オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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次の日の昼頃。ラナーから伝言を受けてラナーの私室に転移した。部屋にはラナーしかおらず、こっそり呼び出したということで誰にも伝えてないとのこと。
色々仕込みも終わったので、今回の作戦の中心メンバーに当たるのは貴族と王族、そして冒険者チームを一組とのこと。
「第二王子のザナック殿下と両派閥を行き来しているレエブン候、あとは『蒼の薔薇』ですね?」
「はい、そうですわ。表向きはお兄様が八本指の被害を憂いて影から準備をされていたという筋書きです」
ブレインもいるため、モモンガとラナーの口調はラナーの立場を思いやるものだった。一介の冒険者が、「蒼の薔薇」のように懇意にしているわけでもない人間が気安く語るのはマズいとモモンガが気を遣ったためである。
このラナーの離宮に勤める使用人のほとんどが貴族たちの手の者や、帝国からの間者だというのだから恐れ入った。それだけ第三王女という地位と王族として残っている唯一の女性というものが重要視されている証拠だ。
「王女様。ガゼフたち戦士団は今回の作戦に出撃させられないのか?」
「ブレイン、口調」
「おっと、いけね。じゃないな、すいません」
「構いませんよ。私には政略結婚くらいの価値しかない女ですもの。モモン様たちもお話しやすい口調で構いませんわ。そちらの方が嬉しいですもの」
「他の者に聞かれれば何を勘ぐられるかわかりません。なのでこのままで失礼します」
裏ではどうあれ、表ではあくまで協力している冒険者に留めるためにモモンガはラナーの提案を断る。年頃の少女のように頬を膨らまされてしまったが、冒険者は国のもめごとに関わるべきではないので素行だけでも言い訳が通じるようにしていた。
ブレインはお言葉に甘えるようだが。
「戦士団はあくまでお父様の直轄部隊。在り方としてはお父様の護衛ですから、お父様を放って何かをするというのは不可能です。お父様が以前の出来事のように直接派遣するように命令を出せば異なりますが」
「それも貴族の承認が必要なのでしょう?まず降りず、降りたとしても以前のように装備を没収された状態。期待しない方が良いでしょう。まだレエブン候が呼ぶ戦力の方が確実性があります」
「お父様はバルブロお兄様を見捨てられませんから。お父様もバルブロお兄様が八本指と繋がっていることをご存知のはずなのですが」
「その根拠は?」
「第三王女の私が知っているのですから、国王陛下であるお父様は知っていて当然だと思っただけですが、何かおかしかったでしょうか?ブレイン様」
「そりゃあそうだ。それがトップってもんだからな」
組織形態で言えばそれも当然かもしれないが、王族にそれが適応されるのかという話はまた別だ。それに貴族派閥が王派閥に大きく反対しているために、お互いの派閥へ情報が渡ることは少ない。
それが弱味になり得るとなったら、必死に隠蔽するからだ。そうしてお互いがお互いを牽制して、足の引っ張り合いをしているのが王国の実情。それをどうにかしようとして動いている六大貴族はレエブン候だけ。
そのまま雑談をしながら待っていると、扉がノックされる音がする。クライムが「蒼の薔薇」を連れて来たようだ。入ってきたのはクライムと二人の女性。
「いらっしゃい。ラキュース、ティナさん」
「遅れたみたいね。ごめんなさい、ラナー」
二人は王族と冒険者だというのに気安く挨拶をしていた。ラキュースは貴族で昔からラナーと親交があったからと聞いていた。だからモモンガはラナーと親し気に語ろうとしなかった。
もう一人の女性を見て、その格好から忍者だと推測したが、それにしてはブレインより強そうには見えなかった。パンドラに確認させてもユグドラシルのようにレベル60を超えている様子はなかった。忍者はレベルキャップがあったはずなのに。
(やっぱり似ている世界ってだけでずいぶんと違いがある世界だなあ。全体のレベルが低いだけで、カンストの上限がユグドラシルよりも高いのかもしれない。今のところワールドエネミーがいないだけマシかもしれないが)
「遅れていないから大丈夫よ。二人に紹介するわね。最近エ・ランテルでミスリルに昇格された『黒銀』の皆さん。アンデッド事件やガゼフ戦士長の件でお父様が褒賞を渡すためにお呼びになった方々よ」
「『黒銀』のリーダーのモモンと申します。よろしくお願いいたします」
「『蒼の薔薇』のラキュースです。お噂はかねがね。よろしくお願いいたします」
ラキュースが出してきた手を取るモモンガ。王国で最高峰の冒険者チームとは聞いていても、だから何をしたというのは聞いたことがなかった。
それだけ王都や他の冒険者チームに興味がなかったためだが。
握手も終えてクライムを除く全員が席に着くと、今後の説明がされた。今夜、八本指の拠点全てに襲撃をかけると。その上でそれぞれが拠点ごとの襲撃メンバーのリーダーになってほしいとのこと。
このことに待ったをかけたのはラキュース。
「ラナー。イビルアイはいいとして、モモンさんを一人にするのはどうなのかしら?魔法詠唱者でしょう?もし六腕に遭遇したら……」
「あくまでリーダーにするだけだから大丈夫よ。レエブン候の戦力もいらっしゃるし、『黒銀』の皆さんは六腕の三人を捕らえた実力者なのよ?」
「それは三人いたからでしょう?魔法詠唱者が戦士とかと一対一になったらイビルアイでもない限りかなり不利だわ」
軽く貶されていると思ったが、それが魔法詠唱者の常識らしいので聞き入れていた。むしろモモンガはそのイビルアイという魔法詠唱者の方が気になっていた。よほどの実力者でもなければそこまで言い切れないものだ。
帝国の逸脱者が第六位階魔法を使え、その実力は帝国の全軍に匹敵するのだと聞いたことがある。第六位階でそれなのだから、第十位階、さらにそれより上の超位魔法を使えるモモンガはどうなってしまうのか。
ブレインもモモンガが第七位階を使えることを知っているので全く心配していなかった。むしろ誰かに邪魔される方が嫌なので、ラナーには一人にさせてくれと頼んだほどだ。制圧した後に資料集めなどで人員が欲しいといっただけ。
これをラナーは了承。《次元断切》を用いたのがモモンガだと思っているので、弱い人間が傍にいたら邪魔だと思っているのだろう。周りの目を気にするのは事実面倒なので、そのまま流している。
「いざとなれば魔法で護衛を呼び出しますから結構ですよ。その護衛はこのブレインが倒すのを苦労する強さと言えば納得できますか?」
「モモン。お前何出すつもりだよ?」
「最悪死の騎士を。あれは防御寄りのモンスターだから、壁役には相応しいんだぞ?」
「死の騎士呼ぶならたしかに護衛は要らないだろうな」
モモンガの返答にブレインは苦笑する。
死の騎士はこちらの世界で言うところの難度100に達するアンデッドだ。たとえガゼフクラスが敵にいたとしても、死の騎士にタンクをやらせれば余裕で勝てる。中位アンデッドながらカンストプレイヤーでも用いる壁役は伊達ではないのだ。
そもそもとしてレベル60以下の物理攻撃などモモンガにはパッシブスキルのせいで全く通用しないのだが。
「ブレイン様が苦労されるモンスターなら、とても心強いですね。そうは思わない?ラキュース」
「その話が本当なら私でも苦労する相手だわ。なら任せます」
ブレインの実力は知っていても、「黒銀」がミスリルで「蒼の薔薇」よりも二階級も下だということから出た懸念だったのだろうが、この三人昇級するつもりがないだけで実力はアダマンタイト以上。
ブレインもラナーもそれを知っているのでラキュースの提案はただ時間を潰しているだけだった。それがラキュースの人格や優しさからくる善意だったとしても、ラナーはうっとおしく感じていた。
ラナーにとってラキュースも「蒼の薔薇」も、自分が使える駒という認識しかない。「蒼の薔薇」は法国の陽光聖典を撃退したことを語っていたが、たった二人で切り札ごと撃退したモモンガとパンドラとの差は歴然。むしろ比べることもおこがましいとラナーは思っている。尺度が異なりすぎると。
その上でこの二人が温厚な方で良かったと安堵していた。気性の荒い方だったら皆殺しにされていたかもしれないと。そんな理性的な方だから惹かれているのだが。
もっともパンドラは無言ではあったが、兜の中では割かし機嫌が悪かった。「蒼の薔薇」は父上のことを理解できない俗物だと。
「もちろんクライムにも働いてもらいます。そうでなくては冒険者の皆さんを今回のことに動員できませんから」
「はい!精一杯任務にあたります!」
「クライム君は俺と一緒でいいだろう。モモンとパンドラは一人で充分だろうし、『蒼の薔薇』は王都に詳しいだろ?なにせ俺は御前試合くらいでしか王都には来てないからな」
「ではそうしましょう。ラキュースが手に入れた七か所の拠点と、ザナックお兄様が手に入れた麻薬部門の拠点。誰がどこへ行くのか」
「麻薬部門は私に任せていただきたい」
モモンガはにべもなく宣言する。カルネ村に襲撃を仕掛けてきた麻薬部門だけは自分で潰す。そう決めていた。
何を思って麻薬をカルネ村に蔓延らせようとしたのか。その真意を知るために自ら足を運ぶことにした。
「相手の情報はまるでなし。六腕がどこにいるのかもわからないものね。誰がどこを選んでも大差ないわ」
「制圧が終われば他の拠点へ援護に行けばいい。六腕がいない拠点は簡単に制圧できるはず。まともな戦力は六腕だけ」
ラキュースとティナがそう言い、ここにいないメンバーの割り当ても決めていく。その後はザナック王子とレエブン候も部屋にやってきて、作戦の後詰めをし始める。
決行は、今夜。