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（露木）よ～い　スタート！（カチンコの音）
（牛若丸）「お母様！」。
なつは　ライブアクションに参加しました。
ライブアクションとは俳優が　実際に演じたものを撮影しそれをアニメーションの資料にすることです。
ディズニー映画でも行われていて東洋動画も　この作品で本格的に取り入れようとしていました。
（常盤）「そなたなど知らぬ。すぐに　ここから出ておゆきなさい！出ておゆき！出ていかねば人を呼んで追い払いますよ！」。
（牛若丸）「牛若に会いたくはなかったのですか？」。
「誰が　お前のような子を…」。「お母様！」。
牛若！　君！　君…お母様に　そこ　抱きつく！
「お母様！」。常盤　突き飛ばす！
「え～い！二度と　その姿を見せるな！」。
（露木）カット！（カチンコの音）
（露木）はい　いいですね。それで　もう一回いきましょう。
（露木）いいね。　突っ込んで…はい…　いいよ。　よ～い　スタート！（カチンコの音）
（坂場）あっ　いって…。お前　大丈夫か　おい…。
（坂場）すみません…。（カメラマン）おいお前　ぶきっちょだね。（笑い声）
じゃ　ちょっと練習してみな。
ちょっと痛いです。やっぱり右手で…。右手？
右手でやります…。（カチンコの音）
この不器用な青年がやがて　アニメーターとしてのなつに大きな影響を与えてゆくことになるかもしれません。
霊感です。
♪～
♪「重い扉を押し開けたら暗い道が続いてて」
♪「めげずに歩いたその先に知らなかった世界」
♪「氷を散らす風すら味方にもできるんだなあ」
♪「切り取られることのない丸い大空の色を」
♪「優しいあの子にも教えたい」
♪「ルルル…」
東洋動画　総天然色長編漫画映画　第２弾「わんぱく牛若丸」の作画作業が始まりました。
この作品から３つ穴のタップと呼ばれるものが動画用紙を固定するために使われるようになりました。
重ねた紙がずれる心配がなくなりこれが　日本のアニメーションにとって大きな技術革新になりました。
アニメーターの机にはこうして　鏡があります。
こんなふうに　自分の顔を映し表情を確認しながらキャラクターを描いていくのです。
馬にだって何だってならなければなりません。
そして　作画作業が佳境に入ったある日。
下山さん　すみません。演出助手の坂場です。
（下山）は～い。ちょっと　お聞きしたいんですがこの動画は　これでいいんでしょうか？
えっ？
あっ　君か。
これなんですが…。
（なつ）あっ　カチンコ君…。
これ　どうかした？
これでいいんですか？この動画の動きは　おかしくないですか？
おかしい？　うん？
（下山）う～ん…。
おかしいかな？　えっ　ちょっと…。
（堀内）あっ。ん？
あっ　それ　私が描いた動画ですか？
うん　そうだよ。
何か　おかしいですか？
おかしくないですかと僕が聞いてるんです。
君が答えていいよ。えっ…。
はい…。
あの　これは馬が崖を下っていくシーンです。
それは分かります。　牛若丸が馬に乗る訓練をしてるところですよね。
そです。　ものすごい崖なんで加速して　地面が迫ってきます。
だから　牛若丸も馬も怖がりながら走ってるんです。
そんで　こういう表情になるんです。あっ　いや　あの…そこが分からないんです。
怖がっているなら　なぜ体が前に　つんのめってるんですか？
怖がっているなら体を後ろに　のけぞらそうとしませんか？
いや　それでは　速く走っているように見えないじゃないですか。
どうしてですか？
速く走っているから　怖がるんですよね？
そです。だから　それを　表情で表してるんです。
表情で説明していればそれで済むんですか？
はっ？
あ…表情は説明なんかじゃありませんよ！
アニメーターにとってキャラクターの表情は大事な表現なんです。表現？
そです。
見て下さい。
馬が　崖を下っていく動きに合わせて牛若丸や馬の顔が伸びたり縮んだりしてますよね？
こういうのを　アニメーションでは…。ストレッチ　アンド　スクオッシュですか？
えっ…。ディズニーの原則ですよね。
そです。そういう表現は動きに　リアリティーがなければただの説明になりませんか？
それは　分かってます。だったら　どうしてこういう動きになるんですか？
牛若丸の性格です！
性格？この牛若丸は　わんぱくなんです。
だから　怖くても後ろに引かないんです。
（坂場）なるほど。危ないからやめろと周りの人に言われても一歩も引かず　見ていろと崖を下ってゆく。
それが　後に　鵯越の逆落としにつながるということを想像させる場面ですからね。何を言ってるんですか？
牛若丸が　前のめりになるのは性格描写として分かることにしましょう。
けど　馬はどうですか？
馬は怖がりませんか？
何で…。
そうは思いませんか？あっ　思います…。
あっ…　かもしれません。
分かった！
君の言いたいことは　よ～く分かった。
しかし　それは演出の露木さんの意見なのか？
それとも　君の意見？
露木さんも　同じことを疑問に思ってました。
けど　僕が　初めにそう思ったので聞きに来たんです。
あ…　そうか。
分かった。
直すよ。えっ？
（下山）直すって　露木さんに伝えといてくれない？
それじゃ　よろしくお願いします。
あの…　ちょっと待って下さい！
はい…。
リアリティーって何ですか？
アニメーションのリアリティーって実際の人間や動物の動きをそっくり　おんなじに描くっていうことですか？
それで　子どもは楽しいんでしょうか？
アニメーションにしかできない動きをしたりするから楽しいんじゃないでしょうか？
アニメーションにしかできない表現ということですか？
はい　そです！　子どもが見てワクワク　ドキドキするような。
子どもが見るものだからリアリティーは無視してもいいということですか？
いえ　そんなことは言ってません！
僕には　実際　まだ分かってないんです。
皆さんのやろうとしていることが。えっ…。
は？　どういうことかな？
（坂場）現実的な世界のリアリティーを追求しようとしているのかそれとも　おっしゃるとおりアニメーションにしかできない表現を追求しようとしているのか…どこに向かってるのか分かってないんです。
すみません　新人なもので。これからも教えて下さい。
（下山）あっ　君　えっと…。
坂場一久です。
失礼しました。
しかし　すごい新人が入ってきたね。
（麻子）カチンコも　たたけなかったくせに。
東洋動画の問題点をずばり　口にしやがった…。
問題点？（茜）えっ　それは何ですか？
（堀内）この会社の方向性だよ。
僕も　前から　よく分からなかったんだどこに行きたいのか。
今　やってるのだって日本の時代劇に　ディズニーの要素を適当に入れてるだけじゃないか。
待って下さい。　適当なんですか？
私は　仲さんや下山さんの原画はその２つを結び付けててすごいなって思います。
（仲）ありがとう。　でも　いいんだよ。僕たちに　気を遣ってくれなくても。
仲さん　気を遣ってるわけじゃありません。
あの新人の言うことも堀内君の言うことも正しいんだよ。
アニメーションの作り方に明確な方法は　まだないわけだから。
（井戸原）ディズニーの原則だってもう古いのかもしれないしな。
我々は　我々ができる新しい表現を今　ここで見つけていくしかないんだからねなっちゃん。
はい…。
それから　奥原さん。
あなた　まさか鵯越の逆落としが何なのかそんなことも知らないわけじゃないわよね？
えっ…。
知ってますよ　そんくらい。
♪～
お　どうだった？
描き直してくれるそうです。
えっ　本当か？もめなかったのか？
別に。　大丈夫でした。
よく　プライドの高い絵描きたちを納得させたな。
分からなかったんで　聞いただけです。
（桃代）なっちゃん？
久しぶり！モモッチ。
お昼？　一緒に食べよう。うん。
どう　動画の仕事は　もう慣れた？
まだ全然…。
実際やってみると本当に　何も分かってなくて…外で　お昼ごはんを食べる暇もないくらい。
今日は大丈夫なの？
大丈夫じゃないけど今日は何となく　モヤモヤしてて。
モヤモヤ？
今年の新入社員で演出助手の坂場って人　知ってる？
ああ　東大出身の？東大？
哲学を専攻してたって。
哲学？
そういう情報は　仕上課にすぐ回るから。
その人が　どうかしたの？
う～ん…　そんな人に生意気なこと言っちゃった…。
でも　すっごく変な人だった。
♪～
う～んアニメーションにしかできない表現か…。
逆に言えば何でもできるからね　アニメーションは。
そう…　何でもできるからやりたいことが分かってないとダメなのかなって。
その坂場っていう人が言うとおり…。
やりたいことって何？
それが　自分でも何なのか分かってないんだわ。
どこに向かって　絵を描いてんのかそんなことも考えなくなってたんだ私は…。
アニメーターになったばっかりでそこまで考えることないんじゃない？
だけど　向こうだって新人だよ？こっちよりも…。
早く名前　出したいなんてよく言えたもんだわ。
名前？あ…　ううん　何でもない。
♪～
なつよ　早速　あの青年が君に影響を与えたようだな。