職場でのヒールやパンプスの義務づけに異議を唱える「#KuToo」。ネット上で署名を立ち上げたグラビア女優・ライターの石川優実さん(32)に対し、ネットを中心に事実の歪曲や激しい人格攻撃が行われている。
中には職場を突き止めようとする人もおり、石川さんは#KuTooを始めるきっかけになった葬儀社での仕事を辞める事態にまで追い込まれた。
最近急増しているのが、石川さんがグラビアやヌードの仕事をしていることを理由にした誹謗中傷、いわゆる“スラット・シェイミング”だ。この言葉、聞いたことありますか?
#KuTooについて誤解していませんか?
石川さんは職場で女性にのみヒールやパンプスを強制することは「性差別」に該当するとし、法規制するよう厚生労働省に求めてきた。
#KuTooは「靴」と「苦痛」や「#MeToo」をかけ合わせた造語だ。Twitterには多くの共感の声が集まる一方、「ヒールやパンプスを強制する職場は本当にあるのか」「もしあったとしてもマナーであり性差別ではない」という意見も寄せられている。
企業の規定については複数のメディアがその実態を報道。Business Insider Japanのアンケート調査には411人の回答が集まっており(2018年6月19日時点)、6割を超える284人が「職場や就活で強制された」または「強制されているのを見たことがある」と回答している。
またヒールやパンプスを女性にのみ義務づけるなど、性別によって異なる服装のルールを設けることは性差別やハラスメントに該当し得ると複数の識者が指摘しており、署名と合わせて提出した厚労省への要望書では、男女雇用機会均等法に基づき企業を指導するよう求めている。
Twitterでは「ヒールを履く権利を奪うな」という投稿も目立ったが、#KuTooを通して石川さんが求めているのは、男性が履いているような革靴やフラットシューズなどの選択肢を女性も獲得することであり、ヒールを履きたい人を非難するものではない。
職場を特定する動きに追いつめられた
他にも「厚労省に要望書を出すより会社に相談すべき」「嫌なら会社を辞めろ、起業しろ」「健康被害が出るのは安い靴だから」「自分に合う靴を見つけられない本人が悪い」という意見が多かった。
「労働者の弱い立場を分かっていない人が多いと感じます。声を上げられない個人に代わって政府から企業に働きかけて欲しくて活動をしています。嫌なら辞めろというのは、靴で女性の職業選択の幅が狭められても仕方ないということですよね。それこそ性差別じゃないでしょうか」(石川さん)
当初はTwitter上での批判は活動に対してのものだった。石川さんへの個人攻撃が激化したのは、活動が広く報じられるようになってからだ。
石川さんが活動を始めたのは、葬儀場で働いた経験からだ。登録していた派遣会社からは靴について「黒の革靴(パンプス)を使用します。ヒールの高さは5センチ〜7センチ程度を目安に」と書かれた小冊子が配布されていた。
葬儀の仕事は立ちっぱなしの動きっぱなし。石川さんも初めは決まりに従っていたが、足の痛みがつらく、自身の判断で2センチのヒールの低いパンプスを履くように。一方で、他の女性スタッフは通勤時はスニーカーに履き替えるなどの工夫をしながら、皆その決まりに従っていたという。
しかし、同業者から「葬儀では高すぎるヒールは控えるのが常識」だとし、石川さんの主張を疑い、職場を特定しようとする人が出てきた。
6月13日、石川さんは派遣会社に当分は勤務しない旨を伝えたという。このまま辞めるつもりだ。
「『葬儀業界のイメージを悪くした』という人もいて、会社に迷惑をかけるかもしれないと思い決断しました。仕事はすごく好きだったのに……残念で悔しいです。
私が2センチヒールを履いていたことを理由に『強制されてない』『嘘つき』という批判もありましたが、私と違って抵抗できない人のために問題提起しているんです。そもそもヒールの高さではなく、ヒールやパンプスの義務づけがあること自体を問題視しています。
派遣会社はセクハラなどスタッフの働く環境には細かく配慮してくれていました。そんな会社ですら靴の指定には疑問を抱かない。これは社会の問題なんです」(石川さん)
前出の小冊子は5月に回収され、ヒール・パンプスの指定はともに削除されている。
モノが意思を持つことへの反発?
さらに石川さんが6月に厚労省で会見を開いて以降は、石川さんが過去にグラビアやヌード撮影をしていたことを理由にした誹謗中傷が急増している。
「思ってた以上に脱いでてわろたw いや、あんた女売り物にしててそれが出来なくなったら女性差別とか騒ぐんかい」
「おっぱい丸出しで仕事しながらパンプスを指して性差別ってのが意味分かんない」
「散々裸写真など性で稼いでおいて、稼げなくなったら性差別を叫ぶ」
こうしたツイートには当時の写真が添えられていることも多い。
石川さんは高校生のときに地元名古屋でスカウトされ、約10年間グラビアの仕事をしていた。R-15指定のイメージDVDなどに30本以上出演し、映画のセックスシーン、写真集でのフルヌードも披露している。
2017年にはグラビア撮影の過程で意に反した露出をさせられたことなどを#MeTooで告白した。
今回の#KuTooへの一部Twitterの反応は、#MeTooのときと重なるものがあるという。
「グラビアやヌードの仕事をしている女性には人権がないと思っているんでしょうね。
私が好きでしたセックスや望んで撮影した裸、好きで履いているパンプスと、レイプや無理やりの撮影、職場で強制されて履くパンプスの違いが分からない、いや分かろうとしない人がたくさんいるんだなと。だから自己責任論や被害者バッシングが起きる。
裸も靴もただの“モノ”として見ていて、そこに人の意思があることすら想像していない。
私への中傷は『これまでモノだと思っていたのに、急に意思を持つなんて許せない』ということだと思います」(石川さん)
#フェミニストが脱いで何が悪い
石川さんは#KuTooを取材した海外メディアの担当者から、「これはどう見ても『スラット・シェイミング』ですね」と言われたという。
スラットは「尻軽女」などと訳されることが多く、スラット・シェイミングとは、いわゆる“性的に奔放な”女性を非難することだ。石川さんのようなグラビアやヌードの仕事をする女性やセックスワーカーへの蔑視、性被害にあった女性を露出度の高い服装だったからだと批判することなどを言う。
俳優・モデルの水原希子さんも、広告の撮影で意思に反した環境での仕事を強いられたと2018年に告白。あるメディアは、水原さんが露出の多い写真を自らSNSに投稿していることを理由に「説得力がない」と報じ、大きな批判を集めたことがあった。これもスラット・シェイミングだろう。石川さんのもとには性別関係なく、グラビアやヌードの仕事をしていることを批判する声が届いているそうだ。
「『目を覚まして』と言いたくなる気持ちも分かります。貧困などの経済状況からやむを得ず脱ぐことを選択している人がいるのは社会問題ですし、そもそも始まりは女性への差別だったのかもしれない。搾取されることも多い仕事ですから。
でも一方で、私は私の裸を表現することが好きです。好きな方法で撮影して好きな媒体で掲載する喜びも、人として尊重してくれるスタッフやファンの存在も知っています。それも分かって欲しいなと思うんです」(石川さん)
怒ることで私を大切にしてあげたい
今後もグラビアや女優の仕事は続けていくつもりだ。#MeTooで過去の被害を告白して以降、嫌な仕事は断っている。
石川さんはTwitterでの中傷に対して一貫して反撃し続けてきた。今後もその姿勢を崩すつもりはない。
今回「スラット・シェイミング」という言葉を手に入れたことで、さらに自身を大切にできる気がするという。
「『バッシング』というとなんかまっとうな批判って感じがするじゃないですか。でも今回の批判の背景には、女性や職業に対しての差別があると分かったことで、より事態を正確に把握できるようになったし、ラクになった気がします。『スラット・シェイミング』という言葉、もっと広まって欲しいなぁ。2chやアマゾンのレビューなんてこればっかりだから、規制も必要だと思います。
クソリプに反応し過ぎと思われてるかもしれませんが、グラビア時代は苦しくてもずっと黙ってきました。それで解決したことなんて何一つ無かった。ちゃんと怒ってあげることが自分を大切にする方法の1つだと、今は考えています」(石川さん)
(文・竹下郁子)
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