215.二つ目の一角獣のペンダント
温熱座卓を開発してから一週間が経過した。
オズヴァルドのところで安全確認をし、上部に反射板を一枚足すことにした。回路自体は変更がないのでそのまま進めることができた。
ロセッティ商会に回ってきた貴族向けの温熱座卓関係は、ゾーラ商会に回すことになった。
オズヴァルドが大変喜んでいたので、今までお世話になった分を少しは返せたと思いたい。
商業ギルドの家具職人、服飾ギルドの各種職人も忙しいようだ。
ダリヤも温熱座卓関連の作業で、それなりにスケジュールが埋まっている。
だが、本日は塔で作業をせず、商業ギルドの二階、ロセッティ商会の部屋にいた。
「先日はありがとうございました。早く仕上げて頂いて大変助かりました。おかげさまで妻が食事をとれるようになり、体調も戻りました」
「それはよかったです」
テーブルをはさんだ向かい、笑顔で礼を述べているのは冒険者ギルドのジャンである。
先日依頼を受けた
「お忙しいところ、またお願いで恐縮なのですが……」
横に座るイヴァーノが、ぴくりと耳をそばだてた。
冒険者ギルドからの急ぎの願いであっても、自分のスケジュールを考えて無理であれば止めるつもりだろう。
昨日、塔から商業ギルドに残業に戻ろうとした彼を止め、自宅に直行するように会長命令を出してしまった自分としては何も言えない。
このところ、お互い仕事のしすぎにならぬよう、相互監視になっている気がする。
「できましたら、
おそらく友人や親戚の為だろう。あるいは効果を聞いた妊婦や、その家族が希望したのかもしれない。
悪阻に困っている女性がいるのならば、できるだけ力になりたかった。
イヴァーノへ視線を向ければ、彼はほんの少し逡巡したが、そっとうなずいてくれた。
「お引き受け致します」
「ありがとうございます。また、こちらを素材として使って頂ければと思いまして」
ジャンはそう言いながら、銀の魔封箱を机に載せた。
中には前回と同じ
「仕様は前回と同じでお願いします」
「わかりました。模様のご希望はありますか?」
「色石は同じで、その、バラの花でお願いできればと……」
色石が同じということは、ジャンの親戚かもしれない。そう思いつつメモを取っていると、イヴァーノがジャンに話しかけた。
「バラは好きな女性が多いですよね。プロポーズの定番とも言われていますし……」
「そうですね」
「色石の大きさは前と同じ方がいいですか? 大きさに違いがあるとよくないのでは?」
「……ええ、そろえてください」
ジャンが少々視線を泳がせ、こめかみを指でかく。
その様子を確認したイヴァーノが、完全に営業用の笑顔で言い切った。
「もう一人の奥様がご懐妊ですか。おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
「……お、おめでとうございます、ジャンさん」
以前の奥様が戻ってきて第二夫人となったのは先日のこと。
妊娠の悪阻対策の為、ダリヤは
続いて、第一夫人用のペンダントである。
おめでたい。仕事が増えてうれしい。それだけだ。
他に言いたいことなど何ひとつない。
自分はただ無心に、効果が確かなよい魔導具を作り上げればいいのだ。
「ありがとうございます……では、どうぞよろしくお願いします」
ジャンは照れを隠し切れぬまま、少し早口に挨拶をして帰って行った。
ジャンを廊下へと見送ると、イヴァーノがダリヤの正面の椅子に座った。
大変に神妙な顔である。
「すみません、ダリヤさん……俺、部屋の外で言えないことを、ちょっとここで声を大にして言いたいのですが、いいでしょうか?」
「ええ、どうぞ……」
何故かイヴァーノの言いたいことが手に取るようにわかる。
これは同じ商会で働く者として、意思疎通が図られてきたと思っていいのだろうか。
「ジャンさん、オズヴァルド先生に色々と似てきましたよね!」
「私もそう思いました……」
元上級冒険者だからなのか、それとも第一夫人が子爵家の出のせいか、オズヴァルドの教えのせいかはわからない。
だが、ジャンの妻に対する感覚は、貴族のオズヴァルドに近い気がする。
「おめでたくて大変によいことですが。俺もオズヴァルド先生から商売を教わる生徒ですけど、これだけは学べないですね……」
「私も魔導具に関して教わる生徒ですけど、これに関しては学ぶのは無理な気がします……」
互いの意見が一致したとき、ノックの音がした。
「昼食に出る前にちょうど荷物が届いて……って、なんかあったか?」
「会長も副会長も、すごく難しい
書類と素材の入った魔封箱を持って来たマルチェラとメーナが、心配そうに声をかけてきた。
外回りの後、昼食を食べに出る前で届いた物があったので、一度置きに戻ったのだという。
「今、冒険者ギルドのジャンさんが、二つ目の
淡々と説明するイヴァーノに、マルチェラの目は細く、メーナの目は丸くなった。
「まあ、それは、貴族の家に近い考え方なんだろうな……」
なんとなく悟った顔のマルチェラだが、理解できるのだろうか。
スカルファロット家の学習でそういったことも学んだのかもしれない。
聞きたいような聞きたくないような微妙な思いだ。
「ゾーラ商会長ってすごいですね……奥さん三人ですか……」
そして、ジャンよりもオズヴァルドに感心しているメーナがいた。
「奥さん同士で喧嘩とか、ないんでしょうか?」
「ないそうですよ」
「第一夫人が一番ってことですか?」
「そうでもないかと。俺、前にオズヴァルド先生と飲んだ時、『奥様三人で差がつかないもんですか?』って、聞いたことがありますが」
「イヴァーノさん、なんつう質問を……」
マルチェラが呆れた顔を隠せないでいる。ダリヤもちょっと固まった。
「笑顔でさらっと言われましたよ。『等しく愛していますよ』って」
流石オズヴァルドである、ぶれない。自分に理解はできないが。
「逆に聞かれましたよ。『あなたの奥様が、例えば、年齢別に三人共に存在したとして、あなたは誰を愛せて、誰を愛せないというのがありますか?』と」
「……ああ、なるほど、難しいですけど、なんとなくわかりました」
「言いたいことはわかったが、まったく理解できねぇ」
ダリヤには、まったくわからない。
前世、一夫一婦制の国に生まれたせいか、それとも自分の個人的な感覚か。
男女にこだわりはないが、恋愛も結婚もお互い一人だけ、相手に誠実でありたいと思う。
これに関しては、オズヴァルドからであっても学べそうにない。
妻と弟子の駆け落ち、その話を淡々と自分に告げたオズヴァルドの横顔を思い出す。
そして、ふと気づいた。
妻が三人ということは、もしかすると心配も三倍ではないだろうか。
自分にはさらに無理そうな理由が積み重なっただけである。
「男の鏡じゃないですかね、ゾーラ商会長は」
「メーナは本当にそう思うんですか?」
「ええ。奥様方に不満があるならともかく、皆を幸せにできてるんですから、素直にすごいですよ。影から先生と呼びたいくらいです」
オズヴァルドはつくづく先生に向いているらしい。少々方向性が広すぎる気もするが。
「向き不向きに、支える甲斐性と気合いがなけりゃな。俺には絶対無理だ。俺は惚れた女が一人いれば充分だしな」
「これだから筋金の入りの愛妻家は……マルチェラさんって、これで酒が入ってると、イルマさん自慢が一時間は聞けるんですよ」
からかいの口調でメーナが言うが、言われた男は一切笑わなかった。
「酒なんかなくても、イルマの良さなら二時間でも一晩でも教えてやる。さて、遅くなったが昼飯行くぞ」
この昼休み中、メーナはしっかりとイルマの自慢話を聞かされたそうである。
コミカライズ3話目更新のお知らせを6月26日の活動報告にアップしました。
こちらもどうぞよろしくお願いします。
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