“革命戦士”長州力(67)が26日、東京・後楽園ホールで行われる「POWER HALL2019~New Journey Begins」で引退する。
「藤波さんがいたから今のオレがいる」と語る長州は、引退試合で永遠のライバル、藤波辰爾との対戦を熱望。結果、越中詩郎、石井智宏と組んで、藤波、武藤敬司、真壁刀義と対戦することになった。引退興行は、前売り券が完売し、全国の映画館でライブ・ビューイングされることが決定。プロレスのライブ・ビューイングでは、過去最大規模の上映館に達した人気を示している。「Web報知」はこのほど、引退直前の長州を単独取材しプロレス界を代表するライバルストーリーを残した藤波辰爾への思いに限定してインタビューし連載する。第5回は「全日本プロレス時代」。
長州は、1984年9月、アニマル浜口、谷津嘉章、小林邦昭ら維新軍団のメンバーを含む総勢13人と共に新日本プロレレスを離脱。ジャパンプロレスを設立し翌85年1月からジャイアント馬場の全日本プロレスに参戦した。全日本ではジャンボ鶴田、天龍源一郎らと抗争を展開した。しかし、当時、藤波はテレビで見た革命戦士の試合を見た時にある確信を持ったことをこれまでの取材で明かしている。
「画面で見た長州が新日本にいた時とはまるで別人で何か精彩がないというか、満足していないように見えたんです。これは、恐らくボクだけが分かる感覚かもしれません。その時に確信しました。“長州はこの先、全日本では消化不良を起こす。必ず彼はまた新日本に戻ってくる”とそう思いました」
藤波の確信を長州に伝えた。
「別にそれはオレに聞いたってオレには分からない。それは藤波さんがそういう具合に見たわけだからね。これはやっぱり、それだけ反応がお互いに良かったから、彼がそういう具合に感じたかもしれない。ただ、やっているボクたちからすれば必死ですよ。やっぱり、他団体のリングに上がっているわけだから。だから、それは仮に藤波さんが全日本へ行って自分が新日本に残っているというように立場が逆転していれば、自分もそういう具合に見えたかも分からないですよ」
そして、プロレスのリングで戦うキーポイントとも言える言葉を示唆した。
「プロレスで難しいのは、自分の反応と相手の反応をどういう具合にリングの中でうまく反応し合えるのかっていう部分。それが、うまくできなければ、あってはいけないことだけど事故も起こるし。これは、相手のせいじゃないのかもしれないけど、リングに上がってのあれなんですよ」
藤波が確信した通り紆余曲折を経て長州は、87年4月に新日本へ復帰した。そこには様々な条件があっただろう。ただ、長州力が長州力として「反応」できるリングは、やはり藤波辰爾がいる新日本だった。(続く。取材・構成 福留 崇広)