第24話 いつも通りな2人
「さて、そろそろ出かけるか」
時刻は午前10時。身だしなみの最終チェックを行い、俺は寮の部屋を後にした。
鈴との待ち合わせは駅前のショッピングモール入り口に設定している。一緒に寮を出てもよかったのだが、『出る時間をずらして外で落ち合った方がいい』という鈴の意見により、俺が先に出発することになった。
実際これはいい案だ。5月末の鈴の発言とか6月末の俺と鈴の自爆キス暴露などによって、俺たちの関係に注目している生徒はそれなりにいる。余計な波風を立てないためにも、2人で遊びに行くことがばれないようにするのが賢明な判断である。別々に行動しておけば、よほど目ざとくて勘の鋭い人に出くわしたりしない限りは問題ないだろう。
「おはよう一夏くん。少しお話があるんだけど、楯無おねーさんのために時間をとってくれるとうれしいな」
まずい、目ざとくて勘の鋭そうな人に出くわしてしまった。
「お、おはようございます楯無さん。でも俺これから出かけるところなんで、申し訳ないですがまだ今度にしてくれるとありがたいかなーと」
「そうなんだ。それじゃあ仕方ないわね」
「すみません。というわけで……」
できるだけ平静を装って返事を行い、軽く頭を下げながら楯無さんの横を通り過ぎる。危ない危ない、ああいう底の知れないタイプの人にはなんでも見抜かれてしまいそうで本当に困――
「デート?」
「ひいっ!?」
通り過ぎざまに耳元に吹きかけられた言葉に背筋が凍る。なぜだ、なぜわかったんだ……!?
「ふふ、一夏くんのそのわかりやすい反応好きよ」
思わず変な声を出してしまったせいで、周囲にいた女子たちが俺と楯無さんを怪訝そうに見つめている。やばい、このまま楯無さんがばらしでもしたら……なんとしてでも黙っていていただかなければ。
「そんなこの世の終わりみたいな顔しないの。心配しなくても、私はこのことを誰かに言いふらしたりはしません」
「へ? しないんですか?」
「私がそんな人間に見える?」
見えます。
「帰ってきたらお話ししましょう、織斑一夏くん」
「心を読まれたっ!?」
楯無さんの持つ扇子には『折檻』の2文字が。お話しする気がないことだけはよくわかった。ついでに言うとにっこりと目以外は楽しそうに笑っているのが恐怖を倍増させている。
「とまあ、冗談はおいといて」
「ああ、冗談だったんですか。よかった」
「帰ってきたら結婚しましょう」
「えらく唐突なプロポーズですね!」
俺は戦争に赴く雑兵かなにかなんだろうか。
「あはは、やっぱり面白いわね、一夏くんは」
愉快そうに笑う楯無さん。まったくこの人は……何を考えてるのか全然わからない。
「それじゃあ、最初に言った通り真面目な話があるのも事実だから。また今度ね」
「了解しました……」
「応援してるわよ♪」
足取り軽く去っていく楯無さん。年下の男をからかうのがそんなに楽しかったのだろうか。……とにかく、気を取り直して駅前に向かうとしよう。
*
「お、来たか。おーい鈴、こっちだこっち」
待ち合わせ時間の午前11時より5分早く、鈴はショッピングモールの入り口に姿を現した。俺が手を振っているのに気づくと、軽快な足取りでこちらにやってくる。
「誰にも見つからなかった?」
「悪い、楯無さんに気づかれちまった。他の人には話さないっていう本人の言葉を信じるしかないな」
「そう……まあ、あたしが寮を出る時にも異常はなかったし、秘密にしてくれてるみたいね」
作戦の結果を報告しつつ、俺は鈴の服装をそれとなく観察する。肩を露出している……のは制服の時と同じか。お、鈴にしてはわりと珍しく私服でミニスカート穿いてるな。すらっと伸びた脚は相変わらず一級品だと思う。もう一度上半身に目を戻すと、同年代の女性と比べて起伏に欠けるある部位が視界に入り。
「ねえ一夏。双天牙月と龍咆、どっちが好みかしら」
「生身で食らったらどっちも死ぬから同じだ」
びきりと青筋を立てて拳を握りしめている鈴。どうやらじろじろ見過ぎたせいで俺の失礼な考えを悟られたらしい。今日は他人に心の内をよく読まれる日だな。
「鈴」
「なによ」
こいつは自分が貧乳であることをかなりコンプレックスとしており、指摘されるとマジでキレてしまうのだ。どのくらい怒るかというのは……被害者1号五反田弾が恐怖に震えながら説明してくれるだろう。今回は直接言葉にしたわけではないので多少おっかない殺人宣言を行うだけにとどまっているが、きちんとフォローを入れておかなければ。
「希望はある。かつてライト兄弟が努力の末に空を飛んだように」
「ねえ一夏。双天牙月と龍咆、どっちも好みよね」
疑問形から断定に変わってしまった。余計怒らせてしまったようだ。
「なんだよ、可能性はあるって言ってるだろ」
「アンタの言い分だとあたしの胸が成長するのが人類史上稀にみる奇跡みたいな扱いになってるんだけどこれはどういうことかしら」
「………」
「沈黙は金ね」
「待ってくれ。別にそういう意味で言ったわけじゃない……わけでもないけど。お、俺は別に大きくても小さくても胸ならどっちでもいいから!」
焦った末に飛び出した俺のとんでもない変態発言に、鈴の動きがぴたりと止まる。
「……そうなの?」
「え、ああ……ぶっちゃけるとそうだ。それが女性の胸ならサイズなんて関係ないと思う」
紛れもない本心なのだが、これは絶対に口に出して話すことじゃない。間違っても女友達の前でカミングアウトする事柄ではない。
「……へえ、そうなんだ。一夏は女の胸ならなんにでも興奮する変態なんだ」
「ちょっとうれしそうに照れるのをやめてくれ。死にたくなる」
機嫌が直ったのはいいが、代わりに何か大切なものを失ってしまった気がする。
「いつまでもここでしゃべってるわけにもいかないし、そろそろ移動しましょ」
「ああ……そうだな。まずは昼飯か」
予定としては、いろんな店が揃っているこのショッピングモールで昼食を済ませてから水族館へ向かうことになっている。レストランのエリアは3階だから、まずはエスカレーターに――
「どうかしたか?」
歩き出そうとしたところで、鈴が手を前で組んでもじもじとしているのに気づく。怒ったり照れたり忙しいやつだ。
「あ……あのさ。手、つながない?」
「手?」
「そう。……ダメ?」
上目づかいで俺を見つめる鈴。そんな顔をされて断れるはずもないし、別に手をつなぐこと自体に拒否感もない。
「いいけど」
とはいえ、もじもじしている鈴と同じく、俺も恥ずかしいことに変わりはないんだけどな。
「えっと……右手と左手、どっちを握ればいいんだ?」
「ど、どっちでもいいわよ、そんなの」
「そっか」
どっちでもいいらしいので、右手を鈴に向けて差し出す。すると、ぎこちない動きで鈴の左手が俺の手に重なってきた。そろそろと感触を確かめるように手を動かしてくるため、こっちはなんだかくすぐったい。
「じゃあ、改めて出発するか」
「ええ」
互いの手を優しく握り合いながら、俺たちはようやく足を動かし始めた。
*
昼飯は相談の結果、蕎麦屋に行って2人で天ぷら+ざるそばをおいしくいただいた。俺のしいたけと鈴のかぼちゃという双方が得するトレードを行ったりもして、文句なしに満足できる昼食だった。
「シオマネキって左右のバランス崩したりしないのかしら。すごく不恰好に見えるんだけどなあ」
「確かに片方のハサミだけでかいと動きづらそうだな」
そして現在、水族館で様々な水棲生物を観察している。先月新しくオープンしただけあって設備も新しく、ボリュームもあるみたいだ。
「あはは、このウツボ一夏にそっくりよ」
「ウツボってお前……絶対馬鹿にしてるだろ。どの辺が似てるんだ」
「生き様が」
「お前はこのウツボの何を知っているんだ」
上機嫌で水槽を見て回る鈴の目は輝いていて、はしゃいでいるのがよくわかる。鈴ほどテンションが高いわけではないが、俺もマンボウや熱帯魚などを眺めていろいろ新しい発見をするのを楽しんでいる。水族館ってたまに来ると本当に面白いんだよな。
「あ、この容器に入ってる生き物は触っていいらしいわよ。……うわあ、ヒトデってこんな感触なんだ。ちょっと想像と違うかも」
「どれどれ……へえ、もっと柔らかいと思ってたな」
『ふれあいゾーン』なる場所では周りにいた子供たち以上に熱心に生き物のさわり心地を確かめた。
「クラゲか……クラゲ型の敵はだいたいのゲームで面倒だから好きじゃないな」
「そうだっけ? あたしはタコ系の方が厄介だと思うけど」
実物を前にしてゲームのことを熱く語り合ったりしているうちに、一通り全部の水槽を巡り終える。あとは4時から始まるアザラシのショーを見れば、ほぼ完全制覇ということになる。
「3時半か……」
「見るんならいい席取りたいし、ちょっと早いけどショーの場所まで行っちゃう?」
「そうだな」
鈴と話し合って方針を決め、手をつないで歩き出そうとした時のこと。
「うん……? なあ鈴、あの子さっきもあの水槽の側にいなかったか」
「へ? そんなこと言われても覚えてないわよ」
鈴はそう言うが、俺の記憶に間違いがなければあそこで水槽に背を向けて座っている小さな男の子は10分くらい前にも同じ場所で同じ体勢でいたはずだ。携帯電話やゲーム機をいじっているのなら問題はないが、そういう素振りも見せていない。何もせず、ただ行き交う人々を不安げに眺めている。
「迷子かもしれないな。様子見てくる」
「あ、ちょっと一夏?」
男の子に近寄る俺のあとをついてくる鈴。別に俺ひとりでいいんだけどな。
「君、ひょっとして迷子?」
できるだけ優しい声を出すように努めながら話しかける。男の子は突然声をかけられたことに驚いていたようだが、最終的に俺の問いにこくりとうなずいた。
「お母さん、どっかにいっちゃった……」
「それで、ここでずっと待ってたんだ」
「うん……」
「ここメインの通路からだいぶ外れてるし、母親も見つけづらいでしょうね」
鈴の言う通り、今俺たちがいる場所は人を待つのには適していない。そうなると、どこか目立つ場所に移動した方がいいのだが。
「まあ、普通に受付まで戻って放送で呼び出してもらうのが一番だな」
「そうね」
最適解がはっきりしている以上、あとはその通りに行動するだけだ。
「よし、それじゃあ少し歩こうか。大人の人にお母さんを探してもらおう。きっとすぐに会えるからさ」
男の子を励ましつつ、水族館入り口付近の受付を目指す。まだ30分近くあるし、このくらいしてもアザラシのショーには間に合うだろう。
*
「どうもありがとうございました」
受付の女性に放送で呼び出してもらったところ、すぐに男の子の母親が走ってやって来た。どうやらもともと近くにいたらしい。事情を聞くと、ものすごい勢いで俺と鈴に頭を下げてきた。
「いえ、そんな大したことはやってないので……なあ鈴?」
「馬鹿ね、こういう時は下手に謙遜せずに素直にお礼を受け止めればいいのよ」
年上の人に礼を言われて少し戸惑っている俺とは対照的に、鈴は相変わらずというかなんというか、とにかくさばさばしていた。『もらえるもんはもらっとけ』は凰家の家訓のひとつなのだそうだ。
「ありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん」
さっきまで元気のなかった男の子だったが、母親と会えたことで不安が消え去ったのだろう、今ではすっかり覇気を取り戻していた。
「ああ。次からは迷子にならないようにするんだぞ」
「うん」
「それでは、私たちはこれで。本当にありがとうございました」
最後にもう一度礼を言って、母親は男の子を連れて帰っていく。今度は離れ離れにならないように、しっかりとわが子の手を握りしめて。
「お母さん、アイスクリーム食べたい!」
「駄目よ、おとといも食べたでしょう」
「えー! 食べたい食べたいー」
「もう……今日は特別よ」
「やったー!」
……そんなやり取りを聞いていると、どういうわけだか心がちくりと痛むような気がした。
「一夏、どうかした?」
「……なんでもない。それより早く行こうぜ。もたもたしてるとショーが始まっちまう」
時計を見ると3時50分。ここからアザラシの場所までは結構離れているので、急がないと間に合わない可能性がある。
「本当だ、急がないとね」
状況を確認した俺たちは、駆け足で目的地へと向かい始める。無事ショーの開始までに到着できればいいのだが……
「ねえ一夏。ショーが終わった後の予定なんだけどさ」
「終わった後? となると晩飯の話か」
おそらくショーは5時前には終わるだろう。寮の門限を考慮に入れても、夕食を外でとる時間は十分にある。
「そ。それで……せっかくだし、ウチで食べることにしない? お母さん、アンタに挨拶したいって言ってたし」
「そうか……んじゃ、そうするかな」
「決まりね」
俺の答えを聞いて、鈴は満足げに笑う。
鈴のお母さんが日本に戻ってきたのはちょうど3日前のことだ。俺も久しぶりに会っておきたいと思っていたし、いい機会だろう。
……もっとも、とある理由で少しだけ行くのをためらう気持ちがあるのもまた確かなのだが。
あれ?デート回なのにあんまりいちゃついてないような……と思った方々。『お家に帰るまでがデート』です。本番はここからです。今回はサブタイ通り「いつも通りの2人」でした。せいぜい手をつないで恥ずかしがってたくらいです。
作中のやりとりでもわかりますが、この作品の鈴は原作ほど貧乳にコンプレックスを抱いていなかったりします。あくまでネタにできる程度のキレ具合です。わりとどうでもいい変更な気もしますが、一応この作品は原作再構成を謳っているので、こういうところも再構成されているのです。
次回、衝撃の展開が待っているかも。では、今後ともよろしくお願いします。