第五話:暗殺者は罠を跳ね返す
実験を終えて、家に戻ったあとは俺を嵌めようとしている貴族たちへの反撃を始めた。
あれを放置していれば、俺の立場が悪くなるばかりかトウアハーデ家に傷を負わせる。
「通信網と情報網が揃えば、これほどの力になるのか」
通信網は主要都市二十を繋ぎ、リアルタイムでの通信を可能にした巨大なインフラ。
そして、情報網は諜報員によって構成される人の輪であり、三つ存在する。
一つ目は母体であるバロール商会が張り巡らせたものを共用するもの、二つ目はオルナ独自に新設したもの、三つ目は【聖騎士】である俺へ憧れた人材を引き入れたもの。
それぞれに強みがある。
バロール商会の網はとにかく広い、オルナの網は小さいがより深い情報を集めている。
【聖騎士】に憧れた人材で作られた情報網は、構成員のほぼ全てが貴族であることから政治や貴族の動向について知ることができる。
前二つはあくまで商売の延長であり、民からの視線に過ぎない。
しかし、最後のものだけは貴族社会に潜ませた目。表から見えないところも見える。
今回役に立ったのは三つ目だ。
また、三つ目は人員の優秀さも飛び抜けている。なにせ、【聖騎士】である俺にコンタクトを取ることができたものだけで構成されているのだから。
その時点で圧倒的な家の格、あるいは裏ルートを通すだけの力があるということ。
一人ひとり面接し、信用できるものだけを協力者に仕立て上げた。
彼らを利用すること自体は簡単だった。
【聖騎士】に憧れた連中のお望み通り、英雄の力となることで自身も英雄気分に浸らせてやっている。
さらには洗脳技術で心を掴み、相手の立場ごとに必要な利益を与えることで離反のリスクを減らしてあった。
そうすれば、身内どころか自分の家の情報をぺらぺらと話してくれる。
……問題は優秀であっても幼稚な人間が多いこと。英雄ごっこをしたがっている人間だから、そこはしょうがない。
だからこそ、その存在がバレた際のリスクマネージメントに力を入れていた。
「王都を重点的に監視していたのが効いたな」
王都には多くの目を用意してある。
あそこは政治の中心であり、領地よりも中央を優先する貴族は人一倍見栄っ張りで嫉妬しやすい。
だから、足を引っ張ってくる連中が多くいると思っていた。
そういう連中からすれば、俺が妬ましくて妬ましくて仕方ないだろう。
勇者でもないのに、魔族を立て続けに倒し、王家に気に入られ、四大公爵家が一つ、ローマルングにも取り入っていると見られている。
その栄光が、受けている寵愛が妬ましい。
そして、やがてトウアハーデ家は出世し、自らの立場を脅かす……とも思っている。
俺も父もそんなことには一切興味がないのに。
「俺の足を引っ張ればどうなるか、少し考えれば彼らだってわかるだろうに」
魔族を倒すものがいなくなれば自分の首を締めることになってしまう。
今の勇者は王都に張り付いて動けないのだから、俺が対処せねばアルヴァン王国の国土が荒らされ放題になるだろう。
そして、魔族に好き勝手させれば魔王が復活してしまう。
魔王は勇者ですら対処できない可能性すらあり、国ごと滅ぶ可能性も充分ある。
少なくとも魔族の脅威があるうちは俺の邪魔をするべきじゃない。
それでも彼らは嫉妬と虚栄心による蛮行を苦しい理屈で正当化し、俺に牙を剥く。
「少々のことなら見逃すつもりだったんだがな」
……今回のはとびきりタチが悪い。
対策を立てるとしよう。
最初は正攻法で戦うが、最悪の場合は
なにせ、そうされても仕方ないほど悪辣な手を打ってきたのだから。
こちらも遠慮する必要はないだろう。
◇
翌朝、ネヴァンを迎えにローマルングの使いがやってきた。
ローマルングの令嬢というのは、多くの仕事と責任を抱えており、忙しい。ここにいられるのも限界というわけだ。
俺たちは見送りに来ている。
「トウアハーデでの三日間、本当に楽しかったですの。また、来ますわ」
「こっちもローマルングでは楽しませてもらったからな。これからも良好な関係を築けることを祈っているよ」
「私も同じ気持ちですの。次は学園で優しい先輩の顔をしてお相手しますわ」
「ああ、こっちもかわいい後輩として振る舞おう」
そう言えば、学園の再建がそろそろ終わるころか。
そうなれば、ネヴァンが先輩になる。
学園では意図的に避けていたが、もはやそうする理由はない。
「それと、ルーグ様はちょっと困ったことになっているようですわね」
「なんのことだ」
「私を騙せるとは思わないことですの。ルーグ様の表情も佇まいもいつもと変わらない。だけど、空気が違うのです」
参ったな、表情や感情を隠すつもりで見抜かれた経験は前世を含めて、そうそうない。
「少々トラブルがあってね」
「ローマルングの力をお貸ししましょうか?」
「それには及ばない。なんとかするさ」
強がりじゃない。
不必要なところで、借りを作りたくはない。
ローマルングの力を使うべきはもっと後だ。
「そうですの。気が変わったらご連絡くださいな。……これはしっかり持っておきますので」
通信網はこの国の主要都市に仕掛けてある。
そこにローマルングの街が含まれていないわけがない。
ネヴァンには、街に仕掛けた大型通信機の場所を教えてある。
「ああ、そのときは頼む」
その言葉が最後だった。
ネヴァンが帰っていく。
彼女といると神経がすり減るが、同時に楽しく勉強になった。
これからも良好な関係を続けたいものだ。
◇
ネヴァンと別れたあと、自室の子機から通信網にアクセスする。
トウアハーデの屋敷にも大型通信機が設置されている。
だが、これは少々特殊なもので資料には記載がなく、マーハすらこれの存在を知らない。
また、他の通信機にはない特別な機能を持っている。
いわゆる保険だ。こういう面倒なことをするだけの理由がある。
マーハやタルトたちと連絡するプライベート用ではなく、諜報員たちに伝えるチャンネルを指定する。
「銀から、王へ……」
プライベートチャンネルでは名前で呼び合うが、諜報員と繋がるチャンネルではコードネームを使う。
銀というのは俺のことを指差し、王は王都にいる諜報員を意味する。
そうして、俺は諜報員にたいして、俺に罠を仕掛けた奴らへ罠を仕掛けるべく指示を出した。
◇
翌日ハングライダーが用意されていた。
俺とディアが使う二人乗りのものと、タルトの専用機。
「悪いな。もう少しここでゆっくりしておきたかったんだが」
「いえ、ぜんぜん構わないです! ルーグ様と一緒にいられるならどこへだって行きます」
「にしても、ひどいよね。……ルーグを人殺しにしようとするんだから」
「ああ、ひどい話だ」
俺を嵌めようとしている連中は、俺に殺人の濡れ衣を着せようとしている。
人殺しであることは間違いないのだが、暗殺者にとって殺しによって断罪されるのは最大の屈辱だ。
なにせ、殺しが露見した無能だと烙印を押されるのに等しい。
冤罪だとわかっていても、ひどく苛つく。
「雑な手法だ。政敵を殺して、その死体をジョンブルに廃棄して発見させ。偽りの証人に俺が魔族との戦いの中で巻き込んで殺したと言わせるつもりらしい」
「あの、それってルーグ様が悪いことになるんですか? 魔族との戦いの中で、誰かを巻き込むって普通にあると思うんです。そんなの気にしていたら戦えないです」
「まあな、【聖騎士】の権限に戦いの最中に与えたいかなる損害もその責を負わないというものがあるぐらいだ」
【聖騎士】だけでなく、勇者や一部の上級騎士団も同じ権限を持つ。
強大な戦闘力を持つ者たちが戦えば、その余波は広範囲に及ぶ。そして、彼らが派遣されるのは、たいてい敵が強大、あるいは超緊急案件。
だからこそ、全力で戦えるように渡された権限。
「おかしくない? だったら、ルーグに罪を着せるなんて無理だよ」
「いや、やつらにとってはそれでいい。俺が殺したことにしたい奴は高貴なお方で人気者と来た。罪はなくても民や多くの貴族たちからの心象は最悪になる。最悪、敵討ちなんて言い出す連中が現れるかもな。嫉妬で足を引っ張りたいだけなら十分なネガティブキャンペーンだ。……それだけじゃなく、被害者とトウアハーデ男爵家の確執をでっち上げて、意図的に巻き込んで殺したと思わせるように仕込んであるそうだ」
いくら、【聖騎士】の権限で罪がないとはいえ、意図的な殺しであれば問題になる。
罪がなくとも、さまざまな方面で様々な貴族たちがトウアハーデに制裁を加えてくるのは間違いない。
「えげつないね。だから、貴族社会は嫌いだよ」
貴族社会で出世をするには足の引っ張りあいが物を言う。
戦乱の時代であれば目立つ成果を立てることで出世できるのだが、そうでない限り目立つ成果なんてものはなかなか作れない。
だから、ミスをしないこと、そして自分より上や競争相手をいかに失脚させるかが重要になる。
出世欲がある貴族はそこに長けている。
俺を嵌めようとしている連中もその口だ。
「あの、それって、どうやって対抗するつもりですが」
「その証人を突き止めた。少々、゛説得゛してこちらの味方につける。俺の罪を暴く場で、俺を嵌めようとしたやつの仕業だと説明してもらうつもりだ」
「寝返ってくれるんですか?」
「俺に出来ないと思うか?」
タルトがびくりとする。
俺は説得が得意だ。
……本来、こんなことをする時間はなかった。
裁判の流れはこうだ。
罪を告発するものが現れ、まずは裁判を行うかが審議される。
その審議が終わり承認されれば、まずは伝書鳩を使っての手紙の輸送、併せて役人が馬車で手紙をもって出発する。
役人が領地について三日以内に告発されたものは領地に戻り、役人に同行して王都に向かわなければならない。
そして、王都に到着してから関係者のスケジュールがとれる最短で裁判が行われる。
王都からであれば、どう急いでも一週間はかかる。
伝書鳩なら二日か三日。
本来なら、伝書鳩の手紙が届いて、役人が来るまでの五日プラス、役人が待ってくれる三日の八日間の間に領地に戻ればいい。
ただ、今回の場合は゛不幸にも゛伝書鳩は事故にあって手紙が届かない予定らしい。
……何も知らなければ手紙を持った役人が来てから三日以内にトウアハーデに戻れなければその時点で逃走したとみなされ罪が確定。
そして、俺を訴えた奴は各所に手を回して役人と一緒に王都に戻った翌日には裁判が行われるようにしてあるそうだ。
つまり、何も知らなければ不戦勝か、あるいは一切の準備がないまま裁判に臨むしかなかった。
「まったく、こんなことのために作った情報網でも通信網でもないんだがな」
苦笑する。
今回はこいつに助けられた。
今日の朝、手紙を持った役人が王都を発ったらしい。
それを昨日のタイミングで知ることができたからこそ、役人が来るまでの時間+三日をまるまるカウンターを仕込む時間に使える。
「うん、ほんとだね。でも、ルーグの無実を証明できそうで安心したよ」
「ああ。だがな、それだけで終わらせるつもりはない。報いを受けさせる」
ただ、無実を証明するだけじゃ足りない。
二度とこんな真似をする馬鹿が現れないよう、徹底的に叩いて見せしめとしようか。
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