香港で中国の体制批判や、ましてや独立の議論を直接持ち出すことはタブーである。それはイギリスと中国がつくった香港基本法の23条に定められている条文「反逆、国を分裂する、反乱を扇動する、中央人民政府を覆すおよび国家機密を盗む行為を禁ずる(法を独自に香港は制定すべし)」に抵触するからである。中国共産党は、香港のいわゆる「高度な自治」を実現されたものとして内外に誇る。だが、首長や立法議会の直接選挙すら許されていないばかりか、反体制派に対する露骨な弾圧が続いている今、それがフェイクにすぎないことは明らかである。ましてや、そのさらに先を行く、香港の独立などもってのほかのことである。

 ところが、若い本土派はこれに反抗した。雨傘運動の後、議会進出を狙った本土派は当選すると、議場で行うべき中国政府への忠誠を誓う儀礼を無視したり、わざと茶化して宣誓文を読み上げたりして、抗議の意思を示した。完全な反逆である。これに激怒した中国共産党は、わざわざ全国人民代表大会の常務委員会に諮り、この議員の資格を抹消した。

 勇気あるとも言える反抗には一部で同情が集まったが、一国二制度での緩やかな変革を目指す汎民主派からすれば、冒険主義的であった。もちろんこうした汎民主派の態度を本土派の若者は弱腰として断罪する。

 しかし感心できないこともある。彼らの一種のクレオール主義(植民地などの遠隔地で本国から隔絶した環境でいる間に育まれた自立性のこと)は、香港民族主義となり、今度は中国に対する排外的な運動や、社会からの反発を生むような抗議活動につながるケースが見られてきているのだ。

 冒頭でつづった中国人観光客であふれる繁華街などで中国人排斥運動もどきのことを行ってみたり、中国人蔑視と受け取られかねない発言も多々見られる。抗議運動も先鋭化し、暴力的になるにつれ一般市民からの非難も集まっている。今回の逃亡条例改正の一連の抗議でも、出勤時間帯の電車に乗り込み、わざとドアに挟まれたりして遅延させるなどの幼稚ともいえる妨害運動も見られている。

 前述の周庭氏は、その本土派の中では比較的穏健とも言えるグループ「香港衆志(デモシスト)」の幹部であり、香港では議員へ立候補を図ったものの、立候補資格を認められなかった。香港衆志自体は、香港独立の主張はせずにあくまでも現行の一国二制度の中で民主的な自治を獲得するという立場だが、それでも香港行政府への批判の矛先は鋭い。そしてそれを通じて、あからさまではないが中国共産党への批判もときおり噴出する。

 その周庭氏のツイッターのアカウントには、現在鼻血を流して横たわるデモ参加者の動画がトップに掲載されている。個人的には残念ながらこれは趣味が悪いと思わざるをえなかった。もちろん無抵抗な市民がこのように警察に「銃で撃たれた」ということをアピールするためなのだろうが。
負傷者が出たデモの翌々日6月14日付の蘋果日報紙の一面。見出しは「これが『低殺傷能力の武器?』警察トップは恥を知れ」(清義明撮影)
負傷者が出たデモの翌々日6月14日付の蘋果日報紙の一面。見出しは「これが『低殺傷能力の武器?』警察トップは恥を知れ」(筆者撮影)
 蘋果日報が香港でも際立って反体制的な論調で知られるのは先ほど書いたが、このメディアは一部で本土派などに資金提供をしていると囁(ささや)かれてもいる。この新聞の事件が明けた翌々日の14日のトップページは周庭氏のツイッターページと同じく、負傷した市民の傷口や流血した写真がこれでもかと掲載されている。蘋果日報は数日前まで立法会に詰め寄せた抗議者が警察官を袋だたきにして警察官が負傷する動画を、同社のウェブサイトに掲載していたはずである。ところが、これが抗議者側に負傷者が出るとして消去している。