これ詭弁だよね。まず富の集積は強制ではなく双方納得した取引の結果。次に富を蓄積できた人から政府が強制的に奪わないと再分配は成立しない。そして「蓄積」すら満たせない人が社会にはたくさんいて彼らは再分配に寄与しない。強制に至っては所有権の一方的な否定だ。https://twitter.com/tomomachi/status/1141233564555464704 …
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金持ちの富は貧乏人の存在によって成り立ってるという論、これは同じ面積の隣接した田畑から一方の農家は美しい実を沢山収穫し、他方の農家は不味い実を少ししか実らすことができないケースを想定すれば間違いであることが明確に理解できる。
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この詭弁とは事態は全く逆で、勤勉で優秀な農家は小作人を雇って食わすこともできるし肥料売りや鍛冶屋の上客となるだろう。怠惰な農家に政府が再分配すると荒れた農地が広がっていく。
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勤勉な農家が美味しい実を家族で全部食ってしまえば余剰は出ない。余剰を残し、売買する市場があって初めて農家以外の人たちが美味しい実を食うことができる。消費生活を豊かにした生産者ほど所得が増え、倹約することでより良い肥料や農具を使えるようになる。
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他方、市場原理の下では怠惰な農家は農地を手放し勤勉な農家に荒れた農地を二足三文で売るだろう。勤勉な農家はこれを手入れし、さらに収穫を増やす。小作人・肥料屋・鍛冶屋の仕事も増え、作物の流通で多くの消費者が良いものを安く食えるようになる。
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しかし先述の通り、富農の蓄積した富を政府が取り上げて怠惰な農家に渡すと荒地はいつまでも荒地のまま、周辺産業の興隆もなく、消費者の口に作物は届かない。確かに富農は貧農との比較で豊かさになったように見えるけれども、貧農が富農に貢献したものは何もない。
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もちろんこのような例ばかりではなく、富農が小作人を搾取して私腹を肥やすこともあるだろう。しかし政府の再分配は、怠惰なだけの生産者にも等しく富を分け与えてしまう。そして人間は怠惰を許されてもなお勤勉でいることは難しい。
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