皆さんこんにちは。
昨日、Twitterで「ブログを始めました」とつぶやいたところ、フォロワーさんがいきなり100人も増えて

、ビックリ
している
垣外中です。
ブログを見てくださった皆さん、ありがとうございました。
自転車部がある高校を探し、中京高等学校(現、中京大学付属中京高校)に入学。
そして、
自転車部に所属しました。同級生は4人しかいない、小さな部でした。
10月19(金)が、
和歌山競輪の前検日です。競馬のジョッキーが入る「調整ルーム」の競輪版だとイメージしていただけたらと思います。
競走を終えて競輪場から退出するまでの間は、ブログの更新ができません。
そんなサイクルで、ブログ
を更新していく予定です。
これからもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。
昨日、Twitterで「ブログを始めました」とつぶやいたところ、フォロワーさんがいきなり100人も増えて
ブログを見てくださった皆さん、ありがとうございました。
今日は私が競輪選手になったきっかけと、選手になるまでの簡単な経歴を書いてみたいと思います。
私が選手になったのは、競輪ファンだった父の影響です。
私が産まれたとき、すでに「将来は
競輪選手にならす」と言っていたそうです。
実際、私が物心ついたときには、毎週日曜日は父と
競輪場にいました。
私が産まれたとき、すでに「将来は
実際、私が物心ついたときには、毎週日曜日は父と
そんな英才教育のおかけで、私も自然と「将来は
競輪選手になる」と決意する小学生になっていました。
中学校に入ってからは、体力を付けるために、
サッカー部に入部しました。
そして、
高校2年生の時に、当時、現役の
競輪選手だった塚崎眞吾さんに弟子入りしました。
3年生になってからは師匠の家に下宿させていただき、学校へ行く前に朝の4時から練習に励みました。
師匠のご指導と練習の成果で、2度目の試験で競輪学校に入学することができました。
68期生です。
競輪学校に合格した時、父は自分の事のように喜んでくれました。
そんな父も、現在は病に倒れ、入院生活を送っています。
病床から応援してくれている父のためにも、まずは10月20日(土)からの
和歌山競輪を頑張ってきます。
10月19(金)が、
そんなサイクルで、ブログ
これからもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。
コメント