第四話:暗殺者は通信網を作る
大型の通信機からマーハの声が響いている。
『感慨深いわね。二年かけてようやく完成だもの。初めてルーグ兄さんから聞かされたときは、完成する気がしなかったわ』
「まあな。だが、これで主要拠点全てを繋ぐ通信網が完成した」
『ええ、オルナは無敵になるわ。それに今まで以上にルーグ兄さんをサポートしてみせる』
本当に長かった。
この通信網を完成させる際には多くの障害があり、その一つ一つを根気よく解決してきたのだ。
実験ついでにマーハから、オルナの動向と頼んでいた調査の結果を受け取る。
うむ、音質もまったく問題ない。
しいていうなら伝送距離が長いせいでわずかなラグがある。しかし、許容範囲内。
『あと、後ろから知らない女の声がするのは気の所為かしら? それもかなり美人で特別な感情をルーグ兄さんに向けているような気がするのだけど……ふふふっ、私がルーグ兄さんのために過労死寸前まで頑張って尽くしている間に、ルーグ兄さんは恋人を増やすなんて、面白すぎて気持ちが折れそうね』
最後にプライベートな話をして通信を終了した。
怖い。何が怖いのかと言うと、怒るわけでなく、本気で疲れ切った声でそのまま俺の言い訳を聞くことすらなく電話を切ったこと。
今度、会いに行こう。
マーハには毎回、無茶振りをしてしまっている。
通信が終わると、ネヴァンが噛みつきそうな勢いで迫ってくる。
「あっ、あの、ムルテウからって本当ですの? あそこからここまで四百キロ弱はありますわ。もしかして、私たちをからかってます? その箱の中に女の子が隠れているなんてことはありませんの?」
「そんなくだらないことをしないさ。ちゃんと四百キロ先から声が届いている」
ネヴァンが絶句している。
戦場に声が届くなんてものを凌駕し、国中と繋がれる。
その意味が彼女にわからないはずがないのだ。
情報には鮮度がある。
常に街ごとの相場を把握していれば、右から左へ商品を流すだけで巨万の富を得られる。それを皆が行えていないのは、情報伝達に時間がかかってしまい、商品を仕入れて届ける頃には相場が変わっている、あるいは似たようなことを考えている連中との競争になるからだ。
だが、この通信網があれば、相場が変わるまえに商品を届けられるだろう。つまり、猿でも儲けられる。
アドバンテージがあるのは商売だけじゃない。
政治、軍事を含めたありとあらゆる分野において、通信網を持たないものより数日早く動き始められる。
数日早く動くことができれば、常に先手を取れるだろう。
この世界にいる者たちは繋がっていない。
何をするにも離れれば離れるほど情報伝達に時間がかかってしまう。そんな中、こちらだけが世界中と繋がり、まるで一個の生き物のように動く。
その差は、繋がっていることが当たり前な人間が想像しているものの数倍は圧倒的。
これは世界を作り変える類の発明だ。
「……これをフル活用すれば世界征服すら可能ですの」
「やろうと思えばな。だが、さっきも言ったようにそんな真似をする気はない。これはあくまで俺の持つ情報網を強化するための道具だよ」
多少、オルナの商売に利用する以外は、あくまでただの情報伝達手段として利用するつもりするだ。
「あの、どうして、そんな遠くから通信できるんですか?」
「あっ、私も不思議だった。それだけ大きくても二キロが限界なんでしょ。どうして、いきなり二百倍もすごくなっているのかな?」
ネヴァンほど、これの価値をわかっていないタルトとディアのほうが立ち直るのが早かったようだ。
当然の疑問を抱く。
「さっきまで使っていたのは無線型だけど、こいつは有線型なんだよ。線でつながっていてね。その線を信号が伝う。だから無線より、ずっと長距離伝送ができる」
「そんな線、ぜんぜん見当たらないよ」
「地下にあるからな」
それこそが、この通信網構築に二年もの歳月をかけた理由だ。
「でも、それって怖くないですか? どこかで切れちゃったら終わりです」
「その通りだ。だから、切れないものを作った。これが線の実物だよ。こいつで、この巨大な通信機同士を結んでいる」
俺は【鶴皮の袋】から、通信線を取り出す。
「けっこう、太いんですね。私の太ももより太いです」
「実際に通信している部分は細いんだが、それを守る素材が厚いんだ。丈夫さを見せてやろう。おまえのナイフで全力でこれを斬ってみてくれ。魔力で強化しても構わない」
「じゃっ、じゃあ、やってみます!!」
俺が両手で線が張るように持つと、タルトが斬りかかってきた。
凄まじい衝撃、魔力で強化しているだけあって重い一撃だ。
振るうナイフは、俺が作り上げた特殊合金の魔剣。
鉄板だろうと叩き切る一撃。
しかし……。
「うそっ、斬れないです」
「そういうことだ。魔力で強化したタルトの一撃すら受け止める。それに、こうやってぐねぐね曲がるぐらいに柔らかいから折れない。こいつを最低でも地下五メートル以上深くに埋めてある。そうそう切れないし、切れても大丈夫な工夫をしている」
「それ、気になるよ。教えて」
「重要拠点同士は、二つのルートで冗長構成にしている、一つのルートが切れても別のルートから信号が届く」
ムルテウや、トウアハーデなどをコア拠点と定めており、東ルートと西ルートが存在するのだ。
「ちょっとまって、重要拠点ってことは普通の拠点もあるんだよね」
「当然だな。全部で通信機を設置している拠点は二十拠点。この国の主要都市と言われているところには全て設置が終わってある」
「えっと、それってさ。その二十拠点から、どこの拠点にも声が届けられるってこと?」
「そのとおりだ」
だから、俺はこれを通信”網”と表現している。
もともと有線であろうと最大伝送距離は八十キロほど。
だから、最長でも拠点間の距離は八十キロほどが限界で、一度どこかの拠点に通信が届くと再度信号を増幅して次に送るという方式を取ることで何百キロもの通信を可能にしていた。
ルートを二つ用意しているのは、線を切られたときの対策でもあるが拠点が潰されたときの対策でもある。
「スケールが大きすぎるね。二年ぐらい余裕でかかっちゃうわけだよ」
「スケールのでかさもあるが、秘密裏に作る必要があったのも時間がかかった要因だ。作業員は誰でもいい訳じゃない、土魔法を使える魔力持ちが何人も必要でね。この通信網を作るのにオルナの総資産の四割を使ったよ」
「あっ、あの、オルナの四割って言ったら、その辺のお城ぐらい軽く買えますよね?」
「その辺の城どころの話じゃないさ、タルトの想像した金額の倍は使っている」
汚れ仕事を受けてくれて、なおかつ口が堅い魔力持ちなんてそうそう居ないし、居たとしてもとんでない値段を吹っかけてくる。
電話線も装置も俺が作ったにも関わらず、これだけの金額が吹っ飛んだのはほとんどが人件費と、権力者たちに目をつぶってもらうための裏金。
「うえっ、とんでもないお金だよね」
「とんでもない金額だが問題ない。通信網が完成した以上、二ヶ月もあれば元が取れる」
これは希望的観測ではなく、最低でもそれだけはできるという底の数字に当たる。
試算ではもっと稼げると出ていた。
オルナだけがリアルタイムの通信ができるのであればこの程度容易い。
「……よく、それを私に話す気になりましたの。ローマルングはそれを手に入れるためなら、街の一つや二つ、滅ぼしますわよ」
「ネヴァンは実力行使をしないさ、俺にはそれ以上の価値があると考えるだろう。これ以上のものを見たくないか?」
「ふふふ、金の卵を生む鶏というわけですの……いいでしょう、このことは私の胸にしまっておきましょう。本当にあなたの隣は飽きないですの」
ネヴァンが笑う。
それからぶつぶつと、この通信網を有効活用する方法を思案し始めた。
「あと、気になったんだけど、さっきここから無線で空を飛んでる私たちにアドバイスくれたよね。もしかして、これってさ、別の拠点からここまで有線で情報を運んで、そこから子機に無線で通信可能な感じ?」
「めざといな。その通りだ。逆もできる。子機から送れるのは百メートルほどだが、子機から受け取った情報を別の拠点にも送れる」
まさかディアに気付かれるとはな。有線機能と無線機能、両方を持たせたのはそういう運用をするためだ。
有線の大型をセンターにして、付近の無線子機に一斉に情報を送ることで、別に拠点でなくても通信を受け取れるし、逆も可能。
この仕組みは俺の世界での携帯電話と同じ。
そうしたのは便利だからというのもあるが各拠点にいる諜報員たちに通信機の場所を開示しないため。
彼らには子機のみを与え親機の存在自体は秘匿しているし、俺が開発したとは伝えず発掘された神器と説明してあった。
彼らの認識では、特定の場所で子機を使えば全拠点に通信できるというだけ。親機については存在すら知らない。
裏切られたところで向こうが神器だと思っていればさほど大きな問題にならないし、奪われたのが子機ならどうとでもできる。
諜報員は信頼できる者を選んでいるとはいえ念には念を入れている。
「ふえっ、すごいです」
「だから、これからはその通信機を常にもっておけ。それさえもっていれば、多くの街でどこからでも声を届けられる。それから、通信をしてきたときにその場にいなくても一日分の通信はあとから聞けるんだ」
「はいっ、大事にします」
「うわっ、なくさないようにしよ」
「絶対に手放しませんわ」
三人が大事そうに通信機の子機を抱える。
あとで使い方を教えないとな。
通信をする際にチャンネルがあり、用途によってチャンネルを使い分けている。
彼女たちの子機は、俺がプライベートで使うチャンネルだけを受け取るようにしてあった。
「さて、これで実験は終了だ。帰るとしようか」
「あっ、私はハンググライダーで帰るよ」
「私もそうしますわ。なにせ、帰りに使うなら持ち帰る必要はありませんもの」
「好きにするといい」
よほどハンググライダーが気に入ったようだ。
飛んでいく二人を見送る。
そうしていると、俺が所有している子機が鳴った。
そのチャンネルは王都の拠点を使っている諜報員が使っているもの。
報告を聞き終える。
「あの、ルーグ様、とっても怖い顔をしています」
俺を見たタルトが怯えていた。
「すまない、少々悪い知らせが来てね。……さっそく通信網が役に立ったよ。あと三日、情報を得るのが遅れたら手遅れになっていたかもな。貴族の嫉妬というのは、どうしようもなく見苦しい」
やはり、リアルタイムの情報は強い。
この投資は間違っていなかった。
早く情報を知れたことを活かして不意を打たせてもらうとしようか。
王都の連中が想像すらできない迅速さを持って。