もう一人の吉見がコントローラーを握り、松井雅のサインに首を振らせた。
「あそこはゲームをやっているような感覚だったんです。自分を操っていたというか。清宮はグワーンというのじゃなく(膝元を指して)コンと手首を利かすイメージ。こっちの接点はないんじゃないかと考えて、首を振ったんです」
人生を懸けて上がったというマウンドの勝負どころだった。2点をもらった直後の4回2死一、二塁。三振が安打数を上回る清宮だが、当たれば飛ぶ。接点がないと見切った「こっち」とは外角を指す。フルカウントから選んだのはバックドアのスライダーだった。ボールゾーンからストライクに切れこむ129キロで、空振りを奪った。
自分を支配下に置く。スポーツで最も難易度の高い領域だ。吉見がそこに足を踏み入れたきっかけは、ヨガとの出会いだった。腰痛で苦しんでいた吉見は、自分でネット検索し、街のヨガ教室に入会した。腰痛改善の副産物として覚えたのが呼吸法だった。
「呼吸って自分がしているとわかっているときは、冷静なんです。逆に忘れているときは心が波打っているんです。腹で呼吸する。祖父江がマウンドでフーフーしているのがわかるでしょ? あれでいいんです。4回もそれができていました。むしろゲームを…」
大切な試合、重要な局面。普通でないときに普通を保つ。それが自分を支配下に置くということでもある。全ての球に意図を込める。高低、緩急、強弱。そのためには心を波打たせない呼吸法が欠かせない。
コリジョンでもめた。押しに押しているのに僅差の展開が続いていた。何度か見た中日の負けパターン。
しかし、吉見は流れを渡さなかった。98球。球数の割に「疲れた」と息を吐いたのは、やはり人生を懸けていたからだろう。