働き方改革が進み、ハラスメントに対する目が厳しくなる中、上司も苦しんでいる。会社からのプレッシャーはきつく、減らない業務量の中でどう部下を休ませるか。自身も働きすぎで身も心もボロボロ……。
部下世代にも読んでほしい、上司世代の悩み。
働き方改革、ハラスメント対策…“職場の民主化”につれ、上司の仕事も激増。
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編集長・浜田(以下、浜田)
今日のテーマは、「上司はつらいよ 令和版」です。働き方改革などで職場が激変する中で、管理職も今までにない役割を背負わされて苦しんでいます。私が“悩める上司代表”として、産業医の大室さんにとことん聞きます。
大室正志さん(以下、大室)
新年度が始まって3カ月近く経った今、私の元にも管理職の皆さんからたくさん相談が寄せられています。平成から令和にかけて、悩める上司は確実に増えています。
浜田
なぜ?
大室
大きな流れでは、部下の人権や働きやすさは、右肩上がりなのに対し、上司が直面しているのは、これまでの流れをまったく汲まない非連続の“ルール変更”ばかり。
浜田
これまでの常識が通じなくなってきた、と嘆く声はあちこちから聞かれますね。
大室
ひと昔前の上司といえば、「俺の言うことを黙って聞け」と一方的な指示命令で群れを動かすイメージだったのに、今は「1on1」や「360度評価」など部下と対等な関係性が求められるようになった。ちょっと強めの口調で指導しただけで、Twitterでつぶやかれて炎上したり。傷ついて泣いている上司、結構いますよ。
浜田
部下が上司に対して「忖度しない」時代になりましたね。
令和上司の心得その1「部下のつぶやきは、重く受け止めすぎない」
部下のみなさん、何か上司に不満があったら、まずは直接言ってね。
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大室
これまでも「破天荒な部下」というキャラはいたけれど、それは実は「上司に可愛い奴と思われる程度の破天荒レベルにトリミングする」という、非常な高度な忖度の上に成り立っていたんですよね。ナチュラルメイクが一番手がかかっているのと同じように、最もハイコンテクストな芸だった。今の若い世代の部下は、メイクなし、トリミングなしでぶつかってきますからね。
浜田
それも直接は言ってこない。Twitterに書き込んだり、いきなり会社の窓口に通報したり。昔は、上司に言えなくても居酒屋で同僚と発散してたけれど、今はいきなり外側に発信する。「言ってくれれば聞く耳を持つのに……」とショックを受けている管理職、周りにも結構います。
なんでこうなっちゃったんでしょう?
大室
一言で言えば、職場が民主化された結果でしょうね。もともと日本は職場に限らず、「内と外」を分ける文化。例えば、「応接間」は客人をもたなすためではなく、「ここから奥には入ってくれるな」と、よそ者を拒絶する意思の表れです。同時に、よそ様に対しては思考停止して入り込もうとしない、職場でも内と外を分け過ぎる文化が、ブラック企業を生んでいた。
それが今はネットの普及やコンプライアンス重視の流れで、急速に民主化が進み、その結果、“これまで見えてなかった部下の本音”がどんどん放出されるようになった。この変化はとても大きいですよね。
浜田
上司は民主化を真摯に受け止めるべきだと。
大室
ただ部下の言葉をそのまま受け止めて、ズドーンと落ち込む必要は必ずしもないと思いますよ。
私が日頃、双方の話を聞いていて感じるのは、“見解の相違”がかなり頻発しているということです。
浜田
相違というと?
大室
いろんな文脈の中で起きたやりとりも、部下は自分の心象風景として独自に編集するんです。会話の一部分を切り取って「こんなことを言われた」と発信する。だからといって上司を貶めようという気持ちまではなくて、ただ単に印象に残った言葉だけを周りに言ったり、ネットでつぶやいたりしているだけなんですよ。
浜田
そこでまず上司に言わずに、ネットや社内ホットラインに行くのはなぜなんですか?上司との軋轢を避けたいんでしょうか。
大室
やっぱり面と向かってネガティブなフィードバックをすることは、相当なストレスがかかることですから。レストランで感じた不満を「食べログ」に書き込むのと同じ感覚で、上司への不満も直接は言わない。
それがネットに親しんで育った世代の平均像ですね。悪意があるわけではなく、手近な手段として選んでいるんです。
浜田
なるほど。少しホッとしました。だけど、それを知った上司側は重く受け止めると思うんです。
大室
部下の愚痴が見えちゃう時代は、上司にとってつらいです。昔だって、新橋の居酒屋が生中継されていたら、相当の上司が重く受け止めていたと思いますが。今は上司へのネガティブ評価が耳や目に入ってくる時代です。しかし、これは慣れるしかない。令和時代に上司として生きると決めたら、そんなもんだと腹をくくってください。
浜田
はい、腹くくります。
大室
あまり気にしなくていいと思います。Twitterを見ていると、天気をつぶやくように「今日こんなやなことあった」とネガティブワードをパッパッとつぶやく人、いっぱいいますから。単に感じたことを書いているだけで、解決を求めていない場合が多い。
浜田
部下の愚痴を偶然見つけたら、上司はつい「なんとかしなきゃ」と焦ってしまう。
より深刻なのは、会社のホットライン窓口に通報されるケースです。「何も不満なそぶりを見せていなかった部下から、いきなり通報されて大騒ぎになっちゃった」という知り合いもいました。上司として不適格という烙印を押されかねないのでシビアな問題です。
大室
人間の心理として、非常に不安な状態になると「手当たり次第、いろんな石を投げる」という行動を起こしたくなるんです。本来、ホットライン窓口に通報するのは、グローバル企業では本社にレポートしないといけないくらいの重いレベルの手段なのですが、部下側の認識が「Twitterでつぶやくのと同等」だと、ホットラインが鳴りっぱなしという事態に。
浜田
通報するレベルかどうかの判断はどうすれば?
大室
ただし、これは難しくて「どの状態なら救急車を呼んでいいのか問題」と同じ。耐えて耐えて死んでしまったらいけないし、かといって風邪程度で救急車のお世話になるのはよろしくない。
個人が客観的に判断するのは難しいので、私は会社のほうが選別すべきだと思いますね。「ホットラインに入ってくる通報には、重症も軽症も混在している」という前提に立ってジャッジして対応する。今の若い世代は特に、「とりあえずホットラインに」とかなり前の段階から窓口を活用する傾向があると、会社側が認識したほうがいいと思います。
※後編は6月28日に公開します
(構成・宮本恵理子)
大室正志:大室産業医事務所代表。産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策等、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医。社会医学系専門医・指導医 著書『産業医が見る過労自殺企業の内側』