鉱山操業における環境対策の過去・現状と課題
はじめに
鉱山開発は地球環境破壊の最たるものであった。規模が小さいうちは地球の自然の回復力に隠れていたが、蒸気機関の発明以降の近代化と大量消費時代の到来とともに鉱害も大規模化し環境への負荷が増大して来た。使用される金属の種類も時代とともに多様化し鉱害も複雑化している。最近注目されているレア・アース(RE)やレア・メタル(RM)の分離濃縮過程で鉱床に含まれるウラン(U)やトリウム(Th)といった放射性物質による放射能汚染が問題視されている。
1. 鉱山操業における環境影響
金属元素を含む鉱物が濃集した鉱石の集合体を鉱床と呼び経済価値をもつ資源となる。したがって、資源は時代とともに変化する。近年ではRMやREの重要性が増している。
1-1. 採鉱と鉱害
採鉱は、露天掘りと坑内掘りに大別される。いずれも開発段階から環境に影響を及ぼす。特に露天掘りは表層剥ぎ取りによる景観と植生への影響、森林地帯であればCO2吸収能力減への影響、重機の活動による排気ガスと粉塵による大気への影響、降雨等による酸性排水(Acid Mine Drainage:AMD)の発生などの影響を及ぼす。局所的には、騒音・振動の影響もある。坑内掘りの場合は、地盤沈下とAMDの影響がある。
1-2. 選鉱と鉱害
選鉱は、硫化鉱物(方鉛鉱[PbS]、閃亜鉛鉱[ZnS]、黄銅鉱[CuFeS2]など)を、各種薬剤を使って有価鉱物を選別濃縮し精鉱として回収する浮遊選鉱法と、酸化鉱(赤銅鉱[Cu2O] など)や炭酸塩鉱(クジャク石[Cu2(CO3)(OH2)]など)を硫酸酸性溶液で溶解しSX/EW(Solvent Extraction / Electro-Winning:溶媒抽出/電解採取)法などで抽出し金属として回収するリーチング法とがある。いずれも不要鉱物は選鉱尾鉱として廃滓堆積場へ投入貯鉱する。
浮遊選鉱では、スラリーのpH調整などの無機薬剤、泡を作るための油性の気泡剤や鉱物表面を疎水化して気泡へ捕集するためのザンセート(キサントゲン酸のアルキル誘導体)など
S = C - OR
\SM M: Na、K 等
の有機薬剤を駆使して有価鉱物を選択濃集した精鉱と不要となった無価鉱物の集合体である尾鉱(廃滓)とに分別する。
使用する薬剤の大半は精鉱とともに回収され一部は尾鉱処理を経て廃滓堆積場へ送られる。
廃滓堆積場の溢流水が漏洩したり地下浸透することにより環境へ影響を及ぼす。
廃滓堆積場も降雨などの浸透水がAMDとして湧出する原因となる。
リーチングは、採掘した鉱石(銅品位0.5~数%)を野積みにして溶解液(酸化銅鉱石の場合は硫酸溶液、金鉱石の場合はシアン化ソーダ溶液)を散布して溶解抽出するヒープリーチングが主流であるが、鉱床へボーリン
グ孔を通して直接溶解液を圧入するインサイチュ(Insitu)リーチングが実用試験段階にある。
Cu2O + H2SO4 → CuSO4 + H2O
リーチングでイオン化した有価金属はSE/EW法で濃縮精製する。
銅溶出後9割以上の残渣(廃滓)はヒープとしてそのまま残る。もちろん、ヒープ構築前にメンブレンなどの不透液性の丈夫な膜を敷いて漏液防止策を講じるが、酸性溶液の漏洩・地下浸透はAMDの発生につながる。
一方、金鉱石は青化ソーダ(NaCN)溶液で溶解してシアン化金イオンとしている。
4Au + 8NaCN + 2H2O + O2 → 4Na[Au(CN)2] + 4NaOH
シアン金ソーダは、昔は亜鉛末置換で回収していたが現在は活性炭吸着(CIP:Carbon-in-Pulp)法等で回収するのが世界の主流である。
シアンリーチングでg/t(ppm)オーダーの金を抽出した後のヒープはほゞ原鉱と同量の排滓が残る。銅リーチングの場合と同様、リーチング前に、漏液防止のためにヒープの下や周囲に不透液性の膜を敷く。猛毒のシアン溶液の漏洩は水質汚濁の要因となる。
1-3. 製錬と鉱害
製錬は、選鉱産物である精鉱を溶鉱炉で溶解して金属を取り出す乾式製錬と取り出した金属を硫酸酸性溶液に溶解しイオン化した金属を電気分解で精製する湿式精錬に大別できる。
乾式製錬の過程で亜硫酸ガスが発生し大気公害の原因となってきた。
乾式製錬で精鉱は金属となる。
下記に亜鉛(閃亜鉛鉱)の乾式製錬の原理例を示すが、鉛(方鉛鉱)、銅(黄銅鉱)の場合も同様である。
ZnS + O2 → Zn + SO2↑
乾式製錬産物の金属にはまだ不純物が微量に存在し市場の要求には達していないため電解精製(湿式製錬)して高純度化する。
2. 鉱山公害(鉱害)の歴史と環境対策
2-1.日本における鉱山公害(鉱害)の歴史と環境対策
国内における鉱害の例をいくつか示す。
●足尾銅山鉱毒事件(Cuイオン水質汚濁、1878年頃渡良瀬川に異変発生・鉱害顕在化~1973年閉山、1980年代まで鉱害継続)
●別子銅山銅製錬排ガス(大気質汚染、1893年~1904年4製錬所を無人島へ移設、1939年廃ガス設備設置)
●日立鉱山製錬所煙害(大気質汚染、1907年~1908年和解)
●土呂久砒素公害(大気質汚染、1920年~1962年亜ヒ酸粉じん・亜硫酸ガスによる大気汚染、1990年和解)
●松尾鉱山(水質汚濁、1934年~1958年赤川S、Asイオン、1983判決)
●イタイイタイ病(水質汚濁、1940年代~1970年判決・公害病認定、2012年2月に圃場土壌入れ替え終了)
2-2.世界の鉱山公害
●酸性湧水(AMD)による水質汚濁
AMDによる水質汚濁は、中国(銅鉱山)、チリ(銅、鉛・亜鉛鉱山)、ボリビア(鉛・亜鉛鉱山)など世界中のベースメタル鉱山(主として休廃止鉱山)で発生しており、鉱業権者不在の休廃止鉱山対策は処理対策費用の捻出で各国政府を悩ましている。
日本と違って、ひとつの河川に複数企業の鉱山が点在し、しかもその河川が複数国にまたがって流下する国際河川汚染となっている例が多い。たとえば、ボリビア南部のポトシ鉱山廃水が流入するリマック川àパラグアイ川/パラグアイàラ・プラタ川/アルゼンチン・ウルグアイをへて大西洋へ流入し、国際河川汚染となり、水質汚濁対策のための三国委員会が例年最上流の鉱山地帯であるポトシ市/ボリビアで開催されている。
●水銀汚染
大規模金鉱山では、金はシアンリーチング法で回収し、シアン溶液は繰り返し使用しながら部分的に浄化無害化して排出する。しかし、零細業者は、取り扱いが難しいシアン溶液の代わりに水銀を使う。
パンニング(Panning:椀掛け)で濃縮した金鉱石に水銀を放り込んで金・水銀アマルガムとして金を取り出す。
アマルガム金を濾布で絞りこれを火であぶり水銀を揮散させて高濃度金塊とする。空中に揮散した水銀蒸気は、呼吸を通して直接人体に入ったり(無機水銀)、魚介類を通してメチル水銀化して食物連鎖で人体へ悪影響を及ぼす。
なお、海外における採金活動の多くはアマルガム法が多様され、鉱業というにはあまりにも零細な家族単位の活動で、しかも、その大半が不法活動であるために正確な情報が入手しにくいが、水銀汚染の影響は深刻である。ブラジルアマゾン流域で1975年に始まったゴールドラッシュが1988年にピークとなり、家族単位の採金活動がコロンビア、ペルー、ベネズエラ、ボリビア、ガイアナ、エクアドルなどへ伝播し現在でも行われている。
アフリカでは1980年にゴールドラッシュ始まり以来、ガーナ、タンザニア、ジンバブエ、モザンビークなど多くの国で今日に至るまで数十万~数百万人単位で水銀アマルガム法による金回収が行われている。
アジア諸国も例外ではなく、1980年のゴールドラッシュ以来金産出大国インドネシアでは現在でも年間12トンの水銀が環境中へ放出されていると推測され、フィリッピンでは年間26トンの水銀が廃棄されたと推定されている。 さらに、世界第3位の金産出国である中国でも、使用総水銀量の25%がアマルガム法で環境放出されている。
各国ともに、法・基準の整備を進めているが、違法操業が多いために管理が行き届かず対策が進んでいない
●その他の例
ルーマニアでは、2004年に北西部にあるバイア・マレ金鉱山で集中豪雨により堆積場が崩壊し、シアンを含む大量の廃滓を含む汚濁水が近傍の河川を経由してドナウ川へ流入して、隣国セルビアおよびブルガリアとの国境沿いを流下し黒海にまで達する国際河川汚染を引き起こしEUが総力を挙げて対策を支援した。
3. 鉱山公害に対する環境対策
3-1.AMD対策
重金属を含む酸性水対策は中和沈殿処理が最も一般的である。中和反応の急速化技術、沈殿物の濾過・脱水技術、AMD湧出量削減技術、自動化技術が進んでいるが半永久に続けなければならない深刻なものである。
3-2.水銀対策
スラリー中の水銀は酸化還元電位を制御しながらNaHSなどの硫化剤を添加してHgSとして回収するなどの化学的な方法があるが、水銀使用の法規制と大型CIPプラント等による適正料金による委託加工を行う飴と鞭の併用などを検討する必要がある。
3-3.亜硫酸ガス対策
SO2は、昔はそのまま大気放出されていたが、環境問題が議論されるようになって、石灰などで中和し石膏生産に利用されたり、その後の技術の進歩に伴い、硫酸溶液として回収され、
SO2 + CaCO3 + 1/2O2 → CaSO4↓ + CO2↑
SO2 + 1/2O2 (要触媒) + H2O → H2SO4
硫安肥料などに活用されるようになってきた。
3-4.その他の公害対策
露天掘り鉱山の場合は、開発時に、終堀閉山後に原状復帰するための費用を確保する法規制をかけている国が多い。今後は坑内掘りを優先させる検討が進むと思われる。
最近のIT産業、PHVやEVで注目されている高磁力用のネオジウム(Nd)やディスプロシウム(Dy)などを含有するRE鉱(代表的な鉱物としてバストネサイト[(Ce, La,Nd)CO3F,U,Th])やモナザイト((Ce, La, Nd)PO4,Th)の回収濃縮過程で、組成の中に含まれるウランやトリウムが分離除去され放射性廃棄物となり放射能汚染を引き起こす。現在は、分離除去されたウランやトリウムは生産国において隔離貯蔵されているのが唯一の対策である。
4. 鉱山操業における環境対策の課題
4-1.都市鉱山:資源の枯渇とリサイクルの重要性
リサイクル可能な金属は限られている上に、金、銀のように用途によってリサイクル率にばらつきがある。携帯電話にはわずか150~200g程度の本体に約0.02gの金が使用されており、1トン当たり約130g/tの含有率となる。これは金鉱山の開発限界品位1g/tをはるかに超え、まさしく都市鉱山と言われる所以である。
省資源と鉱害防止のためにもリサイクルがいかに大切か改めて認識する必要がある。
4-2.海底資源開発と海洋汚染
今後の鉱山開発は、金属資源の需要動向によるが、現在注目を浴びているRE、RM資源開発はもとより、リサイクルが難しくしかも現時点ではあまり枯渇が議論されていない亜鉛などが焦点となると思われる。海底熱水鉱床などの海洋資源に注力されるであろう。
今後の鉱山開発の課題を列挙すると以下の如くなる。
●資源は消耗品à100%リサイクルは不可àいずれなくなるà枯渇金属代替案
●まず枯渇するのは亜鉛
●海底熱水鉱床開発に伴う海洋汚染
●AMD対策は永久(陸地の資源開発のネック)
●RE、RM鉱山開発と放射能汚染対策
●REは代替品開発が進む見込み(需要と供給)
●開発および鉱害防止のための中堅技術者の不足
各国が連携した地球規模の3R推進が必要であろう。
(大木 久光)
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