0話から始めてるので、今回でちょうど20話目ですね。だからなんだって話ですけど。
今回は番外編的な意味合いもあるので、試験的に箒の一人称で進んでいきます。IS原作では一夏一人称、残りのキャラの視点の時は4巻を除いてすべて三人称で書かれていて、僕もその形式に従っていたのですが、僕の作品は原作以上に視点がころころ変わるので果たしてこのままの形式でいいのかな、と思ったわけです。
これに関して何か意見等あればお伝えくださるとありがたいです。
第19話 あねいもうと
「それではみなさん、今日習った内容をきちんと復習しておいてくださいね」
4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り、ISの戦闘中における武装交換に関する山田先生の説明は次回に持ち越しとなった。
「起立。礼」
『ありがとうございました!』
今週の週番長に当たっているので、号令の係は私だ。忘れずに仕事(というほどでもないが)をこなし、気持ちを昼休みへと切り替える。
今日の昼休みはいつもと違う。具体的に何が違うかというと――
「い、一夏さん。今日はお弁当を作ってきましたの。ですから……」
「えっ……ああそうか、約束してたもんな。じゃ、ありがたくいただくことにしますか」
セシリアと、彼女の料理の練習に付き合った私――篠ノ之箒の努力が報われるかどうかの運命の日であるということだ。
「では一夏、いつも通り屋上に行くか」
一夏とセシリアのいる方へ向かいながら声をかける。デュノアも近くにいるので、今日の昼食は4人で食べることになりそうだ。
「そうだな……って、あれ、ラウラはどこ行った? さっきまでその辺にいた気がするんだけど」
「ボーデヴィッヒさんなら、授業が終わって早々大勢の人に囲まれながら外に連れ出されてたよ」
「昨日までとは打って変わって大人気ですわね。朝のボーデヴィッヒさん自身の発言が効いているのでしょうけど」
「へえ、そうだったのか。ま、あいつも打ち解けられそうで何よりだな」
デュノアとセシリアの説明を聞き、うんうんとうなずく一夏。昨日まであんなに嫌われていた相手のことにああも喜べるあたり、あいつは根っからのお人よしなんだろう。
「仲直りのしるしにラウラと食べるのもアリかと思ってたんだが、いないんじゃしょうがないな。じゃあとりあえず2組に行って鈴を――」
「ちなみに、ボーデヴィッヒの腕をいの一番に掴んで連れ去っていたのがその鈴だ。『アンタを日本色に染めてあげるわ!』と言っていた」
「あいつ中国人だろ……」
「日本にいた時間が長いからだろう。こちらの文化が好きなのだろうな」
……もっとも、鈴が一番最初にラウラに教え込もうとしている内容はだいたい予想がついている。それはおそらく一夏も同じことだろう。何とも言い難い苦笑いを浮かべているし。
「あいつも懲りないよな……まあいいか、そうとわかればさっさと屋上に行こう」
一夏を先頭に、私たちは教室を出て廊下を歩き、階段を昇っていく。その間に、私は今日までのセシリアの料理上達を目指した修行の日々を回想していた。
*
事の発端は約3週間前の月曜日、一夏が今まで我慢して食べていたセシリアの料理に関して本当のことを彼女本人に話したことだ。その日の夜、鈴とともにセシリアの部屋を訪れたのだが、その時の様子は普段の彼女からは想像もできないほどひどいものだった。
「箒さんや鈴さんはいいですわよね。一夏さんに心からおいしいと言っていただけるお料理が作れるのですから。わたくしなんて、お情けで無理して言ってもらえていただけ。どうせわたくしの料理なんて養豚場の豚の餌にふさわしい代物なのですわ。どうせ、どうせ……」
このようなことを延々誰も聞いていないのに壁に向かってぶつぶつつぶやき続けていたと言えば、セシリアの落ち込みようが理解してもらえるだろうか。
「いや、ぶっちゃけ豚も逃げ出すと思うけど……あいたっ」
空気を読まずに残酷な現実を告げようとしていた鈴については、きちんとその頭をぽかりと叩いておいた。なんでもかんでも思ったことを口にするのは良くないことだ。
……とにかくこのままではまずいということで、私と鈴はなんとか彼女を元気づける方法を考えることにした。料理が下手なのが原因なのだから最終的にはそこを直せるよう手伝ってやればよいのだが、まずセシリア自身がある程度立ち直らないと料理の指導なんてできたものではないからだ。
「こうなったら仕方がないわね。落ち込んでいる人間を励ますための伝家の宝刀を使うことにしましょう」
「む? そんなものがあるのか、鈴」
妙に自信ありげな鈴の様子に言い知れぬ不安を覚えながらも、私が素直に内容を尋ね
ると、鈴は大きく胸を張ってこう答えたのだった。
「ええ。バッティングセンターに行くわよ」
「………は?」
……これだけ『は?』という言葉が似合う状況は、おそらく私の約16年の人生の中で他になかったと思われる。
*
「ほら、まだフォームが全然なってないわ! 腰、腰をもっと下げて!」
翌日の放課後。私とセシリアは本当にバッティングセンターに連れてこられていた。どうやら冗談ではなかったらしい。
「こ、こうでしょうか……えいっ」
「フォームに気を使い過ぎてるわ。最後までボールを見て!」
球速80キロのケージに入ってから30分経つが、いまだセシリアのスイングは素人の私から見てもぎこちなく、バットがボールに当たっていない。それもそのはず、セシリアは今日初めてバットを握ったらしく、最初は持ち手が逆だったりしたのだ。イギリスはそんなに野球が盛んなわけでもないので、そう不思議なことでもないのだが。おそらく基本的なルールも把握していないと思われる。
私もセシリアの隣のケージで80キロのボールに挑戦しているのだが、たまにまともな打球が飛ぶだけ。それでも鈴のアドバイスがわかりやすいためか、最初よりはいい当たりが出る頻度が増えている気がする。
「……セシリア。ちょっと左打席に立ってみて。あ、左打席っていうのは――」
「……ええと、つまり立つ位置と左右の手の位置を逆にすればいいのかしら」
鈴の指導は熱心そのもので、最初はいやいややっていたセシリアもだんだん顔つきが真面目になっている。一時的に昨日のショックを忘れられているようだ。
「しかし、鈴が野球好きだとは初耳だったぞ」
「え、そうだっけ? うーん……確かに今まで言ってなかったか」
少し休憩しようとケージから出て、セシリアのバッティングを眺めている鈴と言葉を交わす。
初めて会ってから1月以上たつが、彼女が相当コアな野球ファンだということを私は知らなかった。プロ野球観戦が大好きで、自分でプレーするのも楽しいらしい。昨年中国にいた時も日本のプロ野球の情報などはチェックしていたようで、贔屓の球団がまた最下位だったことに大変落ち込んだとのこと。私は剣道一筋であまり野球には興味がないのだが、何年も最下位ばかりが続くチームを応援していてつまらなくはないのだろうか。
そんなことを思っていると、ケージの方からキィン! という小気味いい音が響いてきた。振り返ると、どうやらセシリアのバットがようやくボールを捉えたようだ。
「あ、当たりましたわ!」
「やっぱり左打ちの方ができるみたいね……これは意外といけるかも」
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
「うーん? いや、セシリアをうちのチームの貴重な左バッターに育てようかなと」
「うちのチーム……?」
「
でも悲しいことに左打ちがひとりもいないのよね、人材不足だわなどと愚痴らしきものをこぼしながら、鈴は再びセシリアにバッティングフォームの指導をし始める。
……本当に野球が好きなんだな、鈴は。私は剣道を『己を鍛えるための競技』だと考えているが、彼女のようなスポーツの楽しみ方もありなのかもしれないな。
「さて、私も打つか」
セシリアも元気が出てきたようだし、私も安心して好きにやらせてもらおう。せっかくお金を払って打っているんだ、1球くらいはホームランの的に当ててやろうではないか。
しかし、昨夜の鈴の提案にはきちんと勝算があったのだな。てっきり自分が行きたいだけかと疑っていたのが恥ずかしい――
キィィン!
「やりましたわ! 今の、ほーむらんというものですわよね?」
「よくやったわセシリア! これは金塊を掘り当てたわね、西洋人の身体能力万歳! よーし、あたしも久しぶりに120キロかっとばしてくるか!」
……いや、やっぱり自分が来たかっただけなのかもしれない。ついでに有力な人材を集めたかっただけなのかもしれない。
*
そんな感じで、とりあえずセシリアの精神状態は標準レベルにまで回復した。なので、あとは彼女に料理の仕方を教えるだけだったのだが……
「ああっ、砂糖を入れ過ぎだ!」
「どうしてそこでオイスターソースが出てくるんだ!」
「馬鹿、ハヤシライスにそんなにケチャップを入れるやつがあるか!」
教えるだけだったのだが……
「ど、どうでしょうか……」
「だからなぜ味噌汁がこんなに甘くなるんだ……? 私はただ、言われた通りに手を動かすだけでいいと言っているのに」
……おかしい。ちゃんと教えているはずなのに、もう練習を始めて1週間になるというのに、一向に上達する気配がない。どれだけ注意深くアドバイスしても、必ずどこかで間違いが起こり、結果として見た目は一級、中身は……な一品ができあがってしまう。私がまだ人に教えられるほど料理の腕が上達していないという点を考慮したとしても、およそ理解できない事態だ。
鈴と話し合ったとき、セシリアの指導を安請け合いしてしまったことを少し後悔する。今からでも遅くはない、彼女に助けを求めるか……?
「……やはり、わたくしには料理の才能がないのでしょうか」
「………」
思わず『そうなのかもしれないな』という言葉が出てきそうになるのをなんとか食い止める。私自身結果が出ないことにイライラしているのだが、だからといって言っていいことと悪いことがあるだろう。
しかし、実のところどうすればいいのか。セシリアの料理下手はそれこそ神様が彼女に意地悪をしたとしか考えられない――
「……神様?」
その単語が、妙に頭に引っかかった。何か、前にも私は同じようなことを言った覚えが……
「……ああ」
思い出した。あれは確か、私が小学……3年生のときだったか。その時の私は『料理のできる女』というものになんとなく憧れていて、ある日自分の手で何かおいしいものを作ってやろうと思い立ったのだ。何を作ろうとしたのかは……忘れてしまった。
だがまあ、不器用な小学生だった私にはいささか難しい作業だったのだろう。結果は大失敗で、気合いを入れ直して次の週、そのまた次の週にやり直した時も全然うまくいかなかった。
『どうかしたのかな、箒ちゃん?』
そんな折のことだった。いつの間にか家に帰ってきていた私の姉、篠ノ之束が台所に入ってきたのだ。
『おおーっ、なんとなんと、箒ちゃんが料理!? かわいいなあ、誰のために作ってたの? ひょっとして束さん? だったらうれしいなあ~』
『……別に。自分で食べようと思ってただけだ』
本当のところは姉さんに両親、それと一夏に食べてもらいたくて作っていたのだが、機嫌が悪い私は素直に答えることなくそっぽを向いていた。
『がーん、ショックだよ~。……あれ、でもこれ、あんまりうまくいってないみたいだねえ』
『……そうだ。これで3回目の失敗。しかも全然うまくなってない……きっと神様が意地悪して私が料理をできないようにしたんだ。だから絶対できるわけない』
姉さんのいつもと変わらないのらりくらりとしたしゃべり方が妙に頭にきて、思わずそんなことを口走ってしまっていた。3回失敗したくらいでそんなことを言ったのは、私がまだまだ子供だったからだろう。……まあ、今でも子供だが。
『んん~~? それは聞き捨てならないね、箒ちゃん』
だが、そんなふうにやけになっていた私に、姉さんはにっこりと笑って。
『この世に不可能なんてことはない。たとえ神様が何をしようと、絶対できないことなんてあるわけない』
『……そんなのわからない。証拠がない』
『証拠? そんなもの必要ないよ。なんたって、この天才束さんが正しいと信じてるんだからね!』
そう言って、姉さんは私の料理を手伝い始めた。台所で働いている姿など見せたことのない人なのに、私が机に置いていた料理本を凝視しながら作業をしだしたのだ。
『箒ちゃん? 手が止まってるよ~』
『え? あ、ああ、うん……』
姉さんのペースに引きずられるように、結局私もふてくされていたのを忘れて料理を再開した。……そして、幾度の失敗を重ねながらも、そのたびに姉さんに励まされて、最後には本の通りに完成させることができたのだった。
あれから引っ越しによって一夏と会えなくなったり、姉さんが失踪したり、両親と離れ離れになったりと散々な目にあったせいで料理などする気もなくなり、この学園で一夏と再会してからあわてて練習し始める羽目になってしまったのは、また別の話である。
「セシリア」
「はい?」
……私は、篠ノ之束という人のことがよくわからない。あの人は何を考えているのか、私や両親のことをどう思っているのか。
だけど――
「もう一度やり直そう。心配しなくても、いつかは必ず成功するさ」
「で、ですけど……」
「『この世に不可能なんてことはない』。だから大丈夫だ、自信を持て」
「……ありがとうございます、箒さん」
なんとなく、その言葉だけは信じてみようと思えたのだった。
*
「……お、サンドイッチか」
「ええ。リベンジという意味もこめて、これに決めましたの」
そして今日、屋上にて成果が問われる時が訪れようとしている。前回一夏がまずいと言った時にセシリアが作ったのがサンドイッチだったので、今回の昼食も同じものを選んだのである。
「えっと……じゃあ、いただきます」
「はい! どうぞめしあがれ!」
「お、おう……けどセシリア、そんなに身を乗り出されると食べにくいというか」
「あっ……す、すみません。わたくしとしたことが、少々取り乱してしまったようですわ」
一夏の感想が気になるばかりに顔を近づけすぎていたことに気づいたセシリアは、恥ずかしそうにすごすごと下がり、一夏と距離をとる。
「じゃあ、いただきます」
私とセシリア、そして以前セシリアのサンドイッチの犠牲となったデュノアが見守る中、一夏がゆっくりと卵入りのサンドイッチを口に運び、ぱくりと頬張る。
そのままもぐもぐと味を確かめるかのように口を動かし、そして……
「……うん、うまい」
「っ、ほ、本当ですの!? 嘘じゃなくって!?」
「本当だ。うまいって胸を張って言えるぞ」
「よ、よかった……」
うれしさと安心からか、へなへなと脱力するセシリア。……うん、これで私も肩の荷が下りた。今日のサンドイッチは、私の監視なしにセシリアが作り上げた、正真正銘彼女自身の作品なのだから、もう心配することなど何もない。
「ありがとうございます、箒さん。あなたのおかげですわ」
「どういたしまして。教え子が試験に合格したみたいで私もうれしいぞ」
「じゃあ、今度は僕が篠ノ之さんに弟子入りしてみようかな?」
「今回で疲れたからそれは勘弁してくれ」
デュノアは器用そうだから教えるのはずっと楽だろうが、それよりも先に私自身が腕を磨かなければ。少なくとも男の一夏よりは上手くならなければ話にならない。
「さ、時間も結構経ってるし、さっさと昼飯済ましちまおうぜ」
その後は適度に4人での会話を楽しみながら、それぞれが空腹を満たし、昼休みの終わりまでのんびりと過ごしたのだった。
*
その日の夜。夕食を終えて自室に戻った私は、携帯電話を片手に数分ほど動けない状態が続いていた。
ルームメイトである鷹月静寐はいない。だからあの人に電話をかけるなら今が絶好の機会だ。……だというのに、なかなか次の動作に移ることができない。
『この世に不可能なんてことはない。たとえ神様が何をしようと、絶対できないことなんてあるわけない』
「……よし」
今回は、あの言葉に助けられたんだ。だから久しぶりに、あの人の声が聞きたいと思った。だから……もう一度、話してみよう。
連絡帳の中の『篠ノ之束』の欄を選択。
『やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとずーっと待ってたよ!』
コール音が鳴る暇もなく、通話相手の声が――数年ぶりに聞く声が、耳に入ってきた。緊張で体がかちこちに固まるが、それでもなんとか第一声を絞り出す。
「……姉さん。その、今度……」
『あ、そうそう! 今度束さん、箒ちゃんに会いに行っちゃうよ~』
「え……?」
予想だにしていなかった姉さんの言葉に、心臓の鼓動が早まる。
『箒ちゃん、もうすぐ誕生日だよね。で、ちょうどその時IS学園の1年生は課外演習で学園の外にいる。だからだから、それはそれは素敵な誕生日プレゼントを持って会いに行くからね!』
「誕生日、覚えててくれて……」
『モチのロンだよ! 今までなかなか納得のいくプレゼントが用意できなくて送れなかったんだけど、今回はバッチリだよ! なんてたって……あ、やっぱり言うのやーめた。プレゼントの中身は見てのお楽しみ! 焦らしプレイってやつだね』
「……ありがとう。姉さん」
『はうあっ、箒ちゃんにありがとうって言われた! これは何物にも代え難き幸せだね~。それじゃ、楽しみにしておいてね。ぽちっとな』
……勝手に通話を切られてしまった。こっちからかけたというのに、ほとんど一方的に話し続けられる形になっていた気がする。
でも……今の気持ちは、素直に『うれしい』と呼べるものだと思う。
「私からも、何か用意しておいたほうがいいかな……」
次に会ったとき、なんて言えばいいのだろうか。そんなことを考えつつ、私はシャワーでも浴びようと思い、おもむろに立ち上がったのだった。
ラウラの発言の内容は次回まで持ち越します。
日常回とは言いましたが、本筋の話が進まないとは言っていない……というか、いつの間にか日常回と呼べるものかどうか怪しい話になっていました。
しかし今回は相当重要な回だったと思います。なんといっても
・鈴は野球好き。草野球チームにも入っている
・セシリアは左バッター
・千冬姉は最強の助っ人
・鈴は○○ファン
という設定の大公開を行いましたからね。4つも隠し設定を出すなんて今までの話ではありませんでしたし。鈴が野球ファンなんて設定がなんで出てきたんだと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、過去の話で彼女が2球団の対戦成績をスラスラ述べているのが伏線でした。
という冗談は置いといて、今回は束さん初登場回でした。箒が束に歩み寄ろうという姿勢を見せていましたが、束の誕生日プレゼントはもちろんアレなわけで……どうなるかはしばらく先の話になります。
では、次回もよろしくお願いします。