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磯部涼×細倉真弓『川崎ミッドソウル』 アフター『ルポ 川崎』

磯部涼×細倉真弓『川崎ミッドソウル』 アフター『ルポ 川崎』

『NEWTOWN 2018』『SURVIBIA!!』
テキスト
磯部涼
撮影:細倉真弓 編集:宮原朋之

川崎南部を体現していたキャロル。その後継にあたるラップグループBAD HOP

歴史を遡れば、近代の川崎は工業化と共に発展している。1924年、現在の南部(川崎区、幸区)に位置する川崎町、御幸村、大師町が合併する形で市制が施行された頃、同地は既に京浜工業地帯として開発されつつあった。もともと、東海道53次の2つ目の宿場町で遊郭も存在したが、更に各地から集まった労働者のためにいわゆる「飲む・打つ・買う」の業種が盛んになる。やがて、大戦に突入すると軍需産業を担い、そのために空襲で壊滅的な被害を受けるが、終戦後、朝鮮戦争が起こると再び勢いを取り戻す。しかし、その発展によって様々な歪みが生じ、またそれを修正しようと試みる運動も起こっていった。

公害の問題は古くからあったが、戦後、対策を求める市民運動が熱を帯び、国を相手取った訴訟は1990年代まで続くことになる。工場労働者の中には朝鮮半島からやってきた人々もおり、日本人が住まない荒地にバラックを建ててコミュニティを形成。彼らは貧困の問題を抱え、差別も受けていたが、集住地域=桜本にある韓国系教会=川崎教会の故・李仁夏牧師は貧困支援や反差別運動を先導すると共に、様々なルーツを持つ人々と寄り添い合う多文化共生を模索、その思想は川崎市政にも影響を与えていく。他にも、今年5月に死去した絵本作家かこさとしの原点となったセツルメントが活動していたのも幸区であるし、障害者団体・全国青い芝の会が歴史的なバス闘争を繰り広げたのも川崎区である。工場地帯として、発展に伴い様々な問題が発生した川崎南部は、だからこそ、市民運動の聖地になったと言えるだろう。

 

その後、川崎南部は製造業の縮小と共に様変わりしていく。川崎駅西口側(幸区)の再開発における便宜供与からリクルート事件が発覚したのは1988年のことだが、流れは変わらず、撤退した工場の跡地には巨大なビルが次々と作られる。2006年に開業した前述の「ラゾーナ」の場所にも、もともとは東芝の工場が建っていた。公害の象徴だった臨海部(川崎区)の工場地帯が、近年、「工場萌え」というキーワードの下に観光地化していることも示唆的である。

ただし、2015年の一連の事件が明らかにしたのは、川崎南部において、近代化がもたらした問題は決して解決したわけではないということだ。在日コリアンが定着した後は東南アジアや南米からの流入者が増加したが、中一男子生徒殺害事件とそれに伴うヘイトデモは多文化共生の綻びを露呈させた。簡易宿泊所火災事件はかつて川崎の、ひいては日本の発展を支えた日雇い労働者たちの高齢化の問題を突き付けた。

 

もちろん、川崎南部における市民運動の歴史も受け継がれている。『ルポ 川崎』では、前述の故・李仁夏牧師が立ち上げたコミュニティセンター「ふれあい館」と、川崎に流れ着いた労働者たちが結成したアクティビスト集団C.R.A.C. 川崎が連帯、ヘイトデモに抗議運動を行った様子をレポートした。後日譚「アフター『ルポ 川崎』」(『新潮』2018年8月号掲載)では、簡易宿泊所火災事件の起こった日進町において、廃れ行くドヤ街を包摂した上での新しい街づくりを試みている人々に取材した。

サブカルチャーに目を向ければ、かつて、労働者の街としての川崎南部を体現していたのがロックバンドのキャロルだろう。広島市からスターになることを夢見て夜行列車で上京する途中で、「横浜」というアナウンスを聞き、敬愛していたTHE BEATLESの出身地である港町=リバプールを連想、途中下車した流れで川崎に住み始めた矢沢永吉。川崎の繁華街のキャバレーで働くシングルマザーに育てられ、新聞配達で貯めた金でギターを買った在日コリアン2世のジョニー大倉。1972年、そんな2人が川崎駅前の楽器店に貼ったメンバー募集の張り紙を通じて知り合い、結成したのがキャロルだ。

 

そして、貧困や多文化を出発点にしているという点では、『ルポ 川崎』で川崎アンダーグラウンドの案内人の役割を担ってくれたラップグループ、BAD HOPは後継者だろう。2012年にリーダーのT-Pablowがテレビ企画『高校生RAP選手権』で優勝したことをきっかけに不良の道を脱してスターへの道を歩き始め、この11月には初めての武道館公演を行う。矢沢永吉はワーキングクラスの若者達に「成りあがり」の夢を与えたが、キャロルや、「川崎のこの酷い環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢を作れたかな」(磯部涼『ルポ 川崎』)と自負するBAD HOPの活動もまた、川崎の市民運動の系譜に連なるものなのかもしれない。

あるいは、川崎駅周辺の再開発による南部のイメージの刷新は、川崎「南部」的なものを、「北部」的なものが侵犯していったのだとも言えるのではないか。例えば、川崎駅以上に北部化しているのが、南部とも中部とも括られる中原区の武蔵小杉駅周辺だろう。同地域も、もともとは工場地帯だったものの、武蔵小杉駅がターミナルとして発展していくにつれて周辺の再開発が活発になり、近年、新たなベッドタウンとして注目を集めるに至る。

2016年には「住みたい街ランキング」(SUMO調べ、関東編)で恵比寿、吉祥寺、横浜に次ぐ4位に入り、映画『シン・ゴジラ』ではゴジラが来襲、タワーマンション群を背景に攻撃を受けるシーンも話題となった。『ルポ 川崎』の営業担当者が武蔵小杉駅周辺の書店に売り込みに行った際には、「この辺はいわゆる川崎とは違うので」と、にべもなく断られたという。ただし、急激な人口増化によってここにも歪みが生じており、武蔵小杉駅における通勤、通学時の混雑状況は国内最悪とも言われる他、保育園不足により待機児童問題も起こりつつある。

多摩川河岸から武蔵小杉駅方面を望む
多摩川河岸から武蔵小杉駅方面を望む

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イベント情報

『NEWTOWN』
『NEWTOWN』

2018年11月10日(土)、11月11日(日)
会場:東京都 多摩センター デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ(旧 八王子市立三本松小学校)
時間:10:30~19:00(予定)

美術展:『SURVIBIA!!』(サバイビア!!)

校舎内を利用して、「郊外を、生き延びろ。」(Survive in Suburbia.)をテーマにした美術展を開催。「ノーザン・ソウル」+「サウスサイド」+「ロードサイド」からなる「郊外」を提示することを試みます。映画部屋で参加作家の作品も上映予定。

2018年11月10日(土)、11月11日(日)
時間:10:30~19:00
キュレーション:中島晴矢

『川崎ミッドソウルーーアフター「ルポ 川崎」』
細倉真弓
磯部涼

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プロフィール

磯部涼(いそべりょう)

ライター。主に日本のマイナー音楽、及びそれらと社会の関わりについてのテキストを執筆。単著に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版、2004年)、『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト、2011年)、『ルポ 川崎』(サイゾー、2017年)がある。その他、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(ele-king books/Pヴァイン、2014年)、大和田俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界」まで』(毎日新聞出版)、編者に『踊ってはいけない国、日本――風営法問題と過剰規制される社会』(河出書房新社、2012年)、『踊ってはいけない国で、踊り続けるために――風営法問題と社会の変え方』(河出書房新社、2013年)等。

細倉真弓(ほそくらまゆみ)

立命館大学文学部、および日本大学芸術学部写真学科卒業。東京近郊で撮影した自然と若者のヌードを組み合わせた初期作『KAZAN』が、繊細さと力強い感受性で都市を描き出し、独特なエロスと美しさをそなえた新しい東京の写真表現として国内外から注目を集める。2011年オランダ「Foam Magazine」の新人選抜号『Foam Talent 2011』に選抜される。2012年、台湾關渡美術館のレジデンシプログラムに参加。主な個展に『祝祭ーJubilee』(nomad nomad、香港、2017年)、『CYALIUM』(G/Pgallery、東京、2016年)、『クリスタル ラブ スターライト』(G/Pgallery、東京、2014年)、『Floaters』(G/Pgallery、東京、2013年)、『KAZAN』(G/Pgallery、東京、2011年)。二人展に『Homage to the Human Body』 (Galleri Grundstof、オーフス、デンマーク、2017年)、グループ展に『集美xアルル国際写真フェスティバル Tokyo Woman New Real New Fiction』(厦門、中国、2016年)、『Close to the Edge: New Photography from Japan』(MIYAKO YOSHINAGA、ニューヨーク、2016年)など。写真集に「KAZAN」(アートビートパブリッシャーズ、2011年)、「Floaters」(Waterfall、2014年)、「クリスタル ラブ スターライト」(TYCOON BOOKS、2014年)、「Transparency is the new mystery」(MACK、2016年)、「Jubilee」(アートビートパブリッシャーズ、2017年)。また磯部涼と共に手がけた月刊誌での連載「ルポ 川崎」が、サイゾーより単行本化された。

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