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【書評】

つみびと 山田詠美著

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◆家族という絆の脆さ描く

[評]池上冬樹(文芸評論家)

 山田詠美が煽情的(せんじょうてき)な事件を題材にするとは思わなかった。でも読んでいけば、濃密な細部はまさに山田詠美だ。

 冷房もきかないマンションの一室で、四歳の長男桃太(ももた)と三歳弱の長女萌音(もね)が、飢えと渇きにより死亡する。母親の風俗嬢・笹谷蓮音(ささやはすね)は部屋に置き去りにして何日も遊びほうけていた。その報道に衝撃を受けたのが蓮音の母親琴音(ことね)、彼女も夫と離婚してから、娘を捨てた形だったからだ…。

 二〇一〇年に起きた実際の事件に着想をえているが、モデル趣味など皆無の厚みがある。一章ごとに「母・琴音」(一人称)、蓮音の子供たちの「小さき者たち」(ですます調)、「娘・蓮音」(三人称)の三視点で語られていく。琴音は母親(桃太の曾祖母)や継父の話まで語るから、四世代にわたる家族の歴史があり、しかも文体が異なるから広角度が増して立体的だ。

 ここには家族という絆の脆(もろ)さと絶望が余すところなく描かれてある。家庭内における言葉と肉体による多種の暴力、それが幼い子供たちにとっては犯罪と知覚できないうちに、しらずしらずに肉体と精神を浸食していく過程をつぶさに捉えている。あまりの容赦のなさに頁(ページ)を繰る手がとまるけれど、それでも読まずにはいられない。大人の犠牲者ともいうべき「小さき者たち」の視点には、親を思う子の心情が切々と描かれてあり(悲惨で残酷極まるのに、何と美しい場面の数々だろう!)、何度も胸をうたれた。

 「つみびと」の英訳は「SINNERS」。信仰上・道徳上の罪を犯す人々のことである。一体罪人は誰で、どのような罪を犯したのか、それによって人はどのように歪(ゆが)み、道を外れていくのかを数多くの挿話を積み上げて追及していく。ヒューマニズムという言葉が●(うそ)くさくなるほど赤裸々な人間の暗い衝動と欲望が描かれてあり、最後の最後に出てくる言葉(何であるか確かめてほしい)の何と皮肉なことか。一歩間違えば誰もが「つみびと」になる、いやすでになっている状況を鋭く抉(えぐ)りとり圧倒的だ。作者の新たな代表作だろう。

(中央公論新社 ・ 1728円)

1959年生まれ。作家。著書『ジェントルマン』『賢者の愛』など。

◆もう一冊

杉山春著『ルポ虐待-大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)

 

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