いったい何故、自分達の襲撃が完璧に読まれていたのか。
織斑一夏が、何を思ってひとりで自分に立ち向かっているのか。
そんなことは、マドカにとってどうでもいいことだった。大事なのは、現在スコールとの通信が途絶えていることと、出来損ないのクローンと1対1の状況であること。
スコールの目の届かない今なら、多少の無茶も許される。
織斑一夏を、完全に終わらせることができる。
その、はずだった。
「どうなっている……!?」
目の前で起きている現実に、彼女は動揺を隠せない。
「らあっ!」
「くっ……」
純白に輝く刀の一閃を、ぎりぎりのところで回避し、後方への瞬時加速で距離をとる。その動作に、一切の余裕はない。
「ちっ」
直後に襲いかかる銃弾の嵐。かわしきることができず、サイレント・ゼフィルスに小さくないダメージが蓄積される。
――互角。いや、下手をすればこちらが押されている。
ある瞬間を境に、白式の動きが『変わった』。
マドカが初めて出会った時の、織斑千冬の模倣に頼り切った戦い方ではない。
2回目に戦った時の、器用に動こうとしてすべてが中途半端になっていたそれとも異なる。
……一言でいえば、進化している。攻撃、防御ともに高い完成度でまとまっており、判断に迷いが見られない。
そして何より、マドカのワンオフ・アビリティーが通用しなくなっている。
「何故だ」
白式に、織斑一夏に何が起こった。どういう理屈で、コアによる干渉を防いでいるのか。
「はあああっ!!」
「貴様のような男が……!」
雄叫びを上げ、一夏が再び接近を試みてくる。近接戦に持ち込まれるのは当然危険。ビットによる牽制をかけつつ、BTライフルからの射撃でダメージを狙う。
それと同時に、マドカは彼への精神干渉を必死に行い続ける。
――もっと、もっと強く相手のコアにリンクしなければならない。なんとしてでも、アレの心を抉り取って……!
異変が起きたのは、その時だった。
「がっ……!?」
猛烈な、吐き気を催すほどの頭痛。痛みに耐えているうちに、彼女の頭に断続的な映像が流れ込んできた。
「これは」
彼女の知る幼少時代の姿から、少しだけ大きくなった篠ノ之箒。
何年も経って、美しく成長した制服姿の篠ノ之箒。
以前と変わらず、凛々しく強い織斑千冬。
それ以外にも、数多くの者達の様々な姿が映って見える。
「これは……」
すべて、マドカの知らない記憶。
彼女がいなくなってから、織斑一夏のクローンが見た景色。
*
「シャルロットさん、バックアップを!」
「任せて!」
一般人のいなくなった市営アリーナでは、5機の専用機と銀の福音による戦闘がなおも続いていた。7月の暴走事件の時と同じく手数の多い砲撃を繰り出してくる福音に対し、スピード重視の装備で固めている鈴たちは回避を第一として損傷を最小限に食いとどめている。
「鈴、箒。お前たちも前に出ろ。ここらで一度状況を切り崩す」
ラウラの指示に、福音から少し距離を置いていた鈴と箒が同時に頷く。
こちらが亡国機業の動きを知っていることを悟られないためにも、鈴たちはしっかりとキャノンボール・ファストのレースを競わなければならなかった。ゆえに装備も戦闘用ではなくレース仕様であり、たとえばセシリアのブルー・ティアーズはその弊害でビットによる射撃が不可能になっているなど戦力ダウンは否めない。幸い福音が第二形態ではなく第一形態なので、ここまで互角に戦えてはいるのだが。
ただ、この5人で一定時間は福音を足止めしておく必要がある。向こうの操縦者は隙を見計らって逃走を試みようとしているが、それを許すわけにはいかないのだ。
そのためにも、ここで均衡を崩すべきだとラウラは判断したのだと鈴は考える。一気に攻めることで、倒すことはできないまでも相手に恐怖を与える必要がある。『うかつに敵に背後を見せれば、致命傷になりかねない』と。
「箒!」
「行くぞ!」
互いに声を掛け合い、鈴と箒は福音に向かって加速する。多少の被弾は気にせず、狙うは敵の装甲のみ。
「行けええ!」
「はっ!!」
甲龍の双天牙月と紅椿の雨月による同時攻撃。直撃には至らなかったものの、斬撃が掠った手応えを鈴は確かに感じていた。
「箒、もう1回仕掛けるわよ」
「わかった」
今も一夏は、たったひとりでマドカとの勝負に挑んでいるはずだ。
彼のためにも、こんなところで負けるわけにはいかない。
*
彼には、篠ノ之箒という仲のいい幼馴染がいた。
そんな彼女が、ある日かんざしを失くして落ち込んでいるのを見た。一緒に探したけど、その日のうちには見つからなかった。
だが次の日、ひとりで探している最中に彼はそれを見つけ出した。すぐに彼女のもとに届けてやろうと、うきうきしながらポケットにかんざしを放り込んだ。
――映像が切り替わる。
気がつけば、彼は暗い独房の中で眠っていた。
幼い彼に理解できたのは、自分が知らない男たちに誘拐されたことと、何かの実験に利用されようとしていることだけ。毎日ISに触れさせられ、そのたびに中身もわからない薬を注射される。どうやら男たちは彼にISを起動させようとしているらしい。
――映像が切り替わる。
彼の身体は日に日に弱っていった。薬の影響か、いつの間にか外見も変わってきていた。
そして、彼はついに男たちに捨てられた。役に立たないと判断され、外に放り出された。
ごみ溜め場のような場所で、雨に打たれた体が熱を奪われていく。
死を目前にしながら、今まで肌身離さず持っていたかんざしを取り出す。
「ごめん……」
かすれた声で、謝罪の言葉を口にする。これを彼女に届けられなかったことが、心の底から申し訳ないと感じられた。
「きれいなカンザシね」
いつの間にか、彼の前にひとりの女性が立っていた。
「あなた、日本人?」
輝かしい金色の髪が、彼にとっては希望の光に見えた。
――映像が切り替わる。
「あなたが私のもとで生きていくのに必要な条件はただひとつ。男であることを捨てて頂戴。……先に言っておくけど、私はあなたをこのまま手放すつもりはないわよ。命を救った見返りとして、働いてもらうわ」
彼の名前が織斑一夏だと知ると、彼女はこれ以上ないまでに残酷な一言を告げた。
「私も織斑千冬には興味を持っていたから、彼女の人間関係はそれなりに把握しているわ。だからわかるの。あなたの居場所は、もうあそこにはない」
――切り替わる。
女になった。
――切り替わる。
何度も手を汚した。
――切り替わる。
彼女は、かんざしを見つめていた。
*
「………」
俺が今見たのは……あいつの、本物の織斑一夏の記憶なのか。
「………」
見ると、マドカの方も呆けた表情をしている。彼女が何かをした、というわけではなさそうだ。だとすると、何らかのことが原因であいつの記憶が俺の頭に流れ込んで来たことになるが、そうすると。
「貴様も……見たのか」
「互いが相手の記憶を覗いちまったってことか……」
マドカの言葉で、なんとか状況を把握する。確証はないが、ISのコア同士の干渉が引き起こした現象なのではないだろうか。
だが、今はそれが起きた理由なんてどうでもいい。問題なのは、その内容だ。
「おい」
マドカの瞳をしっかり捉え、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「お前は、ひょっとしてまだ……求めているんじゃないのか」
目的語の欠けた問いかけ。だが俺の予想が正しければ、これだけであいつには十分伝わるはず。
対してマドカは、俺の発言を聞いて少しの間目を閉じる。
「織斑一夏」
目を開いた彼女は、無表情のまま俺に答えを返してきた。
「貴様に答える必要はない。……私が何を言ったところで、貴様のやることに変化は生じないだろう」
「……そうだな」
確かにあいつの言う通りだ。あいつが何を思っていたとしても、今さら俺もあいつも止まることはできない。どっちかが倒れるまで、戦い続けるだけ。
「俺はお前が邪魔だ」
「私も貴様が目障りだ」
お互い、それぞれの武器を再び構える。
「だから、お前はここで」
「だから、貴様はここで」
きっと、これが最後の攻防だ。今までの戦いで、どちらもダメージが積もっているはず。
全力で、決めに行く。
『必ず倒す』
声が重なる。
同時に、俺はサイレント・ゼフィルス目がけて全速力で突っ込んだ。左手に紫電、右手に雪片弐型。
「白式、頼んだぞ」
雪片が白く輝き、迫りくるBTビームを消滅させる。無限飛翔が100パーセント引き出された際に、零落白夜も再び使えるようになっている。エネルギーの消費は相変わらず激しいため、発動させた以上速攻で決着をつけるほかない。
「これで決める!」
紫電を連射しながら、瞬時加速をかける。何発か処理しきれなかった銃撃が装甲に傷をつけるが、まだ限界はきていない。
「おおおおおっ!!」
2つのISが、肉迫する。脳をフル回転させ、最善の軌道で雪片を思い切り振って――
「っ……!」
刀が、空を切った。
渾身の一撃を、外してしまった。
「終わりだ、織斑一夏!」
マドカがライフルを構えるのが見えた。だが雪片を引き戻すには時間が足りない。
「まだだ!」
背中のスラスターを右側だけ噴射し、無理やり体を回転させる。
振り切った右腕は使えない。でも、もう片方はしっかり残っている。
「ぐっ……!」
左手をマドカ側まで持ってきて、一か八かで紫電を発射する。わずかにこちらの速度が勝り、ビームを出す前に弾丸を受けたライフルの銃口がぶれる。直後に繰り出された銃撃は、白式を掠めるだけにとどまった。
「らああああ!!」
役目を終えた紫電を粒子化させ、すべてのエネルギーを零落白夜の維持に費やす。
想像するのは、世界最強の
そして。
今度こそ、必殺の一撃がサイレント・ゼフィルスを捉えた。
*
彼の雄叫びとともに、強い衝撃がマドカの身体を揺さぶった。
終わった。そう悟った彼女は、思ったよりも自身の心が落ち着いていることに気づく。
――これから、死ぬかもしれないというのにな。
マドカの身体には、スコールによって監視用のナノマシンが注入されている。彼女がその気になれば、スイッチひとつで脳を焼き切られてしまうらしい。
この後、マドカはIS学園に身柄を確保されるだろう。そうなれば、情報の漏えいを防ごうと考えたスコールは躊躇なく彼女の命を消す。
だから、本来ならもっと焦ってしかるべきなのかもしれない。
――最期に、いいものを見せてもらったからだろうか。
死ぬ直前というのは案外こんなものなのかと、マドカは答えの出ない問いを自らに投げかける。
自身が最後に受けた一撃。それは、彼女が憧れていた姉の惚れ惚れするような剣筋のまさしく再現だった。
そのことに妙な満足感を抱きつつ、戦いで疲弊したマドカの意識は急速に沈んでいった。
最後の瞬間、彼女は自分の頬を何か温かいものがつたっていることに気づいた。
*
「はあ、はあ、はあ」
少し過呼吸になりつつも、俺はISの装甲を失ったマドカの身体をそっと抱きかかえる。
「勝った……ん、だよな。けど、これはちょっとやばいかも」
勝利の喜びに浸っている余裕はなかった。
想像を絶する眠気が、意識を奪わんとばかりに俺に襲いかかっているのだ。
「無限飛翔で無理し過ぎたか……?」
脳の処理速度を上げるということは、それだけ脳にかかる負担も大きくなるということだ。長時間にわたってフルに使い続けたのが祟ったのかもしれない。
「とにかく、まともに頭が働くうちに陸まで行かないと……」
「その心配は必要ないよ、いっくん♪」
「え……?」
急に声をかけられ、思わず周りを見渡す。
いつの間にか、満面の笑みを浮かべた束さんがISに乗ってすぐ近くにまで飛んできていた。
「君の勝ちだよ、よく頑張ったね~。もう大丈夫、ここからは天才の束さんにどどーんと任せちゃってオーケーだからね!」
……ああ、そうですか。
「じゃあ、お願いします……」
束さんの言葉に安心したことで、今まで保ってきた緊張の糸がぷつりと切れてしまった。
そこから先は、よく覚えていない。
ちょっと描写が微妙な感じですが、前回ラストで雪片が白く輝いてるのが零落白夜復活のサインです。今回の冒頭でもマドカ視点の時に使っています。
今回ちょっと短かったですが、前回が長めだったので打ち消されたということにしておいてください。
次回、とりあえず最終回です。予定より1話削ることにしました。
いよいよここまで来ました。次回もよろしくお願いします。