オーバーロード 骨の親子の旅路   作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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30 会談の後に

 

「本日はありがとうございました」

「ああ。決行は明日の夜でいいんだな?」

「はい。準備や作戦の計画など立てる時間が必要ですから」

「そうだな。良い国になることを願っているよ」

 

 モモンとパンドラ。真の意味の逸脱者がラナーの私室から退出した。ドアが閉まって三分ほど経って。

 その三分という時間は誰も、何も音を立てずに静寂だけが支配していた。だがその静けさも、三分という時間しかもたなかった。

 

「っぷはっ!」

 

 恥も外聞もなく、ラナーはその場に倒れ込んだ。とても普段完璧な王女を演じている人間の様相ではなかった。膝をついて倒れて、近くにあった椅子にもたれかかるように過呼吸を繰り返していた。

 それほどの衝撃だった。たとえ本当の力を抑えていようとも、理解してしまえばその存在を直に受けるしかない。ラナーは頭脳が異常であっても身体はしょせん人間の最下層。あれほどの存在の圧を気付かずにいられるガゼフや戦士団を羨ましいと思ったほどだ。

 化け物としての暴力と人間の心と自分の思考についていく頭脳。こちら側の思考を何一つとして外さない観察力と、複数の能力を全て高水準でまとめた存在。

 あれが法国の言う神だというのなら納得できた。あれなら彼らが神と崇めてしまうのもわかる。それほどに様々な力を修めた、人間という尺度で測ってはならない存在。自分がいかにただの小娘なのか思い知らされた。

 

「ふふ……。なんという想い上がり。あの方々を手の上で転がす?不可能です。あれは愚鈍な人間とは違う。神を妄信しているだけのおマヌケさんとも違う。もちろん私とも、違う」

 

 利用しようとしていることにも気付いている。その上で了承してきた。王国の平和のためではなく、王国に今は属するしかないカルネ村のために。

 全てを投げ売ったはずの綱渡り。それがどうか。今や向こうからとてつもなく堅牢に作られた石橋へと変えられて手を伸ばされている。その補助を受けて渡り切った。お互いが望む陸地へ。

 ラナーがやったことは藪蛇をつつくという話ではない。わかりきっていたドラゴンの巣に下準備どころか無防備で、しかも気配を消すどころか道化師によるサーカスを催した後に自分が主催者だと名乗るようにドラゴンを呼び寄せたのだ。

 そんなことをすればドラゴンではなくても逆上して何かしら暴力を振るうなり制裁を加えるだろう。だが相手は、そのサーカスが悪いのだから、事業主として君は必要だからと散々世話を焼いた上に丁寧に送り返してきたのだ。巣の中にある宝物の譲渡と助力するという約束を含めて。

 

 相手が、事業主という失っても困らない存在だと思ったからと、精々仕掛け人の価値がわからないようなそんな愚図なはずがない。全てがわかった上で、その上で価値があるからと、今は意味があるからと、巣の周辺の、他者が決めたルールを守るためだけに見逃された。協力も、巣の居心地が悪くなるからといった些末な問題。

 クライムのために、善良な、腐敗する王国に心痛める王女を演じるためだけに命を対価とした。そこまでして、でもそうしなければこの闇は払えないと思い一歩を踏み出した。邪魔な八本指を壊滅させ、血の革命によって王国を変革させるために。そのために情報をうまく使って八本指から攻めるようにけしかけたのだから。

 民のことなど指摘された通り何とも思っていない。改革で間引く血縁や貴族、国のこともただそこに在るだけのものだ。クライムと自分だけがあれば良いと思っていた。二人だけで慎ましやかに暮らしていければと。

 

 そんな改革をしたところで数年の延命でしかない。どうせ帝国に併合されるだけ。自滅するか他国に壊されるか。それくらいの差しかない。どちらにせよ王女である今の立場で生き残るにはどうすればいいか。それを最善手で導くだけだった、はずなのに。

 あの二人の存在は、それだけで麻薬だ。頼り、縋りたくなる気持ちも分かる。なにせ、あの二人の協力を得られれば何のしがらみもなく小さな幸せなど叶えられるのだから。

 だが、それはまさしく麻薬のように危険性が付きまとう。世界すら統べるのではなく破壊できる存在だ。今はそれを人間の心として繋ぎ止めているカルネ村という存在があってこそ、そんな暴挙に出ず王国の腐敗を排除することに力を貸してくれる。

 そのカルネ村がなくなれば、地図から真っ先に名前を消すのはおそらく王国だ。王国に属するからこそ、影響を一番与えやすい。

 命をチップにしただけあって、評議国の竜王のどれかとそれなりの仲になっているなど、得られるものもあった。だが、それを利用などできようがない。アレは利用などしてはいけない存在だ。何が原因で爆発するかわからない爆弾に、自ら火をつけに行くなど。

 

「王女なんて縛られていてつまらないと思っていたけど……。クライムも拾えたのだし、あの方に直に会えたと思ったら悪くなかったかもしれないわ……」

 

 あの二人の内、主となるのはモモンの方だ。パンドラはまさしく、主に使える従者のよう。

 そんなモモンのことを思い浮かべると、何故か下腹部が熱くなっていた。だがラナーは、その熱さにも気付かずに倒れ込んだまま。

 クライムも帰ってこずにメイドも入ってこないために、一人で考えながら先程までのことを思い出していた。

 思い出すほどに下腹部が熱くなっていることに、まだ気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気付かれた様子はなかったか?パンドラ」

「はい。問題ないでしょう。伝言を用いていたことにも、魔法を使っていたことにも気付いていない様子。役者としての私としての感覚からも嘘を言っている様子はありませんでした。途中で心変わりもあった様子。彼女は我々に敵対しないでしょう」

「それは良かった」

 

 パンドラが顔を兜で隠している、つまり口元が見えないことを良いことに二人はラナーとの会話中ずっと伝言の魔法を使って考えを纏めていた。

 第三王女から話があると私室に呼び出され、そしてブレインを遠ざけるということは二人に用があるということ。その上で二人にだけ関連があることは法国絡みかユグドラシル絡みしかない。

 それでどのような話がされるのかと思っていたらツアーと変わらず警戒していただけのこと。本性をお互い出してからは建設的な話し合いができた。

 たとえ偽善でも大切な者のために悪を討とうとする。八本指はモモンガたちにとっても害悪でしかないので潰せるなら力を貸すのも吝かではない。

 

 王国を改革し、愚か者がいなくなって自分たちに協力的な王女が第二王子の裏から国を纏める。自分たちにとって都合の良いことだらけだとモモンガはほくほく顔でここに来て良かったと思っていた。

 オーバーロードに変質してしまったこともそうだが、今の王権を排除するには血が流れるということにモモンガは一切反発していなかった。今の内輪もめをしている上層部は腐敗の温床。それを止める力のない今の王。モモンガの元の世界はテロやクーデターを起こしても世界が変わることはなかった。むしろ血を流して態勢が変わり、その上後継者もよほどしっかりしているのであれば本当に反発する理由がない。

 ラナー自身の国に対する想いなどは王女としてどうなのかとも思っても、国のために動いていることに変わりはなく。こちらの力もわかっているために暴走することもないだろうとも思っていた。

 適当に城内を歩いていると、ブレインとクライムを見つけた。どうやら剣で稽古をしているようだった。

 

「ブレイン、用事は終わったぞ」

「おう、お疲れ。んで、何の話だったんだよ?」

「それは後でな。クライム君。もう稽古はいいかな?」

「はいっ!アングラウス殿、ありがとうございました!」

 

 クライムが九十度腰の曲がった綺麗なお辞儀をしていた。その様子を見てブレインはへらっと笑ってから剣を戻して声をかける。

 

「いいってことよ。俺もいつもは教えを乞う側だからな。教えるなんて初めてのことでそこそこ面白かったぜ」

「教えを乞う側、ですか?」

「頂点に立ってなかったらいつだって人間は挑戦側だ。クライム君。君は強くなりたいんだろう?だが、君が成りたいのは騎士だ。しかも大切な人を守る、物語に出てくるような、な。そんな大切な人を守るには一も二もなく生きろ。騎士は守って力尽きたらダメだ。二人して生き残れ。あとは集団戦を意識するんだ。相手が一対一で来るとは限らない。

 敵を倒すための強さと、生き残るために守る強さは違うぞ?そうだな、さっき言ってた『蒼の薔薇』でもいい。もしあいつらが敵に回っても二人して生き残るにはどうすればいいか。それを頭に入れておいた方が良い。考えていたことと考えていなかったことじゃ、いざという時にどれだけ動けるか変わってくるからな」

「一匹狼だったブレインがよく言う」

「うるせ」

 

 モモンガが茶化すと、恥ずかしそうにブレインは照れる。今クライムに言っているようなことは最近になって考え始めたことだとわかっているからだ。

 それまでのブレインは一人で強くなればいいと思っていたし、集団戦なんてまるで考えていなかった。決闘のような形で最強を目指していたのだから。

 

「俺もまだまだ精進中の身ってことだ。お互い頑張ろうな、クライム君」

「はい!また機会がありましたらよろしくお願いいたします!」

 

 今度は浅いお辞儀だったが、もう一度頭を下げられてモモンガたちは去る。

 城内から脱し、人通りの多い中を歩いて城から離れていた。パンドラに確認をさせ、やはり城内から尾行してくる存在がいた。ただ声までは聞こえない距離にいるらしい。

 

「で?この後どうすんだよ。八本指をやっぱり倒すのか?」

「ああ。そのために一旦王都を出る」

「あん?尾行してる奴が関係してるのか?」

「そう。帰ったと誤認させる。その後は王女殿下に伝言が使えるマジックアイテムを渡しておいたから連絡があったら転移で帰ってくる」

「なるほどね。わかったよ。今日は野宿か?」

「カルネ村に帰るに決まってるだろ。野宿なんてしてたまるか」

「だよなー」

 

 街の入り口で貸し馬車屋から馬車を借りて、それで帰路についたと思わせる。ある程度王都から離れた場所で《転移門》を発動してカルネ村へ帰る。馬がなかなか《転移門》をくぐらなくて困ったが、それ以外は特に支障なく村へ帰った。

 帰ってから王都土産を買ってこなかったことに気付いてしまったと思ったが、王都であった出来事を話して事なきをえた。

 ラナーについて語っていると、何故かエンリの表情が少し変化したが、その変化の意味が分からなかったモモンガははてと思っても気にせず誤魔化しを続けていく。

 

 


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