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【書評】

ナショナリズムと相克のユーラシア 宮田律(おさむ)著

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◆帝国主義が残した負の刻印

[評]臼杵陽(うすきあきら)(日本女子大教授)

 第一次世界大戦はそれまでの歴史にはなかった総力戦となり、毒ガス、戦車、飛行機などの新兵器が使われた。その毒ガスを発明したのがユダヤ人科学者フリッツ・ハーバーだった。アインシュタインは「天才的な頭脳を間違った目的に使っている」と苦言を呈した。

 本書に紹介されているこのエピソードから始めるのは、本書のテーマとして通奏低音のように流れているのがユダヤ人問題とイスラエルという国家であるからだ。フランス革命以来、十九世紀にはナショナリズムという新しいイデオロギーが広まるが、シオニズムというユダヤ人ナショナリズムこそが現代中東の政治的混乱の一つを作り上げた。

 現在、トランプ米大統領がアメリカのイスラエル政策を大きく転換し、大統領就任前から公約にしていた在イスラエル米大使館をテル・アヴィヴからエルサレムに移し、さらにこの四月に行われたイスラエル総選挙に合わせて、リクード党のネタニヤフ首相を側面援助するためイスラエルによるゴラン高原の併合を認める宣言を行った。このようなトランプ政権による親イスラエル政策の転換は、イスラエルを支持する米国内のユダヤ票やキリスト教福音派の票を狙った「アメリカ・ファースト」に基づくものである。

 本書は書名にあるように、グローバルな視点から「相克のユーラシア」を描いている。しかし、通史として読んでいくとその期待は見事に裏切られる。むしろナショナリズムという問題を前面に押し出して、ヨーロッパ諸列強の帝国主義的政策が中東の諸国家に残した刻印を、著者の関心に沿って点描しながら再構成したものだからである。

 本書を貫く議論の中心的な流れの記述も、ヨーロッパと中東を横断的に行き来することになる。世界史の流れを記述する際に、世界に離散するユダヤ人の状況と、中東の中心部に国家をもつイスラエルに焦点を当てれば、中東イスラーム世界の政治の中核的諸問題があぶり出されることになる。本書はそんな大胆な歴史記述の試みである。

(白水社・2808円)

現代イスラム研究センター理事長。著書『オリエント世界はなぜ崩壊したか』など。

◆もう一冊

小笠原弘幸著『オスマン帝国』(中公新書)。イスラムの盟主として多民族・多宗教の共生を実現させた大帝国の600年を描く。

 

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