いつも冷静な今泉慶太カメラマンが、珍しく興奮していた。
「昨日まで2社だけだったセンターが、今日は7社に増えたんです。こんなの巨人戦でもありません」。バックスクリーン左のカメラマン席にズラリと並んだ三脚が狙ったのは吉田輝のガッツポーズであり、奪三振のシーンである。そうはさせるかと中日打線が18歳を打ちのめした。
「根尾君は出ないの?」。ファンの声が聞こえてきた。プロ野球が興行オンリーの世界だったら、ファンが喜ぶ「夏の再戦」を用意すべきだ。しかし、勝負の世界でもある。根尾は現在2軍で修業中。実は日本ハム・栗山監督が「こないだもそのこと(根尾)で荒木君と電話で話して…」と切り出した。荒木コーチと? なぜ?
「いや、電話の用件は別にあったんですよ。でも、気になるみたいで。『元気にしてるの? 球界の宝だからね。おまえがコーチなら大丈夫か』みたいな感じでした」。その宝は打率、三振、失策数でウエスタン・リーグの最下位(最多)と苦戦中だ。それでも1軍で経験を積ませる考えもある。例えば吉田輝は2軍(3敗、防御率4・15)より先に1軍で勝ったし、広島は根尾と打率の変わらない小園を1軍に上げた。
「早く上でやることも大事だけど、それで伸びしろを止めてしまうこともある。大谷があの形、あのスピードで向こう(大リーグ)にいったのも、あれが正しかったのかどうか。死ぬまでわからないかもしれないよね」。速成か熟成か。栗山監督に言わせれば正解はない。だからこそ、指導者は永遠に悩む。
そんな2人の接点は『論語と算盤』。「根尾君が読んだ」と評判になり、書店でバカ売れし、栗山監督は長年の愛読書を大谷にも薦め、新人にも読ませてきた。渋沢栄一は私心を捨て、論語を経営に生かした。「それなら野球にも生かせるはず」と考えた。そして「人間としての成長なくして、絶対に選手としての成長もない」とも。そう。根尾は人間力の修業中でもあるのだ。