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【コラム】

筆洗

 <羽あらば飛んで行きたや里の春>。家族が暮らすふるさとはすぐそこにあるのに、翼でもないと、土は踏めないだろう。嘆きを現在八十二歳の平得壮市(ひらえそういち)さんが詠んでいる。ハンセン病国立療養所の沖縄愛楽園に七十年近く暮らす元患者だ。書きためた俳句と短歌が先日、『飛んで行きたや 沖縄愛楽園より』(コールサック社)として出版された▼園で出会った妻は、二度中絶を強いられたという。その後生まれた二人の子は親せきに託した。一緒に住むことはできなかった。<子ありても共に暮らせぬ哀(かな)しみをこらえつつ妻は死出の旅へ行く>。亡くなった妻の無念も歌になっている▼国の強制隔離政策がもたらした、患者と家族の離別の悲しみである。家族たちは、離れ離れの暮らしを強いられたうえに、いわれなき差別と偏見にさらされることもあった▼元患者の家族五百人以上が、国に謝罪と損害賠償を求めた集団訴訟で、熊本地裁は昨日、国の責任を認め、賠償を命じた。原告側の全面的な勝訴だろう▼家族に患者がいると知られたことで、学校でいじめにあったり、職場でのうわさで仕事を辞めなければならなくなったり。会いたくても会えず、互いに助け合うことも難しかった人たちの歴史が、浮かび上がる▼人知れずこぼす涙がどれほど多かったか。「飛んで行きたや」という無念も。胸に迫る長い苦しみである。

 

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