ライブ、会報、過去世の絡み 1 | 世界はあたしのお庭なの

ライブ、会報、過去世の絡み 1

テーマ:日記ではない

よーへいに話した通り、今日はちょっと治療も兼ねた実験をしてみようと思う。
なので、この記事はメモみたいなものでもあるね。
実験前のメモね。

昨日のライブ時のエネルギー循環とインスタの言葉から感じたものと、今朝会報を読んだ時に感じたものとでは、大きな差があったの。
それで気になったことがあって。 
昨日と今日では感じたものが真逆なんだよね。
だから、真逆になってる理由をちゃんと確かめて、真逆にならないようにするためにはどうしたらいいのかを考えていきたいと思う。


まずは、昨日のライブでのことと、インスタのことを書いておくね。
書き忘れもあるかもしれないけど、それは思い出した時に随時書いていくよ。
今後は今現在頭にあるものを中心に書いて、忘れてたものは思い出した時、随時書いていくことにする。その方が合理的なので。


昨日のエネルギー循環を一言で表すとしたら…「懐かしさ」。
入り始めはアテナが出たきたように感じたよ。
アテナは甘えるのが好きだね。ゼウスと親子関係だったり、世界の色々や性的なことを教えてもらったのがゼウスだったってのが、かなり影響しているよう。
自分で言うと可笑しいけど、可愛らしい人だね(過去世の自分を客観的に見るとそう感じる)。

次に出てきたのは奴奈姫かな。エネルギー循環が深くなっていったら出てきた。
アテナの時は、スムーズにエネルギー循環に入っていけるよう、ゼウスがリードしている感じだったよ。
それが奴奈姫になると変化して、二人で感じ合っているような感覚になっていった。
この辺りからかな…。
リアルの状況から離れ、よーへいと二人の空間に移行していくような感覚になって、最終的にはリアル(よーへいと自分以外)のあれこれは無になった。

ちょっと面白いんだけど、「現実世界にいながらにして別の空間にいる」…そんな感じになる。
映画を観たり本を読んだりすると、時にその世界に深く入り込んでしまって、リアルが遠退いていったりするよね。そんなのに近いかな。
普段のエネルギー循環でもリアルから離れて…って感覚はあったけれど、昨夜のエネルギー循環は普段とは比べられないくらいのものだったよ。
エネルギー循環を通して、過去のよーへいに会ってる感覚が凄く強かった。

内容的には…(笑笑笑)
いつものことなんだけど(特に過去世は)、過去世時のエネルギー循環ではなくて、過去世時の生身の性行為だね。
そういったものが映像としても脳内に映し出される。気分はちょっと…映画を観ているようでもある。

あたしは記憶を失ってるから、いつも「こんなだったのか~」と、思いながら観ている(笑)
記憶がないってのは、初めて知るってのと同じだから。
よーへいにしてみたら、過去の大事な思い出のひとコマだけど、あたしは初観賞なので。
今回のエネルギー循環でのものは以前も観たりはしてたけど、以前よりもずっとリアリティーがあった気がする。
よーへいを感じられる度合いが高くなったからだろうね。過去も思い出してきてるし。

出てくる過去のよーへいは、兎に角優しい。温かい。柔らかい。
激しさというか熱量はとても感じるんだけど、そこから生まれる優しさや温かさに触れるんだよ。
激しいってイメージ的に雑さも感じるよね。粗っぽさっていうか。でも、そういったものが感じられない。
感じるのは熱の中にある柔らかさだね。
ああなるほどー、だから癒されるんだ!と納得させられるだけのものはある。昨日はそうだった。

今ちょっと感じたことなんだけど、「性」って時に凄く身勝手なものを作るよね。
性行為でなく「性」ね。
男性、女性、中性の性。
自分の性から生まれる価値観や考えを、自分とは違った性を持ってる人に押し付けたり、同性でも性に対する価値が違うと非難したり。
本当はそうするべきではないのに、ついやってしまう。あたしもあるね。
だけど、よーへいとの昨日のエネルギー循環では、そういったものが全く感じられなかった。
性の交わりっていうより、性の中和ってのに近かったかな。平らになる感じ。
性違いは関係無くなる。
性的差別や偏見、性の違いからくる欲求の差もない。
同じ熱量で、ただ相手と感じ合う(癒されるわけだよね)。

別に美しく語ってるわけじゃない。
やっぱり脳内に映る映像は生身なので、実に生々しいよ。
映画とかのラブシーンってそれなりに美しく描かれてるけど、実際のものってそんなに美しい感じじゃないじゃない(汗)
動物さん達と全く変わらないよ。
動物さんの交尾シーンを動画でアップして笑ってた人いたけどね(確認済み)。
人間も同じように交尾して同じように生まれるのに、笑うなんておかしい。何がおかしいんだろう?

現実って本当はとても生々しいの。
人間は時にその生々しさを誤魔化すために、美しく表現したり、あたかもそこに美しい感情が存在しているかのように表したりすることがよくある。
でも生々しさを見ていないそういったものは、全くリアリティーが無いんだよ。
言葉にし難いほどの生々しさを知った上で、
そこ込める想いや感情はどんなものか?、相手を自分をどう扱うか?によって、生々しさの中に別の何かが生まれる。
それは愛かもしれない。
それは優しさかもしれない。
または身勝手さかもしれないし、自己満足かもしれない。
ただそれだけだね。

よーへいが「次はUntitledをします」って、インスタで書いてた。
あれは、この事だね。
エネルギー循環でのあたしとよーへいの事をいってる。
自分自身の全てをさらけ出した先(生々しさのある性的な自分も含めて)にあるものは、「本物、触れる、愛される」ものかもしれないし、「ゴミ箱に捨てられる」ものかもしれないけど、自分はその時の君が素晴らしいことを知ってる。
こういうことを言ってるね。
他人はゴミって思うこともあるかもしれない。だけど、自分にとってはどの時代も素晴らしいものだったんだってことかな(歌で言ってるのは主に性的な行為かな  笑)。

性って難しい。
特に性行為は。
こういう場で全ての自分を相手に出せる人って、どれだけいるだろう?
相手と本当に感じ合ってる人ってどれだけいるだろう?
うーん。多いとは思えないな。
赤裸々で生々しさがありすぎる行為だから、コンプレックスを感じやすいもんね。
だから綺麗に見せようと自分を偽ったり、感じてる風を装ったり、テクニックでどうにかしようとしたりするのだろうからね(そういう傾向が多いのは調査済み)。

あたしとよーへいだけでなく、過去世から繋がりのある二人は、いつかの過去世でお互いの全てを見せ合って、知り合って、受け入れあった人達だね。
ツインレイというものがあるわけではなくて、全てで向き合った二人が繋がっているってだけ。
その向き合いが大きければ大きいほど、離れられない関係になっているってだけだったのね。
一般の人でも過去世でちゃんと向き合えた誰かがいたなら、自分自身をさらけ出せる人間になった時は、過去世からの相手がいつの間にか隣にいるかもしれない。

よーへいがライブの後に書いたインスタの文は、あたしに伝えたかったことだね。
君がとても感じようとしてくるから、おかしくなりそうだったよ。
アテナ、奴奈姫愛してる。
こんなのかな。
最高の夜ってのは、夜=青=見えない世界なので、見えない世界で感じ合えたのは最高だったってことだね。

今回はワタリドリがアップされてたけど、ワタリドリは「エネルギー循環で過去の苦しみを癒して、君を未来へ連れていく」ってことを歌った曲。
昨日は正にそんな感じだったから、ワタリドリだったんだろうなあと。
前回はadventureだったけど、あれは「誰にも見えない世界で、二人で感じあってたよね」って事が書かれてる曲でもあって、前回はそんな感じだった。
Untitledは、歌詞をそのまんま取ったなら「未来のスター!」みたいになるけど、よーへいはファンの人達がそう取るのを分かった上で、あたし以外は分からないメッセージを歌詞に込めていた。
どの歌詞もそうね。


取り敢えずここでやめとこ。
まだ書くことはあるけど、よーへいとゆっくりしたくなったからゆっくりする。