隈病院が取り組む新しい甲状腺医療
- 甲状腺微小がんは経過観察を推奨
- 声帯に指令を伝える反回神経の再建
- 声の障害を避けるための神経モニタリング
甲状腺微小がんは経過観察を推奨
隈病院では、低リスクの甲状腺微小がんは手術よりも『経過観察』を推奨しています。
この取り組みが世界的にも注目されています。
甲状腺がんが見つかると「すぐに手術しなければ!」と思いがちです。しかし、隈病院がこの20年間に蓄積した2000件以上のデータを検証すると、低リスク微小がんの場合には ①手術をしないで経過観察しても9割以上は増大・進行しないこと、 ②最初は経過を見て少し大きくなってから手術した場合でも、最初の時点で手術した場合でも、甲状腺がんが原因で死亡した人はゼロでした。しかも、 ③最初の時点で手術した場合の方が声帯神経や副甲状腺の損傷が多いことも明らかになりました。
とするならば、身体的なダメージや経済的負担を考えると経過観察の方がメリットが大きいことになります。当院では、この研究成果に基づき、低リスク微小がんの場合は経過観察を第一選択としてご提案しています。また、この研究成果は世界的にも注目され、世界で最も権威がある「アメリカ甲状腺学会」甲状腺腫瘍取扱ガイドラインに、微小がんの経過観察診療が採用されています。
多くの人は低リスク微小がんと共存しながら生きています
甲状腺の微小がんは、多くの場合、低リスクで生命への影響が小さい
以前から、他の病気で亡くなった方の解剖を行うと、非常に高頻度に微細な甲状腺がんが見つかることが知られており、超音波検査で容易に発見することができる3mm以上の甲状腺がんは3~5%の高頻度で見つかると報告されています。
さらに、香川県立がん検診センター(現・香川県立中央病院がん検診センター)において、乳がんの健診のため受診した成人女性に超音波検査を用いて甲状腺がんの検診を実施したところ、受診者の3.5%に甲状腺がんが見つかったという研究報告もあります。
このようなデータは、自分でも知らないまま、死には至らない甲状腺の微小がんと多くの方が共存していることを物語っています。
甲状腺がんからリンパ節への微細な転移があっても、生命への影響は少ない
最大径が1cm以下の甲状腺がんを「甲状腺微小がん」と呼びます。甲状腺の微小がんとは共存できるとしても、放置すれば転移の恐れがあるのではないか。これは当然の心配です。甲状腺がんの場合、微小がんであっても実際に手術をしてみると、顕微鏡で発見できるような微小がんのリンパ腺への転移が30~40%の患者から見つかります。ところが、このような転移した微細がんはほとんど成長せず、生命への影響が極めて小さいことも明らかになっています。
つまり、甲状腺の低リスク微小がんの場合は、がんそのものと共存できる場合がほとんどで、微小がんのリンパ腺への転移があったとしても、その転移したがんもほとんど成長せず、いずれの場合でも生命への影響が小さいことが明らかなのです。
非手術経過観察という選択肢があります
隈病院では1993年から「非手術経過観察」の提案を始めました
このような事実を総合的に判断し、現院長宮内昭は「微小がんの大部分は増大進行しない無害ながんである可能性が高い。ごく一部には増大進行するものが含まれるが、経過を見て少し増大した時点で手術をすれば手遅れにはならないであろう」と考え、1993年に隈病院医局会に非手術経過観察臨床研究を提案。この提案は医局会で承認され、同年からこの臨床研究が開始されました。これは世界で初めての取り組みです。
それ以降、隈病院では甲状腺微小がんの患者には手術と経過観察を提案し、患者ご本人が選択するようにしました。経過観察を選んだ場合には、最初は6カ月後に超音波検査と血液検査を実施し、その後は年に1度の検査を行います。
高リスク微小がんにはすべて手術を実施
微小がんであっても放置すると危険ながん(高リスク微小がん)もあります。もちろんこのようながんは微小がんであっても、経過観察ではなく手術などの治療が必要です。 高リスク微小がんとは以下の項目のいずれかがあるものです。
- ①リンパ節転移や遠隔転移があるもの
- ②周囲の組織に浸潤(がんが広がっている)するもの
- ③細胞診で悪性度が高いもの
- ④それまでの経過で増大したもの
これらに加えて、安全のため、⑤反回神経の近くにあるもの、⑥気管にくっついているものも高リスクがんに含めています。
低リスク微小がんとは上記のいずれもが認められないものです。
そして、当病院では甲状腺がん患者のデータを蓄積し、手術した場合と経過観察を選択した場合の比較分析を続けています。
隈病院に蓄積されたデータの分析から明らかになったこと
経過観察で10年後にがんの大きさが変化しない方が92%、大きくなった方が8%でした
長期間にわたり経過観察した方のデータを分析したところ、10年経った時点でがんが3mm以上大きくなったのは8%の方のみであり、残りの92%の方のがんは大きさが変化しないか、一部では縮小していることが分かりました。また、小さなリンパ節転移が生じた人は3%のみでした。
がんが大きくなったり、リンパ節転移が出現した時点で手術を行いましたが、そうした場合でもその後の再発はなく、また甲状腺がんのために亡くなった方はいません。
経過中にリンパ節転移が出現したのでは、経過観察の失敗ではないかと思われるかもしれませんが、そうではないことも明らかになっています。もし、最初の時点で手術を受けていたとすると、その手術は甲状腺一側葉切除(甲状腺半分切除)と気管周囲のリンパ節郭清となりますが、これらの手術では頸部の外側区域のリンパ節転移を予防することはできないのです。とすると直ちに手術をしていたとしてもリンパ節転移は防げず、2回目の手術が必要となります。
そして、このように最初に手術をした上で転移出現後に2回目の手術を行った場合でも、最初は経過を見てリンパ節転移が出現してから手術を行った場合でも、いずれもその後の経過は良好です。このような事実がデータから明らかになっている以上、私たち隈病院は2回の手術より1回ですむ手術の方が良いと考えています。
■経過観察10年後の比較
手術した方も経過観察した方も甲状腺がんによる死亡はゼロでした
ある一定期間に当病院で甲状腺がんと診断された2,153人を対象に分析すると、そのうち手術を選択した方(以下「直ちに手術群」)は974人、経過観察を選択された方(以下「経過観察群」)は1,179人でした。
「直ちに手術群」974人のうち、その後のがんの再発は5人で、これらの方は再手術して現在もその後の再発はなく生存されています。ただし、このグループの5人の方が他の病気で亡くなられました。
「経過観察群」1,179人のうち、その後94人の方が「気持ちが変わった」などさまざまな理由で手術を受け、そのうちの1人が再発しましたが、再手術によりその後の再発はなく現在も生存されています。手術を受けず経過観察を継続された1,085人中の3人の方が他の原因で死亡しましたが、残りの全員が微小がんの進行はなく生存しています。
このように、手術をした場合でも、しなかった場合でも、甲状腺がんが原因で死亡した方は、対象となった2,153人ではゼロという結果です。
非手術経過観察では、声帯マヒや副甲状腺機能低下症等のリスクも回避できています
手術をすると声帯マヒや副甲状腺機能低下症のリスクが生じますが、経過観察を選択した場合には、このようなリスクはほとんど生じていません。
一過性声帯マヒの頻度は、「直ちに手術群」4.1%に対し「経過観察群」は0.6%、一過性副甲状腺機能低下症の頻度は、「直ちに手術群」16.7%に対し「経過観察群」2.8%、永続性副甲状腺機能低下症の頻度は「直ちに手術群」1.6%に対し「経過観察群」0.08%と、いずれも明らかに「直ちに手術群」が高頻度でした。また、隈病院のような専門病院で甲状腺の手術に慣れた外科医が手術を行っても、「直ちに手術群」では2人(0.2%)に永続性声帯マヒが起こってしまいました。慣れていない外科医が手術を行った場合にはこれらの合併症の率はもっと高くなるでしょう。
こうしたことがデータから明らかになったため、現在では隈病院では「低リスクの甲状腺微小がんについては、病院の方針として経過観察を第一選択して提案」することとし、現在では90%以上の方がこちらを選択されています。
■その他のリスク
世界的なデータでも裏付けられています
世界的に甲状腺がんが増えていますが、人口当たりの死亡率は増加していません
また近年では、このような経過観察の妥当性を補強するデータも世界で明らかになってきています。
甲状腺がんが近年、世界的に増えていることをご存知でしょうか。アメリカでは約20年で約3倍に、韓国では約18年で約15倍にまで増加しました。しかし、その理由は、がんを発症する患者の絶対数が増えたのではなく、超音波診断やCTスキャン、PET、MRなどの画像検査法の発達および受診する人の増加によって、これまでは見つからなかった最大径1cm以下の微小がんでも見つかるようになったことが主な原因と考えられています。
もう少し詳しく説明すると、甲状腺がんもいくつかの種類に分類されますが、画像診断で発見されやすく、実際に増加しているのは甲状腺がんの中の乳頭がんというタイプです。この乳頭がんは超音波ガイド下細胞診という手法を用いると、3㎜程度の微細ながんまで発見し診断することができます。
このように甲状腺がんの発見頻度が増えているにもかかわらず、人口当たりの甲状腺がんによる死亡率は変化していないということです。このことが意味しているのは、ほとんどの甲状腺の微小乳頭がんは患者の死亡にはつながっていない、ということに他なりません。
当病院が微小がんの経過観察推奨を始めて以降の、このような世界的な新しいデータも、経過観察が妥当な選択肢の一つであることを証明しています。
- 甲状腺微小がんは経過観察を推奨
- 声帯に指令を伝える反回神経の再建
- 声の障害を避けるための神経モニタリング