の先は切断され、一見壁に埋め込まれたように設置されている。見様によっては、壁から少女の裸身が抜け出してくるようにも見える。夜ともなると、明かりが灯され、少女の愛らしい腹と胸は、淡い幻想的な光を放つのだ。 夏のこの時期は、「暑い夏に冷たいお料理」と銘打った企画をやっているらしい。料理も夏向きの特別メニューなどが、色々と用意されているようだ。しかし一番目を引くのは、店内中央に飾られた氷柱だろう。高さ3mはあろうかという巨大な氷柱のその中には、三人の少女、もちろん食用少女だろう、が、美しい花や熱帯魚と共に、封じ込められている。特殊な製法で三日三晩かけて凍らせたという氷は、あくまで透明で、中の少女たちは、まるで生きて水中遊泳を楽しんでいるかのように、すらりとした手足を伸ばし、美しい髪の毛を漂わせている。下半身のその茂みさえ、かわいらしく水にそよいでいるようだ。素晴らしい芸術品というべきだろう。機会があればその製作現場も是非見学したいものだ。なお氷柱は、毎日取り替えているとのことで、少女の数は日によって変わるらしい。 店のウェイトレスたちも可愛い娘ばかりだが、それに混じって時折全裸の少女が、料理や飲物を運んでくる。調理待ちの食用少女たちだ。健康的でみずみずしい裸体が美しい。ついみとれてしまう。こちらの視線に気付いても少女たちは決して嫌がったりしない。逆にニッコリと微笑返してくる。さすが少女畜産社の食用少女だ。よく仕付けられている。彼女たち自身には何の意味もない、なぜならそれは調理されるまでの時間つぶしにすぎない無償行為である、にもかかわらず、満面の笑顔で一生懸命働いている。いや彼女たちにとっては、客に選ばれ食べてもらう事が無上の喜びであり、そのため精一杯のアピールをしているのかもしれない。そうなのだ。この店では気に入った食用少女を指名して、すぐに調理してもらう事もできるのだ。ただし特別料金となるので、それなりの覚悟が必要だ。 その時、隣の席のグループ客が一人の少女を指名した。厨房から料理長が出て来て、細かい調理法などを客に尋ねている。やがて指名された少女は、客たちに礼をいうと、調理長と共に厨房に消えていった。これはグッドタイミングだ。こちらは、比較的安いオードブルなど注文し、ビールでちびちびやりながら(取材費にも限度というものがあるのだ)、隣の様子を伺っている。今頃厨房ではあの食用少女が解体調理されているのだろう。やがて隣の席にはコンロセットが用意された。どうやら焼肉をやるようだ。そして料理が来た。大皿の真ん中には、あの少女の生首が飾られ、その回りに切り身にされタレに漬けられた彼女の肉や内臓が並べられている。グループはどんどん肉を焼き始めた。テーブルの上の天井には目立たないが強力なローターが設置されているので、煙や匂いがこちらの席まで来る事はない。グループの客はみんなよく食べる。夏だというのに元気なことだ。「暑い夏に冷たいお料理」フェアの記事にはどうかな、と思っていると、隣の席に何か冷たそうなスープが運ばれてきた。黄金色のスープの中に何か白い物が漂っている。後で店の者に聞いた所、乳房の冷製スープだとのことだ。 こちらもいつまでもオードブルばかりつついてはいられない。少女の冷しゃぶなど注文してみる。この店は、基本は西洋料理だが、刺身などの和食、角煮などの中華、そして焼肉、エスニックと、割と自由に何でもできるようで、メニューは極めて豊富だ。冷しゃぶもそんな和風料理の一品で、少女の薄切り肉をさっと出汁湯にくぐらせてから氷水で冷やし、たっぷりの氷の上に盛り付けてある。柚子風味の特製ダレで食べる。さすが絶品の味だ。 隣では、どうやら焼肉パーティ-も終わったようだ。そこへもう一つ別の少女の首が運ばれてきた。髪の毛はなく、脳がむき出しになっている。相当冷たく冷やされているらしく、うっすら霜が降り白い冷気を放っている。そうかあれが今回のフェアの目玉という氷結脳か。グループ客は、ワイワイいいながら、少女の頭の中にスプーンを突っ込んでは、脳のかけらをすくい取って口に運んでいる。シャリシャリという音が聞こえてきそうな気がした。 俺も、思い切って何かもう一品ぐらい注文してみようか。まだまだ夏の時間は長いのだから。 (おわり) | |||
| 暑い夏に冷たいお料理 | |||
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