Decipit exemplar vitiis imitabile   作:エンシェント・ワン
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†002 〈幕間〉 キーノがんばる!

 

 平和な日常は永遠に続くわけではない。それを思い知る日が来た。

 腰にかかるほどの金色の髪に赤い瞳を持つ『キーノ・ファスリス・インベルン』という少女は身の丈に合わない強敵と遭遇し、苦戦の末に逃げ帰る結果となった。

 この世は様々なモンスターが蔓延っている。強さはまちまちで見た目では分からない。

 その中で真の強敵は早々相手に悟らせないものだ。共に旅をしているサトルという男性の不死者(アンデッド)のように。

 

「はぁ、はぁ……。クソ、しくじった……」

 

 低位の魔法の修行中に遭遇したモンスターが思いのほか強かった。

 見た目は同じでも強さが段違いに違う亜種が存在するが、今回の相手は自分と同じく何らかの強化種であった。

 自然界のモンスターは知性の乏しい野生種以外にも長生きをして様々な知識を得る者が居る。

 (ドラゴン)も知性体としては有名なのだが――

 

「……あの花弁人(アルラウネ)……、第三位階の使い手だとは……」

 

 森の奥で遭遇した植物モンスターで、足元を地面に埋めて佇んでいる。

 見る分には大人しそうな雰囲気をまとっている。けれども見た目とは裏更に強い部類のモンスターである。

 一見すると動きそうにないのだが、普通に地面から足を引き抜き走ってくる。尚且つ魔法を習得している者も居る。

 冒険者の噂としては聞いていないが雑魚モンスターだと思って侮ってしまった。

 

(サトルから無暗に知らないモンスターと戦ってはいけないって言われていたっけ)

 

 それはそうなのだが、戦わないと強さが分からない。

 確か何らかの方法で相手の強さを測るらしいが、それを聞いていなかった。

 花弁人(アルラウネ)というモンスターは人型の女性体で頭に大きな花を咲かせていたり、腰回りが花びらになっていたりする。

 花にたくさんの種類があるように花弁人(アルラウネ)も多種多様な姿をしていた。その中で近親種と呼ばれる者の違いは『身体の色』である。

 通常の花弁人(アルラウネ)は緑系で、赤系は赤き花弁人(アルルーナ)だ。

 今のところはこの二種が確認されている。

 

◇ ◆ ◇

 

 吸血鬼は種族の恩恵として『高速治癒』を持っている。どんなに大怪我をしても――逃走に成功したのであれば滅びる可能性が無くなるので――大抵のケガは自然と直る。

 種族としても強い部類に入る。しかし、キーノはまだ幼く、強さも噂には届かない。

 攻撃魔法によって片方の目が潰され、右腕は中ほどを吹き飛ばされ、左足は治りかけているが骨ごと削り取られた。

 何とか這いずるように帰還の途につくのがやっとの状態だ。

 

(……腕は諦めたけど、治るのかな……。痛みは感じないけれど物凄く気持ち悪い)

 

 痛みが無くとも不快感は消せない。

 必要以上にダメージを受けると吸血鬼とはいえ滅びる危険性がある。

 止まっているからといって心臓と頭部の損壊だけは避けるようにとサトルから厳命されていた。だから逃走を選んだ。

 憎いからといって深追いは禁物。確かにその通りだ、と。

 

(か、身体が重い……。もしかして私、ヤバイ?)

 

 手負いのクリーチャーたる吸血鬼が人間に見つかれば狩られてしまうおそれがある。

 今は北方にある『アーグランド評議国』で冒険者登録を済ませた身分ではあるけれど、それ以外の国にとってはあまり関係がない。

 

 異形種は潜在的に人間種の敵だからだ。

 

 もちろん、全員がそうではない。しかし、モンスターの肉体は何かと都合が良いらしく、内臓とかよく分からないけれど取引材料の為に異形種を討伐しようとする輩が居ないとも限らない。

 キーノが思い浮かべられることは少ないが、魔術的に吸血鬼の肝だの眼球が高値で取引される、とか。

 

(……滅びなければ眼球とかどうなるんだろう? 取ってもまた生えてくるようなら平気とか? ……嫌だな、拷問みたいに取られるの)

 

 口を尖らせつつサトルが待つ拠点に向かう。

 近隣の都市は様々な種族が行き交い――人間種も居る――毎日が喧噪の有様となっている。

 喧嘩は良く起きるけれど、屈強な亜人種や異形種が多いので都市の危機には至らない。

 名物が何かは知らない。様々な情報をやり取りするのに便利だとは聞いている。そして、たくさんの住民が居る。そこに手負いのキーノが現れれば騒然とならざるを得ない。

 なので普段は隠れ家のような拠点を用意し、そこから都市に向かうことになっている。

 何かあった場合の避難場所として。

 

(あっ、あー。腕が途中で回復をやめちゃった……。脚はもうすぐ治りそうだけど……。完全にサトルに怒られる)

 

 優しい彼も怒る時は怖い。本当に不死者(アンデッド)か、と疑いたくなるくらい感情を露にする時がある。

 多くはキーノがケガとかする些細な場合が多い。不死者(アンデッド)だから平気と思っているのは自分だけ。

 彼は他人の――特に仲間の――危機に本気で心配してくる。

 当初こそ色々と大慌てだった彼もここしばらくは大人しくしているのだが、それでもキーノがケガをすると本当に悲しそうな雰囲気をまとう。

 そんなにケガをする私が嫌なのか、モンスターは平然と駆逐するクセに、と何度も思ったものだ。

 

◇ ◆ ◇

 

 吸血鬼とて体内には血液という体液が満たされている。

 ケガをしたキーノは血だらけだったが拠点にたどり着く頃には殆どが蒸発している。地面に落ちた分も今頃は消えている筈だ。

 失った血液もまた時間経過で元に戻る。戻ると言うか再生するように身体の中に満たされていく。

 肉体を持つ不死者(アンデッド)である吸血鬼が長い時をそのままで生きられるのはそういう原理が働いているからだ。もし、それが働かない場合はサトルのような白骨化した不死者(アンデッド)になる筈だ。

 ――確認したことが無いので詳細までは知りえないけれど。

 

(……あー。サトル、すごく怒るだろうな。まっ、人間の冒険者に見つからなかったのは運が良かった)

 

 もし、そうであったらサトルなら復讐しに向かうかもしれない。

 敵対者には容赦しない性格のようで、いくつかのチームが人知れずこの世から消滅したのをキーノは知っている。

 彼は真っ当な善人ではない。時には人をも殺す。キーノは力不足で殺人自体は未経験だ。――たぶん。

 記憶が曖昧な時期があり、その最中に誰かを殺している場合もあるが、身に覚えが無い以上はどうしようもない。

 今回、一人でモンスターと戦うことになったのは自身の増強が目的だった。それに早速失敗したわけだが――

 全てのモンスターの情報を把握しているわけではない。けれども未発見の場合、逃走に失敗した時の事を考え、ある程度の戦闘はやむなしと聞いている。それでこの(ざま)である。

 

(大人しい植物モンスターだと思ってたのに……。魔法を遠慮なく撃ってきやがって……)

 

 位階が高いことは勿論、それらを回避できないのにも驚いた。

 一部の魔法に追尾機能がある事は聞いていたが、実際に食らうことになるとは、と。

 サトルは優しい。だから、キーノがケガをしないような戦法ばかり取る。そう思えばこの度の失態は彼にも責任があるような気がしてきた。

 実際の戦闘は苛烈であり、命の危険が付きまとう。

 そうなると彼の厳しい一面を見る事になるので心が痛む。そこはきっと自分の甘えだ。

 

「……お帰りなさいませ」

「!?」

 

 足元の影から言葉を駆けられて驚くキーノ。

 どうやらサトルの索敵範囲内に入ったようだ。

 通常は護衛が付き、滅多なことでは異分子たる強盗とか野盗に襲われる心配は無い。しかし、今回は一人で頑張るからと言い張り、護衛を拒否した。その結果は以下同文だ。

 

「だ、ただいま」

「お怪我をされているのですか?」

 

 見ればわかる結果だ。今更隠し(おお)せる訳も無い。

 しかし、治癒と言っても通常の治癒魔法やアイテムでは不死者(アンデッド)を癒すことは出来ない。自然治癒にも失敗している有様だ。

 これをサトルならばどう治すのか。彼ならば様々な手法の知恵を持っている筈だと――

 

(頭と心臓は守った。だけど……腕はどうなるの? 痛みが無いのが逆に気持ち悪い)

 

 雑念に囚われたキーノはトボトボと歩きつつ隠れ家にたどり着く。

 隠れ家と言っても魔法による隠蔽は施されていない。農村の片隅に置いてある小屋程度の代物だ。これを魔法的に隠蔽する方が目立つと言っていた。

 外見こそ貧相でこじんまりとしているが中は想像以上にしっかりとした作りになっていて、家具も揃っている。メイドと執事も居たのだが邪魔だからと退去させている。

 この小屋は第四位階『安全宿泊所(セキュア・シェルター)』で作り上げた。ちなみに、第二位階にも似た魔法があるのだが、こちらは人――女の子が使うには――の住むところとしては抵抗がある代物だ。

 

◇ ◆ ◇

 

 小屋の扉の前で硬直するキーノ。ノックしたくない、という気持ちに(さいな)まされる。しかも利き腕が無いので態勢を維持するのが意外と難しい。

 何度も深呼吸して挨拶の言葉を考える。

 普段通りの事が今は出来ない。難しい。

 難度が上がったモンスターのようだ。

 

(駄目だ駄目だ。こんなゲカはこれからも負う。それでいちいち元気をなくしていたら生きていけないし、生活もままならない)

 

 なにより冒険者だ。強大なモンスターと戦う機会はこれからも出てくる。

 単なる農民に成り下がることも出来るけれど、それは旅の目的ではない。

 サトルが旅を諦めて農家をやりたいと言えば――それに従うけれど。今は、と付くが。

 そんなことより、まず自身の強化が最優先課題だった。それ以外は白紙。

 

(異形種なのに勇気が出ないなんて……。それは能力に関係ないのかな?)

 

 とにかく、黙っていても隠し通せるものではない。

 必要な道具が中にある事だし、と。

 だが、それでも気が重い。誰かに迷惑をかけたくないなとど思える自分に驚きつつ。

 意を決し、左手で扉を叩く。

 

「た、ただいまー」

 

 少しどもりつつもいつもの調子で扉を開ける。

 鍵はシモベによって既に開けられていた。そういう役割を命令されている。

 室内に入って扉が閉まると自然と鍵がかかる音が背後から聞こえる。

 

(……居るかなサトル)

 

 出かける時は黙って出て行かないので連絡が無い場合はだいたい留守番している。

 黙っているわけではなく、人材確保のための計画書を作成しているのだとか。

 

「お帰り、キーノ」

 

 部屋の奥から聞きなれた男性の声が聞こえた。だが、今日のサトルの声は一段と怖く感じた。まるで悪戯を咎められる子供のようにキーノは怯える。

 今回の戦いは無断で(おこな)ったわけではない。出会った相手が悪かっただけだ。

 森の探索は前々から決めていたし、一人である程度戦わないと強くなれない事もサトルは納得してくれた。

 

(……それに)

 

 過保護のサトルの事だから状況は既にシモベから聞いている筈だ。知らないわけがない。

 情報を制する者こそ勝利への道である、と御大層な事を言っていた。

 そして、部屋の奥から姿を見せるのは豪華な漆黒のローブを身にまとう不死者(アンデッド)モンスター。彼こそが強大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)『サトル・スルシャーナ』だ。

 白磁の如き白骨の姿を晒し、落ち着いた様子でキーノを出迎える。しかし、既に彼は彼女の異変に気付いている筈だ。

 

◇ ◆ ◇

 

 気を使うことはあっても逆の立場は意外と気恥ずかしい。そうキーノは思いモジモジし始める。

 これが不死者(アンデッド)でなければ痛みに呻き、みっともなく泣いて助けを請う場面だ。決してにこやかに笑ったりなど出来ない。

 しかし、何故だがキーノはこの時、とても恥ずかしかった。

 恥じらいなど種族の恩恵によって無効化されてもおかしくないのに。

 心臓だって止まっている。脂汗などかかない。それなのに胸の奥が熱くなる。

 全ての不死者(アンデッド)が一律に同様の精神耐性無効を持っているわけではないのかもしれない。それともキーノやサトルだけ特別なのか――

 

「派手にやられたそうだな」

(来た!?)

 

 一番聞かれたくない言葉。それだけで恥じらいから殺気へと緊張が変化する。

 普段は温厚で優しいサトルも彼女の以上に対して怒りを感じている。それは彼女に向けられたものか、それともケガをさせた相手か。

 とにかく、冷たい刃がいくつかサトルから生まれているのは理解した。

 

「……油断した。そう、油断したんだ……」

「そうか」

 

 慎重に慎重を重ねた戦法はキーノにとってまだ苦手で、頭を使った戦法をしろと言われても出来る手段が限られている。

 なにより高い位階魔法を習得していない。手持ちの魔法は一〇も持っていない。

 言い訳を考えているとサトルは椅子に座り、テーブルにあるものを置いた。

 

(……あっ)

 

 それは黒い袖が巻かれた人間の腕。というかキーノの奪われた筈の右腕だった。

 出血自体は既に止まっており、どうしてか滅びずに済んでいる。

 確かに切り離された部位というものがすぐに滅びるとは聞いていないし、今まで確認したことが無かった。

 ただ、知識として聞いていたので、そういうものかなと。

 

「吸血鬼はとてもしぶとい生き物だ。己の核さえ無事であればこういうものはしばらく残る。……さて、これは誰の腕かな?」

「……かく? あ、えと……。……私の……です。はい、ごめんなさい」

 

 知識では未だにサトルに及ばず。というよりも彼に勝てる気がしない。

 頭を下げて謝ると不穏な気配は温か味へと変わった。

 部屋の中の温度が零下から温暖へと変わったように。それだけ劇的な変化をサトルは気配だけで起こせるのだ。いや、そう感じているのはキーノだけかもしれないが。

 

「知っているか、キーノ。吸血鬼の中には血液だけになっても動いたり操作する能力を持っている者が居るという。信仰系の攻撃でも受けない限り……、消滅に似た魔法攻撃などを受けない限り絶望するのは早いぞ」

 

 そう言いながら自分の対面に座るように合図するサトル。それに拒否できるほどキーノは我がままな娘ではない。

 トボトボと叱られた子供の様に素直さを見せる。

 

◇ ◆ ◇

 

 サトルは魔力系を殆ど極めている。元来、治癒は信仰系に属する魔法だ。それは聖属性とは真逆の効果を持つ魔法であっても。

 大抵の職業(クラス)には(グッド)(イビル)(ホーリー)不浄(アンホーリー)の側面があり、聖騎士(パラディン)の逆は反聖騎士(アンティパラディン)といった具合に。

 不死者(アンデッド)を癒す魔法もまた存在する。

 

(……キーノも大怪我をするようになったか)

 

 最初こそはサトルとて慌てた。すぐさまシモベを現場に向かわせて対象の排除に努めようと思った。けれどもすぐに思い留まる。

 これはキーノの戦いなのだ、と。

 彼女には窺い知れないが最初の探索は監視付きである。この辺りには物騒なモンスターがたくさん生息しているので。それと色々と不穏な連中の影も確認していた。

 全員がキーノを狙っているわけではないが、可愛い娘を襲うような奴らは基本的に排除することにしていた。これはあくまで保護者的な観点だ。

 

(俺も大概モンスターを殺してきたけど……。こうして腕だけになったものを見ても平気でいられるのは……、この身体のお陰なんだよな。普通なら目を背けるとこなのに)

 

 ゲームでは散々モンスターを殺してきた。それは彼らがゲームの中に出てくるキャラクターだから。現実ではないから。そんな理由がある。しかし、この世界は違う。

 殺せば血が出るし、内臓もしっかり備わっている。不死者(アンデッド)はきちんと滅びたりする。

 ゲーム的な要素がありながらいやにリアルな描写――

 長く放浪してきてゲームの延長だなどと思うことをやめたわけだが、今でも信じられない。

 

(血と肉を持つモンスターが文化を持って生活していることに。自動的に何処からともなく湧いて出来るわけではない。それを知ったのは……随分と後になってからか)

 

 と、いっても数年程度だ。

 半年ほどの経過で思い知る。ここは現実世界であると。

 いくらサトルでも長期間の滞在は不可能である。何がと言われればゲームの中に、だ。

 現実世界の時間が別にあり、会社に行かなくてはならない。そう思って今に至るわけだが――

 経過時間から見て――もし、現実世界に自分の肉体があると仮定して――元の世界に戻った瞬間に自分はきっと死ぬ。餓死なのか病死なのかは分からないけれど。確実な死は待っている筈だ。

 

(それならここで暮らすことを選んだ方が有意義だ。得策ともいうが。それにせっかく能力を使えるのだし、側に可愛い女の子も居る。これと言って目的のない旅もいいかもしれない。……まあ、天涯孤独の俺にとっては楽しいと思えた方が大事だ)

 

 そんな事を夢想している合間、キーノはただじっと何かに耐えるように佇んでいた。

 目の前には微妙に動いている右腕が食器皿の上に載っている。これはテーブルが汚れるのを防ぐ目的であって、食べろと命令する為ではない。

 

「キーノ」

「は、はい」

 

 怒られると思って背筋をまっすぐに伸ばす。

 その様子に子供を叱りつける親のイメージがサトルの中に浮かんだ。ただし、それは他人の親だ。

 静かな雰囲気に声を出すと大体は怒られると思うか、とため息をつく。

 

「完全勝利しか許さないとは言わない。敗北もまた経験の糧だ。……腕の接合については今考えているところだが……。今回戦った相手は……強かったのか?」

「……うん。気弱そうなモンスターだとばかり思ってたから」

 

 見た目だけでモンスターの強さが図れるほど甘くない事はサトルも承知している。しかし、詳細な強さを把握するには――実際問題として一度戦う方がいい。

 仲間の一人も一回殴ってから対策を考える、と言っていたくらいだ。

 思い悩むより行動してみる事も大事だと思う。しかし、いきなりにしては酷い結果だ、と。

 

(腕がもげてるし。ここまで酷いとは俺も思わなかったよ)

 

 瀕死の重傷の時は手を出す予定だった。何事にも慎重を喫するサトルにとっては精神的に大きなダメージを受けたのは間違いない。

 遠くに居る相手の様子を見る魔法を取得している彼にとって探索ごとはわりと得意分野である。

 

「次は勝てそうか?」

「……分からない。今のままでは勝てないと、思う……」

 

 無理して強いモンスターを打倒する必要は無い。適度な強さのモンスターをとにかくたくさん倒す方が効率が良い。ただ、現地の住人達はその事を知らない。

 そういうゲーム的なシステムを理解していないというのが正確か。

 

(治癒担当はどうしようか。悪属性の聖職者(クレリック)でいいんだよな? 召喚モンスターはいまいち不安だ)

 

 不満なのは使用できる能力が少ない為だ。

 ()()()()()()()が作り上げた者達ならば――もっと多彩な能力を発揮してくれるというのに、と。

 居ない者の事を思っても仕方がない。今あるもので苦境を打開するしかないのだから。

 

◇ ◆ ◇

 

 キーノに説教する場合は一人で勝手をした時だ。今回は事前に色々と準備をした上での敗北である。

 想定外のモンスターを除けば結構健闘した方だ。サトルとしても敵モンスターが予想外に強かった事に驚いたほど。

 それに無理を通さず撤退を選んだ。

 

(強くなる方法が俺達とはまるで違う。情報収集も思うようにできない世界だ。それで生きて帰る事がどれほど大変な事か)

 

 生き残ることこそ最も大事な戦略である。逆の立場なら絶対に敵は逃がさない。

 モンスターにも生きる権利があるなら次に襲われる覚悟もきっと持っている。

 そうなれば同じモンスターでも取れる戦略が変わるのは必然だ。

 

(自身の強さに決して(おご)ってはならない。この世界ではそれが顕著なんだろうな)

 

 キーノに身体を清めるように言いつける。

 不死者(アンデッド)なので聖水をかけると肌が荒れる。すぐに治るけれど。

 ここで言う『清め』とは風呂で水洗いすることだ。汚くても問題無いとしてもサトルからすれば気になる事だった。

 しかし、これはあくまで個人的なものだ。

 

(……しかし、不思議だな。不死者(アンデッド)の身体というものは。死んでいるけれど生きている。そういう不可思議な概念が存在する世界というのも……)

 

 ゲームとは違い、現地産の不死者(アンデッド)だ。実物と言ってもいい。

 情報自体はゲームとほぼ一緒。当たり前のようで当たり前ではない。

 オリジナルの神話体系ともいうか。

 

「……そして、それを平気で扱える俺……。普通に死体とか見たら驚いたり忌避するだろうに。どうしてか平気なんだよな」

 

 キーノが居ないせいか、ついつい独り言が出る。

 いつものクセというか、単独(ソロ)の慣習みたいなものだ。

 声を出していないと喋る事が出来なくなる気がする。魔法を唱える上でも発声は大事だ、という意識が働いているためだと思われる。

 大事な事ならやらなければならない。いざという時、何もできないのは困る。

 

「この腕に特殊技術(スキル)を使って死の騎士(デス・ナイト)を創ったら……、キーノは物凄く泣くだろうな」

 

 その辺りは慎重に扱わないと()()()危険なので。

 死肉ではあるが作れないことは無い。それがまた厄介な問題だが。

 キーノの腕ではあるが死の騎士(デス・ナイト)。命令はサトルからしか受け付けない。

 もはやそれは別物だ。

 

◇ ◆ ◇

 

 ごくたまに自分の能力がおかしな事態を招くことがある。だから、行動には細心の注意を払う。

 それが他人から見れば慎重派のように映るわけだが――

 風呂から戻ってきたキーノは上半身裸。

 外見年齢十代の彼女にとって気にするほどのことは無いのかもしれないが、サトルはわりと気にしてしまう。

 もう少し年齢が高くて胸が大きければ、と思うも風習などにょって気にしない事もあるのかな、と。

 それにモンスターは基本的に裸だ。彼が羞恥を覚えないのと一緒だと思えばおかしなことはない。

 これは眼福だと思って黙っている事にする。折角見る事が出来るのだから勿体ない。

 それに過度の興奮は抑制される。これがまた不死者(アンデッド)になって良かったと思える機能であった。

 対するサトル側は裸どころではなく中身そのものであることは棚に上げている。

 (むし)ろ気持ち悪い内臓系が無い骸骨(スケルトン)で本当に良かった。

 

 




付録:キーノのきろく(あてにならない)

安全宿泊所(セキュア・シェルター)

位階:魔力系第四位階
備考:その場にある材料で寝泊まりできる小屋を創造する。許容人数は約一〇人。メイドと執事の召喚物がお世話係として付いてくる。

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