第五話:転生王子はお土産を振る舞う
親睦会のために妹のナユキが作った料理が運ばれてくる。
その材料には、普通なら魔物がいるせいで漁業が不可能な遠洋の魚や、新たな大陸で見つけた野菜を意図的に使っている。
いわば、新たな作物のお披露目会でもある。
そのお披露目会のためだけに少量ではあるが、こちらにない野菜を種や苗だけでなく実物を持ち帰っている。
最初に運ばれてきたのは、大皿以上に巨大なパイとサラダ。
これは前座だ。
「いい香りがするね。……それに、この赤く美しい果実はなんだい?」
「果実じゃなく、野菜だ。まずは塩を振ってかぶりついてくれ」
サラダはトマトの良さを味わってもらうために、葉物野菜を盛り付けた上に、へたを外して洗ったトマトをまるまると乗せている。
このトマトは中玉サイズで少々長細い品種だ。
アガタ兄さんだけでなく、他のみんなも興味をもったようで一斉にトマトにかぶりついた。
「これはっ……美味しい野菜だね。甘い」
「たまんねえな。訓練のあとにかぶりついたら最高だろうよ。疲れるとすっぺえのが欲しくなるからな」
二人の兄はトマトをひどく気に入ったようだ。
とくに甘みがあるというところに魅力を感じている。
この国では誰もが甘さに飢えている。
寒暖な地では砂糖なんて育てられず、甘味の代表格であるハチミツもこの辺のハチは肉食ばかりで手に入らない。
山に自生する果実は枯れて、貧乏国ゆえに滅多なことでは他国から果実を買えない。
その果実も品種改良がされていないため、さほど甘くない。
今食べているトマトと大差がない甘さであり、トマトには特別なときしか食べられない果実と同じぐらいの喜びがある。
「この野菜はトマトと言うんだ。そのまま食べてもうまいんだが、色んな料理に使えるし、調味料にもなる。しかも、栄養がたっぷりあって健康にもいい」
前から、カルタロッサ王国において問題視していた点がいくつかある。
一、味付けが塩頼みで食事が楽しくない。
二、育てられている作物が小麦と芋で慢性的にビタミンが不足しており健康上の問題がある。
トマトがあれば二つの問題が一挙解決するだろう。
ドライトマトにすれば一年中食べられるという利点もある。
「それはいいね。でも、育つのかい? このトマトが育てられていた地域はこことはずいぶん気候が違うんだろう」
「錬金術による品種改良は俺の得意とするところだ。安心してくれ」
品種改良である程度はどうにかなるとは言ってもどんなものでも大丈夫というわけじゃない。
錬金魔術における【解析】をしており、それが可能と判断したから持ってきている。
「それから、さっそくこのトマトを使った料理を用意した。そっちのパイがそれだよ。食べて見てくれ」
俺がそう言うと、ナユキが微笑んでパイを切り分ける。
よく出来ているパイで、ナイフをいれるとさくさくっと音がして、それがまた食欲を誘う。
そして、断面から煮詰めたトマトソースがとろっと溢れる。
トマトソースの具に使ったのは、バルムートが釣り上げたマグロの脂が乗りに乗った大トロ。
潰したトマトに、マグロの骨でとった出汁とハーブを加えて徹底的に煮詰める。
そこに一口サイズの大トロをこれでもかとぶちこむ。そして、大トロに半分火が通ったところで、焼き上げていたパイの中に注いで、蓋をする。
マグロは火を通すとパサつきガチなのだが、脂が乗っている部位をレアに仕上げるとみずみずしいまま。しかも大トロだから、少し火を通す程度でも脂が大量にとけだしてパイをうまくしてくれる。
どうやら、切り分けられてこぼれたのはトマトソースだけじゃなく、閉じ込められた香りもだ。
火を通してより強くなったトマトの甘酸っぱい香りと、大トロの芳香がまざりあって食欲を刺激する。
我慢できなくなって、誰かがかぶりつきさくっとした音がなると、それがいくつも連鎖した。
「美味しいわ。これ、最高よ。トマトって火を通したほうが美味しいのね」
「すっごい贅沢な味です。こんな、ご馳走初めてです! このお魚がお魚なのにお肉よりジューシーでパイとの相性が抜群。キツネ大満足!」
「私もいただきますの。うんっ!? 美味しっ!!」
大トロのトマトソースパイは、大好評だ。
……それもそうだろうな。転生前なら、大トロをこんなふうに贅沢に使うことはできなかっただろう。
脂の強い大トロとトマトソース、パイ生地の相性は最高だ。
「遠洋の魚はこんなに美味しいなんて知らなかったよ。これほどの美味は外交で世界を飛び回っている僕もお目にかかったことがない。……外交の武器にすらなりえる味だよ」
「そっちのキツネも言ってたが、贅沢!って味だよな。たまんねえよ」
「遠洋の魚が全部うまいってわけじゃないけど、マグロという魚はとてもうまい。部位によって魅力が変わる。そっちも味わってもらおうか。もう一つの作物と一緒に」
俺は指を鳴らす。
すると使用人たちが追加の料理を持ってきてくれた。
料理というのは間違っているか、まだ完成していないのだから。
今回仕入れた作物は全部で四種類あり、次に使うのはトマトとは違い必要性より、俺の好みで選んだもの。
「なんだ、肉の固まりか!? そっちの白いつぶつぶも見たことねえな」
「こいつは米だよ。まだ、食べないでくれ。今から仕上げる」
俺は立ち上がり、使用人が持ってきたマグロ肉ブロックと米の前に移動する。
マグロは中トロと赤身のいいところを用意した。
中トロはうっすらとしたピンク、赤身は鮮やかなルビー色。
米のほうは酢を混ぜてある。酢はエールの開発中に、失敗してできてしまったもの。
この材料で作るものは一つしかない。寿司だ。
巨大マグロだけあって、大トロはまだまだ残っている。
なのに中トロを用意したのは、寿司にするには大トロは脂がかちすぎてくどく、中トロこそがベストだと考えているからだ。
そして、脂がない赤身には脂の味じゃないマグロの味そのものを味わえる良さがある。
だからこそ中トロと赤身の二つに絞った。
ナイフでカットする。錬金術で作ったナイフの斬れ味は名工の打った包丁に勝る。
細胞を潰さずに断てる。
寿司を握っていく。
醤油なんてものはないので、向こうで買った小魚を発酵させて作った魚醤を刷毛で表面に塗った。
魚醤は醤油に近い味がして、使い勝手がいい。
この魚醤には発酵させるのに必要な菌が住み着いている、これを使えばカルタロッサ王国でも魚醤を作れるようになる。それを目当てに買った。
赤身と中トロの寿司を二つずつ乗せてみんなに回していく。
「さあ、味わってくれ。米の良さを知ってほしい」
米の良さを知ってもらうには寿司はうってつけ。
しかし、兄たちはなかなか手を付けない。
「遠洋の魚は生で食べていいのかい?」
「おう、少し抵抗あるな」
この国では魚といえば湖の魚だった。
湖の魚には寄生虫がつきもので、火を通さないと腹を下すのが常識。
その習慣は、海で魚をとるようになっても変わっていない。
「海の魚は種類によっては生で食べられる。俺を信用してくれ」
そう説明したが、長年の習慣というの言葉では拭えないようでなかなか手が伸びない。
失敗したな、炙り寿司にしたほうが良かったかもしれない。
そんな兄たちを尻目に、女性陣とバルムートが口に運ぶ。
若い分、冒険心があるようだ。
「うわああああああ、口の中で溶けますぅぅ。感動です。ヒーロさん、おかわりです。このピンクのほうを三つ、いえ五つください!」
「赤いほうもいいわ。私はこっちのほうが味が澄んでいて美味しく感じるの。赤いほうを五つ。……いえ、やっぱりピンクのほうも美味しいし、食べたいわ。そっちは三つ」
「ヒーロお兄様、私は両方とも三つください!」
「では、私も妹君と同じだけ。いやはや、我が主は料理の腕も超一流と見える」
注文が殺到して忙しくなる。
早く握らないとな。
苦笑しつつ、次々に寿司を握っていく。
おかわりが届くなり、次々にまた寿司が消えていき、さらなるオーダーがくる。
本当に美味しそうに食べる。
そんな様子を見ていた兄たちは、ごくりと生唾を飲んだ。
うまそうに食べるヒバナたちの姿が兄を動し、ついに手をつけた。
「……うまい」
「うめえな」
兄たちは一瞬放心し、それから無言になりすごい勢いで食べる。
よっぽど気に入ったようだ。
「僕もおかわりをもらおう。赤を多めで」
「俺は断然ピンクだな。作れるだけ作れ」
そして、当然のようにお代わりを要求してくる。
「注文が多すぎてわけがわからなくなってきた。片っ端から握って大皿に盛るから好きにしてくれ」
酢飯を多めに作っておいて良かったな。
そうして、俺は無心で寿司を握り続けた。
◇
親睦会が終わる。
食後の茶を飲んで休憩する。
トマトも米も大絶賛で受け入れられたのはいいが、みんな料理に夢中でまともに会話できてないことだけが心残り。
この二つも地下で育てる予定だ。
兄たちが受け入れられるなら、民も問題なく受け止めてくれる。
……ただ、米のほうは戦争が終わってからのほうがいいかもしれない。トマトのほうは健康のため必須だが、米は小麦と芋があるため必須ではない。
すでに手を付けている小麦と芋の改良に全力を注いだほうが米よりも効率がいいだろう。
「食った、食った。さてと、腹は膨れたな。それで、バルムートよ。陸には慣れたか」
「ええ、やっと揺れてない大地の感覚を取り戻した」
二人の間に見えない火花が散る。
食事の後に二人が戦う約束をしている。
兄もバルムートもかなり食っているように見せて、戦いを想定して腹八分目にしていた。
俺の見立てでは、身体能力・魔力、持って生まれた反射神経、そして動物的な嗅覚はタクム兄さんが上。
反面、バルムートは技術と観察眼、柔軟性、洞察力、戦術思考で勝る。
順当に行けば、タクム兄さんが勝つ。
だが、バルムートなら万が一がある。
どちらが勝つか、それを考えるだけでわくわくしてきた。
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