オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
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突然の再会

 蜥蜴人の村で数日を過ごしたモモンガ達。

 エ・ランテルに着いてからはラナーが妙に離れる事を渋ったり、次の冒険にも同行する約束を取り付けたりと色々あったが、概ねトラブルもなく楽しい冒険だったと言えるだろう。

 

 

「うーん、ゼンベルがベロベロになってたし、あのお酒けっこう度数が高かったのか? 私は毒無効の装備があったからよく分からなかったんだが…… 耐性という意味で考えると高レベルになるほど酔いにくくなるのだろうか? マジックアイテムの酒だし、せめて色々検証だけでもしてみるべきだったか――」

 

 

 思わず呟いてしまう程には未練が残っていたようだが……

 

 

「もう、まだ言ってるんですか? 本当に変わった物を集めるのが好きですね」

 

「いや、まぁ…… こればっかりはやめられない。ゲーマーの性というやつでな」

 

 

 隣を歩くツアレの少し呆れたような声に、モモンガは苦笑を返すことしかできない。

 エ・ランテルに戻ってから一日休憩に費やした二人だが、今日向かっている先は冒険者組合だ。

 今までエ・ランテルに滞在していた事は多かったが、何気にここの冒険者に依頼などを出した事はなかった。

 そもそも冒険者を雇った経験も、吟遊詩人の物語の参考にツアレが話をしたいと言った時だけなのだが。

 

 

「ここの街にも『蒼の薔薇』の人達みたいに良い冒険者さんがいるといいんですけど」

 

「うーん、強さという意味ではあまり期待できないかもな。ここの最高ランクはミスリルだろ? 私が以前闘技場で戦ったアダマンタイト級も大した事なかったし」

 

 

 二人が組合に行く目的は、モモンガがいない時にツアレのネタ集めに同行出来る冒険者を探す事だ。

 ツアレだけでは冒険者の良し悪し――特に強さの部分は判断がつかない。

 だが、モモンガがその気になれば情報系魔法でステータスをある程度把握出来る。

 今回は初めての試みという事で冒険者選びに同行する事にしたのだ。

 

 

「モモンガ様を基準にするのはちょっと…… あくまで吟遊詩人のネタに出来るレベルなら問題ないんですから」

 

「自分で言うのもアレだが、私達のこれまでの冒険はミスリル程度じゃ不可能だと思うぞ……」

 

 

 モモンガは念のために伝えるが、エルフ王との戦いなんかはアダマンタイト級でも不可能なレベルである。

 

 

「大丈夫です。モモンガ様のやってきた事が常識外れだって事は分かってますよ。それに予算のこともありますから、程々の内容でも面白い話が作れるように練習です!!」

 

 

 幸いな事にツアレはちゃんと理解していたので、いらぬ心配だったようだ。

 低予算で派手な冒険は出来なくても物語を作れるように、これから先の事もちゃんと考えているらしい。

 

 

「それなら問題なさそうだな。それと強さも重要だが、護衛にするなら人間性も大事だぞ? その辺もちゃんと確認しないとな」

 

「もうっ、モモンガ様は心配しすぎですよ」

 

「ははは、すまんな。元から慎重な性格なんだ。まあその人達と一緒に行くのはツアレなんだから、最終的に選ぶのはツアレだ。私からとやかくは言わないさ」

 

 

 ――いざとなったら魔法使うけどな。

 

 ツアレには秘密にしているが、相手が良からぬ事を企んでいそうなら〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉の使用――記憶を覗くことも視野に入れている。

 むしろ完全不可知化してこっそり冒険について行く事すらも検討している。

 

 

(基本的に冒険者って荒っぽいのが多いし。少しくらい手助けしてもバチは当たらないよな)

 

 

 これはツアレの独り立ちに向けての重要なステップなのだが、モモンガの過保護っぷりはまだまだ健在だった。

 

 

 

 

 冒険者組合に到着すると、その場にいた者達から二人は奇異の目で見られた。

 ツアレは珍しい話をする吟遊詩人少女として、最近ではそこそこ知っている人も増えてきている。だが大きな理由はそれではない。

 視線の大半はその隣にいる仮面と籠手を装備したローブ姿の人物――モモンガに向けられている。

 

 

「見られてるな、ツアレ」

 

「見られてますね、モモンガ様」

 

 

 お互いに薄々予想はしていたと、同じ様な調子で声を漏らした。

 ある意味ツアレ以上にモモンガの事は良くも悪くも噂になっていたようだ。

「あれが例の仮面……」「吟遊詩人とよく一緒に見かける魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」「何かのチーム、師弟…… それとも親子、なのか?」「いや、俺は酒場で顔を見たことがあるが、あっちは黒髪だった」と、ヒソヒソというには大きな呟きがあちこちから聞こえてくる。

 この姿を見て色々言われるのは慣れたものと、それらを無視して二人は受付に向かった。

 受付嬢は変な奴の相手に日頃から慣れているのだろう。モモンガとツアレを前にしても驚いた顔はせず、にこやかな笑顔でお決まりの台詞をスラスラと口にした。

 

 

「ようこそ冒険者組合へ。冒険者へご依頼でしょうか? それとも冒険者登録でしょうか?」

 

「冒険者に依頼をお願いしたいんです。モンスターの討伐と、それに私が同行させてもらいたいんですけど」

 

「討伐と、同行ですか? 失礼ですが目的を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 冒険者に依頼するような普通の討伐依頼なら、わざわざ同行したがる依頼主はいない。

 ツアレが頼もうとしている内容に何か裏があるのではないかと、違和感を覚えたのだろう。

 受付嬢は丁寧な口調を崩さず、あくまで優しく詳細を確認してきた。

 

 

「あ、はい。実は私は吟遊詩人をやってるんですけど、そのネタ集めに冒険者さんが戦っている様子を観察させて欲しいんです」

 

「そういうことでしたか。承知いたしました。対象となるモンスターはお決まりでしょうか?」

 

「ゴブリンやオーガは大丈夫ですか?」

 

「はい、エ・ランテルの周辺でも偶に出没するので問題ありません。それでしたら依頼内容はモンスターのいる生息地付近への護衛という形で如何でしょう?」

 

「護衛ですか…… それは必ずしもモンスターとは戦う訳ではないって事ですか?」

 

「そうですね。同行者が自衛出来ない場合ですと、指定したモンスターの討伐と護衛の両方――」

 

 

 モモンガは横で黙って聞いているだけだったが、ツアレが細かい部分もきちんと確認している事に感心していた。

 営業をやってた時、契約内容に不備があって大変な思いをしてた同僚がいたもんなぁと、しみじみとリアルの苦い過去を思い出す。

 

 

「そうなんですか…… でもそれだと予算が――」

 

 

 ツアレの方は予算内ですむように話がまとめられず、どうやら冒険者選びは難航しているようだ。

 ――ここは元営業マンの腕の見せ所かな。

 モモンガが横から助言しようとした時、反対側から近づいてくる人物がいた。

 

 

「やぁ、美しい金髪のお嬢さん。話は聞かせてもらったよ!! どうだい、俺たちにそれを依頼してみないかい?」

 

 

 少し長めの明るい金髪、頭にはえんじ色のカチューシャ、細長い手足におちゃらけた雰囲気――

 

 ――チャラ男である。

 

 

「はい?」

 

 

 ツアレも突然話しかけてきた金髪の男を見て目を丸くしている。

 

 

「いやぁ、俺、野伏(レンジャー)だからさ。耳が良いんだよ。それで君の悩みが聞こえてきたってワケさ!!」

 

(何だこのチャラ男。カチューシャ叩き割ってやろうか)

 

 

 ツアレの隣に怪しい仮面――モモンガが立っていてもなんのその。

 男がツアレに手を差し出す様子を見てイラッときたモモンガは、思わず拳を飛ばしたくなる衝動を抑え込んだ。

 

 

「俺たちのチームはまだ(アイアン)級だけど、戦士も森祭司(ドルイド)も魔法詠唱者もいるからバランスもいいぜ。それに依頼料も――っ痛ってぇぇ!?」

 

「はぁ、いい加減にしないかルクルット……」

 

 

 男がツアレにじりじりと顔を寄せて話しかけていると、突然後ろから拳骨が落とされた。

 もちろんモモンガがやった訳ではない。

 ――よし、ナイスだ。

 だが、チャラ男を止めてくれた謎の男に心の中で賞賛を送ったのは言うまでもないだろう。

 

 

「どうも申し訳ありません。仲間がご迷惑をお掛けしました」

 

「え、ええと、気にしないでください」

 

「次がないようにお願いしたいですが…… ところで貴方は?」

 

「あ、はい、これは失礼しました。私は彼と同じ冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーをしています。ペテル・モークです。それから頭を押さえている彼はルクルット・ボルブ。これでも優秀な野伏なんですけどね」

 

 

 モモンガの疑問に相手はすぐに答えてくれた。

 拳骨を落とした男はどうやらチャラ男の所属する冒険者チームのリーダーらしい。

 彼は金髪のショートヘアーで丁寧な対応といい、チャラ男とは真逆の真面目な好青年といった感じだ。

 ペテルがルクルットの説明をしていると、残りの仲間と思われる二人がこちらに気づいて近づいてきた。

 

 

「ああ、今来た二人も私の仲間です。森祭司のダイン・ウッドワンダー。そして――」

 

 

 ダインと呼ばれたのは優しそうな顔つきの大柄な男だった。

 そして彼と一緒に来たもう一人の小柄な人物を見た瞬間――モモンガは密かに驚き、心の中で頭をひねった。

 

 

「――うちのチームの頭脳、魔法詠唱者のニニャ――ザ・スペルキャスターです」

 

(これは…… 少年のように見えるが、なんだかツアレに似てるな)

 

 

 モモンガの疑問はさておき、そこまで興味があった訳ではなかったのだが、成り行きでチーム全員を紹介されてしまった。

 一応こちらも名乗るべきか。そんな事を考えつつツアレを見ると、目を見開き口をパクパクとさせていた。

 さらに、ニニャと呼ばれた少年も同じように目を見開いて固まっている。

 

 

「ツアレ? おい、どうしたんだ。ツアレ、大丈夫か?」

 

「あ、あ、そんな、嘘、どうして……」

 

 声をかけても反応がない。とてもじゃないが正常な精神状態には見えない。

 とりあえずツアレをどこかで休ませようと思った時、同じように固まっていた少年――ニニャと呼ばれた人物の口からとんでもない爆弾が落とされた。

 

 ――姉さん。

 

 

 

 

 モモンガとツアレ、そして『漆黒の剣』の面々は困惑した顔をして黙っていた。

 六人が座った冒険者組合の会議室は、何とも言えない気まずい空気に満たされている。

 あの後、気を利かせてくれた受付嬢が「よろしければ会議室をご利用になられますか?」と、この部屋に案内してくれたのだ。

 内心「邪魔だからどけ」という思いがあったのかもしれないが、正直ありがたい申し出だった。

 

 

「えっと、ニニャ? 俺たちはお前の姉さんは死んだって聞いてたんだが……」

 

 

 誰もが状況を整理できていない中、チャラ男――もといルクルットが口火を切った。

 

 

「ええ、私の姉さん――ツアレニーニャ・ベイロンは貴族に連れ去られ、そこでアンデッドの襲撃にあって死んだと思っていましたよ……」

 

 

 これはいったいどういう事だろう。ツアレに弟がいるとは聞いていない。

 だが、同姓同名の別人という訳ではないだろう。

 彼の顔つきからしてニニャの言う姉さんとは、間違いなくツアレの事に違いない。

 

 

「ああ、私も聞きたいんだが、ツアレ。お前の妹は貴族に殺されたと言っていたな。弟もいたのか?」

 

「……いえ、私には妹しかいません。その子は、クララは私の妹です」

 

 

 名前は違うし性別も違う。そもそも生きている事にすらお互いが驚いているように見える。

 モモンガは説明を聞きながら混乱してきたが、どうにか整理しようと口に出した。

 

 

「えっと、つまりニニャさん――いや、クララさんか? 彼は実は女で、しかもツアレの妹で、さらにお互いが相手の事は死んだと思っていたという事か?」

 

 

 モモンガの言葉に二人は感情を飲み込めない表情のまま頷く。

 そしてツアレの妹だという少女は今度は仲間の方に向き直った。

 

 

「ペテル、ルクルット、ダイン…… 今まで隠しててごめん。実は私は女だったんだ。本名はクララ――クララ・ベイロン。騙してて本当にごめんなさいっ」

 

 

 『漆黒の剣』のメンバーは深く頭を下げるニニャを見つめていた。

 だが、いつまでも顔を上げない姿に焦れったいとでも言うように、ルクルットが頭をかきながら口を開いた。

 

 

「いいよ、そんなの。お前にも事情があったんだろ? 俺たちは騙されたなんて思ってねぇし。名前や性別が違っても仲間だって事には変わんねぇんだから」

 

「そうですよ。私たちが『漆黒の剣』として活動してきた事は嘘ではありません。これまで通り冒険者ニニャとして一緒にやっていきましょう。もちろんクララとしてでも構いませんよ」

 

「うむ。偽名や性別を隠している冒険者は少なくない。何より私たちにはあの剣、仲間の証がある。その絆はそんな事では壊れたりしないのである」

 

 

 ニニャの事を一切責めずに励ましている様子を見て、彼らはとても良いチームなのだと思った。まるでユグドラシルにいた頃の俺たちみたいだと、ほんの少しだけ過去を思う。

 感動的なシーンに水を差すのも気が引けるが、彼らのチームの事ばかりにかまけてはいられない。ツアレにも気持ちの整理が必要だろう。

 

 

「よし、私達は一度席を外そう。いきなりで混乱しているだろうが、まずは姉妹で話す事もあるんじゃないか? 『漆黒の剣』の皆さんもそれでよろしいですか?」

 

「ええ、構いませんよ。ニニャ、下で待ってるから」

 

「しっかり話せよ、ニニャ」

 

「時間は気にしないでゆっくり話すのである」

 

「また後でな、ツアレ」

 

 

 そう言ってツアレとニニャだけを残して、モモンガは『漆黒の剣』の三人とともに会議室を離れる。

 部屋の中では姉妹が見つめ合い、少しの間だけ言葉のない時間が続いた。

 

 

 

 

 モモンガ様が気を使ってくれて、私と妹だけが部屋に残された。

 まるで夢でも見ているようだ。

 今日は自分と一緒に冒険してくれる冒険者を探しにきたはずだった。

 ――変な所で心配性なモモンガ様も一緒に。

 それがまさか、死んだはずの妹と再会できるなんて。

 

 

「本当にクララ、なのよね?」

 

「うん、そうだよ姉さん」

 

 

 未だに現実を受け止めきれず、目の前にいる妹に思わず確認してしまう。

 声も顔も、ふとした拍子に見せる仕草でさえも、記憶にある妹とほとんど変わらない。

 少し大きくなった体、髪は短くなって男の子みたいだが、自分の妹が目の前にいると改めて実感した。

 

 

「――クララっ!! ごめん、ごめんなさい…… 私、私、あなたが死んだって、殺したって聞かされて、それで、それで――」

 

「――姉さんっ!! 私も、姉さんがあいつらに連れていかれて、屋敷がなくなって、アンデッドが暴れて、血の跡しか残ってなくてっ!! ごめん、ごめんなさい――」

 

 

 ――妹が生きている。

 それを頭でも理解した途端に感情を抑えきれなくなった。どちらからともなく飛びつき、お互いに強く抱きしめ合う。

 口から出てくるのは言い訳のような、懺悔のような言葉――お互いが相手の生存を諦めた理由だ。

 あの状況では勘違いしても仕方がない。

 それでも姉妹は泣きながら言葉を綴った。

 

 

「でも、また会えて嬉しいわ。生きててくれてありがとう……」

 

「うん、私も、私も姉さんに会えて嬉しいよ……」

 

 

 ――そして、再び会えた奇跡を喜んだ。

 

 涙を流し尽くし、妹は目を腫らして酷い顔だ。きっと自分も同じ顔をしているのだろう。

 落ち着きを取り戻し、いざ改めて話そうとすると何から話せば良いか分からない。

 もっと話すべき事があるのかもしれないが、とりあえず妹に今まで何があったのかを聞き始めた。

 

 

「そういえば、さっきニニャって呼ばれてたのは?」

 

「うん、私が冒険者になる時はまだまだ子供で、その上女だと大変でね。男のフリをしてたんだ。あとは姉さんの事を忘れないようにって、姉さんの名前からとったんだ」

 

 

 年齢はサバ読んでるから、組合には内緒ね。

 イタズラを告げるような顔をする妹に、ツアレはふっと笑ってみせた。

 

 

「姉さんが死んだと思った後、一人で村を出たんだ。そこで偶々師匠に出会って拾われた。私に魔法の素質があるって聞かされて、そのまま魔法を教えてもらったんだ」

 

「魔法…… へぇ、そうだったの」

 

 

 二人とも魔法使いに助けられるなんて、姉妹で似たような事があったのね。

 妹が村を出てすぐの話を聞いて、なんだか可笑しくなり思わず声が弾んでしまった。

 当然だがニニャには姉が笑った理由が分からず、軽く首を傾げていた。

 

 

「まぁ、師匠の所を出た後はここで冒険者になって活動中って感じかな。鉄級になったばかりだし、まだまだかけ出しだけどね。あっ、でもね、私もう第二位階の魔法が使えるんだよ!! それとね、今日一緒にいた仲間もみんないい奴で――」

 

 

 空いてしまった空白を埋めるように、妹が口早に話す内容を頷きながら聞いていた。

 笑ったり、驚いたり、褒めたり、時々小言を言ったり――数年ぶりの姉妹の会話を心の底から楽しんでいた。

 

 

「――そんな感じだけど、姉さんの方はどうなの? あいつらに連れていかれて、あの後何があったの?」

 

 

 妹から突然に話を振られ、一瞬表情が固まった。

 ――どこまで言っていいんだろう?

 だが、迷いは一瞬。

 ――誤魔化そう。うん、モモンガ様もよく使う手だ。

 即座に決断を下し、記憶をなぞりながら喋っているフリをする。

 私は吟遊詩人だ。人前で物語を披露し続けてきた自分にとって、この程度のアドリブが出来ないなんて許されない。

 

 

「えっと、連れていかれた後、屋敷の中でクララを殺したって貴族に告げられたの。その後アンデッドが屋敷の中に突然現れたの。それが暴れ始めたんだけど、私は偶々通りすがったモモンガ様に助けてもらって一緒に逃げ出したの」

 

 

 嘘は言ってないはずだ。

 今言った通り、私が貴族に連れていかれてからアンデッドは出てきている。

 正確に言えば「モモンガ様が貴族を撲殺してアンデッドに作り変えてしまった」だが、助けられた事も一緒に逃げ出した事も本当だ。

 うん、嘘は言ってない。

 

 

「モモンガ様ってさっきの人だよね。あとでお礼を言いに行かなきゃ」

 

「ええ、それ以来ずっとモモンガ様が私を育ててくれたの。一緒に旅をしたり、勉強とか吟遊詩人になる事とか、たくさんお世話になって――ふふっ、クララは凄いわね。自分の力でちゃんと生活してて。私は今もまだモモンガ様のお世話になってる……」

 

 

 妹がどんな道を歩んできたか、全てを知った訳ではない。

 それでも自分の何倍も――モモンガ様に助けられ続けている自分なんかよりも――妹は苦労してきたのだろう。

 この短時間の会話だけでもそれだけは容易に想像する事が出来る。

 それを思うと今の自分が急に酷く情けなく感じた。

 

 

「そんな事ないよ。私もチームのみんなに助けられてるし。それで、さっき言ってた吟遊詩人ってどういう事?」

 

 

 妹はそんな自分を即座に否定してくれた。

 久しぶりの再会だというのに、弱い所ばかりも見せられないし見せたくない。

 なら自分も今までやってきた事を――自信を持って伝えられる事を話そう。

 

 

「実はね。私、吟遊詩人になったの」

 

「え、えぇ!? 姉さんが吟遊詩人!? 本当なの!?」

 

「もちろん。私が話すのはまだ誰も知らないような物語よ。しかも、私がちゃんと自分の目で見てきた物ばかり…… ふふっ、昔みたいに聞かせてあげる――」

 

 

 良い反応を見せてくれた妹に、今ここで少しだけ披露してあげよう。

 いつか再会できた時――天国で会えた時に話そうと思っていた私だけの物語を――

 

 

 

 おまけ〜なぜ妹が冒険者になったのか〜

 

 

 冒険者として生きている妹は今更「ニニャ」という名前を変える気はないそうだ。仲間たちとの生活の中でそれなりに愛着も出てきたらしい。

 私もツアレニーニャ・ベイロンは死んだ事にして、「ツアレ」として生きている事を教えたが、呼び方は姉さんのままで良いと伝えた。

 お互いに色々と事情がある。よかったらこれからはニニャと呼んでほしい――姉さんにも冒険者のニニャを認めてほしいと言われた。

 それを伝えられてからは、私は妹の事をニニャと呼んでいる。

 

 

「――それでね、ルクルットがそこの娘に思いっきりフラれてさ。みんなで思わず笑っちゃったよ」

 

「ふふっ、さっきの人なら確かにありそうね」

 

 

 妹はこれまでの楽しかったチームの思い出を笑いながら話してくれる。

 そんな冒険者としての話を聞いている内に、ふと素朴な疑問が湧いてきた。

 

 

「ところで、ニニャは何で冒険者になろうと思ったの?」

 

 

 別に冒険者になった事を非難している訳ではないし、妹が決めた道をやめろと言うつもりもない。昔からそういった事に憧れがあったのも知っている。

 ただ単に魔法の素質があったのなら、危険な仕事以外も選べたのではと思ったのだ。

 

 

「ああ、それはもちろん――アンデッドを倒すためだよ!!」

 

「……え?」

 

 

 あまりにも予想外の答えに、私はロクな反応も返す事ができなかった。

 

 

「最初は姉さんを連れ去った貴族が憎かった。でも、姉さんを殺したアンデッドも憎かったんだ。だからアンデッドを倒せるように冒険者になって、そこからもっと強くなろうと思ったんだ。それこそアンデッドを全滅させられるくらいにね!!」

 

「そ、そうだったの……」

 

「まぁ、こうして姉さんは生きてるから、今となっては的外れな理由だけどね。あっ、でもね、前のアンデッド襲撃事件でも結構活躍したんだよ!! みんなでスケルトンをボコボコに――」

 

(これは、ちょっと不味いかも……)

 

 

 ――妹にモモンガ様の正体を話すのはやめよう。

 

 アンデッドを狩った話を楽しそうにする妹。

 その暗く眩い笑顔を見て、ツアレはとりあえず今は秘密にしておこうと決めた。

 

 

 




ニニャの本名は不明なので予想でつけてます。
ツアレにもニニャと呼ばせるのでおそらく今後出てくる事はないはず。
冒険者の昇級タイミングもよく分からないので想像です。
画像を見てルクルットが頭に付けてるのはヘアバンドかも、と思ったけど今回はカチューシャってことでよろしくです。


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