Decipit exemplar vitiis imitabile 作:エンシェント・ワン
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キーノは生まれつき
死者になんらかの作用が働き動き出す。その原理は未だ解明されていない。けれども確かに実在する。
生者が死んで死者として動き出す。一見、蘇生に近いがそうではない。
大抵は知性の乏しい
知性を得た
「キーノを生者として復活させるには信仰系の魔法が必要だ。しかし、俺は魔力系……。その中でも死霊術を極めている。
魔法で生み出した黒板に様々な魔法名を記しつつ教師役の
生徒役たる金髪赤目の『キーノ・ファスリス・インベルン』は真面目に教えられた言葉を紙に記す。
知識は力である、と。
「基本的に
魔力系のみならず信仰系の知識も持つサトル。
彼が話しているのは世に知られていない高度な位階魔法の詳細だ。
キーノの知識では第五位階より上は未知の塊。それが真実かは置いておくとしても――
サトルは本当に多彩な魔法を披露する。だからこそ説明にも嘘は感じられなかった。
「
「ギジ魔法は一般には扱えないってこと?」
「そうだな。さすがにクリーチャー特有の能力まで扱うことは無理だ。しかし、何らかの方法で
苦笑しながらサトルは言った。
彼は不可能な事だとは思っていない。しかし、出来たとしても代償が必要だとも言った。
確かに魔法の一部はデメリットと呼ばれる代償が必要となる。キーノもそれは疑わない。
楽して得られる能力など無いと信じている。
「聞いた話しでは……。
そして、自分達の地位を守りたいがために位階魔法を滅ぼそうとしている。いや、それを行使する全ての生き物を。
全滅されると命令する楽しみが無いから部下として側に置くことは許している。しかし、実際のところはサトルの想像でしかない。
この世界には何体かの
北方は何体かの
その他の
サトルの集めた情報には自らの進化の為に多くの生命を犠牲にしている者が居るとか。その中にはキーノの故郷も含まれていたのかもしれない。
国を丸ごと滅ぼせる
少なくとも彼は現地の住人と仲良くなりたい気持ちがある。力を得るためとはいえ国まで滅ぼそうだなどと大それた野望は持ち合わせていない。なにより、何も残らない事が許せない。
「味方がキーノ一人では心許ない。だから、俺も無茶なことはしないよ」
「たくさんの魔法を持つサトルでもやっぱり
「
場合によっては数万体の
今のサトルが苦も無く倒せそうな
一体だけならなんとか
(そもそも
「
「……その辺りは良く分からない。
悠久の時間を使う場合は確かに
いや、弱点のない種族は居ないか、とサトルは独り
魔導を極めようとするなら
子孫繁栄を望むのであれば生者。
中身はバリバリの生者である。働き盛りの青年――社会人だ。
好きな女の子と付き合いたい気持ちくらいある。いや、あった。
気持ち的にも高揚しないと平坦な気持ちに囚われて何にも興味を持てなくなる気がする。
だからこそ、というわけではないと思うが
蘇生に関して方法はあるが実践にまでは至らない。至れないが正確だが――
今のところ出来ないわけじゃない。
キーノが望めば――おそらく希望を叶えられる。だが、それは同時に別離を意味する。
彼女が蘇生できてもサトルは出来ない。
(共に歩むなら今の方がいい。……しかし、俺の願いを押し付けるわけにもいかない)
死人を見つける度に蘇生して回る――正義の味方――ような生き方が好きなプレイヤーには心当たりがある。けれども闇雲な救済は後々何かと響いてくるものだ。特に悪人はしつこいのが通説だ。そういうのはさっさと殺すに限る。
「前回、微妙な魔法ばかりで困惑しただろう。ああいうのは無理して覚えなくていいが……。実戦向きをいくつか改めて見せておこう」
「水の魔法でも凄いと思ったよ」
「ありがとう。……だが、あれは専門の
どんな魔法も適正
そういう補正があるからこそ誰もが上を目指せるし、切磋琢磨出来る。
(そもそも自分で全部の魔法を使おうとすればそれだけアイテムや
だからこそ新たな仲間を選定中である。しかし、それとて条件を満たさなければ受け入れたくない気持ちがある。
自分の背中を預けるに足るものはそこらのごろつきでは困るので。
「キーノが初期に持っている
魔法適正があれば必然的に取得できる初期
いきなり
一般的に知られているのは『
これらは下位
条件を満たせば無理にレベルを上げなくてもよい、ということもある。もちろん、そのシステム的なものを理解している必要がある。
個々人が取得している
一般的には情報の偽装は出来ない。しかし、サトルは――術者レベルが高いゆえに――偽装する方法を持ち得ているので騙すことが出来る。
この世界特有のマジックアイテムの存在はサトルも認知しているが、どういう方法で製作されているのか、詳しくは知りえていない。
一説には数百年の前に実在したという神だか英雄だかが広めたものと古代の遺跡から発掘されたものがある。
「……そうらしいね。それだと何か不都合があるの?」
「いいや。最初にしては恵まれているというか……。基本的にどの
サトルは例によって魔法によって黒板を出す。現地にも存在する『生活系』に類する魔法らしいが彼はこの系統についての知識は持っていない。
第零位階だと言われていたので、それだとばかり思っていたがそういうわけではなかったことが後で判明した。
現地の知識はどうにも正確性に欠く。それゆえに理解がとても難しい。
白いチョークにて文字を書くのだが、現地の言葉はキーノから教わった。
魔法には詳しいが現地の風俗には疎い。この辺りの差で自分は特別凄いわけではない、という事実が作れて――かえって――助かっている。
「
ただし、制限がある。
一定の価値基準までしか適応されない。ゆえに蘇生魔法の様な大金を必要とするものには意味をなさない。しかし、低位の魔法を扱う分にはキーノにとってとても有効に働く。
サトルは戦闘と生活に役立ちそうな低位の魔法をいくつか書き留める。その中でどれを取得るかは本人次第。
紙に書いた程度で魔法は発動しない。それ以前に魔法を簡単に扱える筈が無いのだが――
下地が出来ているのか、現地の人間は割合簡単に習得してしまう。
(サラリーマンが魔法を使えないように人間が簡単に魔法を扱えていたら……。俺の世界は混沌と化すだろうな)
鳥の鳴き声を聞きつつ天気の良い世界でキーノの掛け声を聞きながら――
のんびりと生活する今の状況を楽しむかのように。
モンスターが蔓延るこの世界は平和そうで血生臭い殺し合いがそこかしこで
今いる街もいつもでも平和であるという保証は無い。
聞いた噂では世界を支配しようと企む『
最強種のモンスターは――全てではないが――支配欲がある。特に
全てを手に入れようとしてもおかしくないほどに。
国を治める
(……平和だな……)
長閑な日常に聞こえるのは女の子の声。
声の大きさより魔法を使いたいという意思を示す。それ以外に近道は無い。
経験値を消費してより上位の魔法を行使する、という手法も無くは無いが鍛錬で命を削ってはいけない。
いくら
「先人たちが扱う魔法は様々な説明……、効果などを教わっているから出来る、と言える。これに対し、自分で魔法を創作する場合はそれらの知識を積み重ねていかなければならない。一朝一夕にはいかないが、無理も良くない」
「はい」
汗をかかないとしても精神的な疲れは感じている筈だ。
キーノは努力家であり、素直で良い子だ。共に旅をしていても負の感情が見えない。
自分を
サトルとて嫌な相手に嫌がらせや仕返しはする。だが、本当の殺し合いまでに発展することは今までなかった。――あってはいけない世界だったけれど。
異世界に居る今はどうなのか。
あまり波風立てたいとは思っていないので自然に任せたいところだった。
「攻撃以外にも防衛魔法。探索系。
低位の魔法とありふれた攻撃魔法を中心に学んでいたが、キーノが本当に覚えたい魔法も大事である。
今はどういう傾向が得意か分からないかもしれない。その辺りは柔軟に変化を付ければいいかとサトルは考えていた。
時間はたくさんある。場合によれば――物騒な手段も取れる。キーノの為ならば鬼にもなれる。ただ、彼女は
「ちなみに俺の系統はオススメ出来ないぞ」
「……駄目、なの?」
上目づかいで弱々しく言うキーノ。男殺しの目だ、とサトルは戦慄する。
性欲が抑制されているとはいえ、ある程度の感覚は持っている。
大人しくて可愛い女の子なら尚更破壊力抜群の仕草だ。
それを抜きにしても彼女は確かに可愛い。人生に絶望したような狂気的で凶暴な女の顔は見たことが無い。似たような顔は他では結構見てきたのだが。
(背も低いし、妹キャラなんだよな。というか俺の背も高いよな。……一旦生者になってもらって成長させ、それからまた死んでもらうのはアリかな?)
都合の良い即死魔法をいくつか習得しているので。
下らない考えだが、食らう相手にとってみればとんでもない事だ。
「……そろそろ一休みしたらどうだ? いくら疲労無効と言ってもそれは肉体的な問題であって精神は別だろうに」
「忘れないうちに出来るだけの事は学びたいから」
自分とは違いキーノは未来ある若者だ。様々な事を吸収できる。それに反してサトルは特別な条件が無ければ成長はしない。ほぼ頂点を極めた存在だ。
今以上の発展はここしばらく無かったが、変わりに成長してくれそうな弟子が出来たようで退屈しなくて済んでいる。
彼女の存在はサトルにとっても心の癒しだ。
(そういや、建物も魔法で創れるけど……。細かい部分まで把握しているわけじゃないんだよな。なんというか自動的? あれ、どうなってんだろう)
楽して魔法が使えるサトル。現地民の大変さが理解出来ない。
もし、同じシステムが使えるならばもっとたくさんの魔法を扱えるかもしれない。
けれども、ここはゲームじゃないから何らかの不具合がいずれは起きるかもしれない。その危惧こそが世界を破滅へと導く存在ではないか。
恐れるものがあるからこそサトルは完全に怠惰な生活を送らなくて済んでいる。
もし――世の中に流されるような生き方をするようになれば――
元の世界の記憶もいずれは薄く、そして消えていく。
(……平和であれば嫌な記憶や大事な記憶も無くしていきそうだ。特に仲間達の思い出はもはや
仮定の話しではあるが――過去に囚われているばかりだと精神的に辛くなることがある。
帰ったところで幸せが待っているわけではないから。
特に自分の様な天涯孤独の人間は――
サトルの心に去来するのは虚しさだけだ。
(娘育成ゲームを好きなだけできると思えば……。案外、ここも悪くは無い。気を付けていけば寿命を心配する必要も無いし。何よりここは……おっと……。勉強を頑張っているキーノに何かしなければ)
ゲームの例えは言葉の綾だが、サトルの中では様々な決断が迫られていた。
悠久を生きる
精神的な負荷に対する完全耐性のように。だが、それは無理矢理生かし続ける拷問に匹敵する。
仲間が居た時代が良かったと言えば確かにそうだと言い切れる。しかし、そんな彼らにも生活がある。自分の都合を押し付けるわけにはいかない。
彼らは自分の思い通りになる人形ではないのだから。
だからこそ――
(この奇跡を共有したいだなどと言うのは我がままだ。……運よく彼らも転移している事を願っているけれど……。あ、でも……。歴史から考えて同じ時間に来ていると思うのは早計か……)
その理由はゲームの仕様だった位階魔法が数百年前から存在している事だ。
何らかの事情で多くのプレイヤーが違った時代に転移して様々な事を伝えている、と言う仮説を立てると――
これから先にも誰かが転移してきて様々な冒険が始まる。その中には引退していない仲間、または自分の知りえない場所で遊んでいた仲間が居ないとも言い切れない。
可能性としてはありえないかもしれない。彼らの多くはゲームから去ったのは事実だから。
(……いや、この考えはやめようと誓ったじゃないか。俺の手元には使い道不明の『ギルド武器』とユグドラシルのアイテムがいくつかと……。自身のステータスしか無い)
拠点を失った哀れなプレイヤーが一人だけだ。
そんなことを今更考えるのは――これらと決別しようと思っているからか。
確かにいつかは過去と別れを告げなければならない。
(俺はこの世界でいつまでも冒険がしたい。けれども仲間達なら……、元の世界に戻りたいと願うだろう。彼らは糞みたいな世界でも故郷だと信じて疑わないのだから。……一応、俺もだけど。だけど、それでも俺は彼らほど愛着は無い。会社なんか行きたくない。働いても辛いだけだ)
なにせブラック企業の様な――
いや、そりよりは幾分かマシだとしても幸せは無い。あるわけがない。
「ここには運営から指図される事もサービスが終わる事も無い。……アップデートが無いのが痛いくらいだ」
声に出すと気分的にすっきりする。
あと、何らかの意見が通り世界が何かアップデートに似た現象でも起こしてくれるのでは、と少しは思っている。
「……えーと。この辺りがいいか」
雑木林の近くに移動したサトル。周りから見られる事を想定し、土壁をいくつか創造する。
(上からも覗けないように。後始末のし易さからこういう時は魔法って便利だなと思う)
なにせ道具が殆ど必要ない。
通常であれば
魔法によって作った囲いはお世辞にも良い出来ではないけれど、簡易的なものとしては充分だと判断する。
高さ三メートル。横幅は一〇メートルほど。内部に柱を数本立てて天井を支えているだけの建物はサトルお手製の『風呂』である。
光源も魔法。残りは浴槽だが――簡易的に穴を掘る程度。
「仲間だったら……。もっと豪華絢爛に出来るんだけど」
(大理石建築の豪華な奴とか。そこまで派手だとかえって目立つか……)
使うのは彼女だ。あまり目立たせてしまうと覗き対策に追われてしまう。
ずっと監視するのも精神的にキツイので地味目を心がけた。
幻影による偽装だと入る前にキーノが見失ってしまう。後からかけるとしても外で待機するサトルが目立つ。じゃあ隠れればいいのか、というと悪い事をしているような気分になる。
――という堂々巡りに思考が陥ってしまう。だから、隠蔽せずに普通に佇むことにした。
「……えっと次は……。あまり深くなく、けれども広めの浴槽っと……。〈
魔法の効果によって行使する順番を間違えると無駄打ちになる。
例えば先に魔法を反射する魔法を自分に使った後、
重がけ出来ない魔法もその一つだ。
サトルが使用した魔法は地面を掘るものではなく異次元の穴であった。効果が無くなれば消える。
泉も同様に。
壁に当たる部分は石材になっている。穴が消えると中に居る者は自然と上に上がるので次元の狭間に引っかかったりはしない。
双方第二位階の魔法だ。それほど危険があるわけではない。
問題は落とし穴の魔法だから落下ダメージがあるかどうか、だ。あったとしても軽症の筈だし、痛みに耐性のある
「キーノ。水風呂の用意が出来た。だいたい一時間くらいは持つと思うが入ってくれ。温かい方がいいなら温めるけど」
「ありがとう」
彼女が来る間、お風呂道具や着替えの用意を整える。
外での活動も幾分か慣れてきたとはいえ彼女は随分とサトルに心を許している。そのせいか、人の目につかない今の状況だと平然と裸になる。
この辺りの風俗では水浴びは普通の事だし、貧民街では恥ずかしいなどという羞恥は無いに等しい。
キーノも彼に会う前は一人で廃墟を徘徊していた。
(小さな女の子の裸くらいで騒ぐのは俺くらい、というのが納得できないが……。現地の人間にはありふれた光景だとか。実に羨ましい。……しかし、人に見られて困るほどの美貌を持っているわけではない、という意味だとすれば納得できてしまうから困る)
最初は確かに慌てたが今は多少、顔を逸らす程度で済んでいる。
元々、羞恥の精神は抑制されるのでガン見しても平気なのだが――
それでも色白で美しい少女の素肌は直視するのに躊躇いを覚える。
(自分の妹や娘だと思えば……、周りからは父親とか思われてもおかしくはないよな。偽装に黒髪の男性を使っているからキーノより俺の方が目立っているみたいだけど)
本当なら親子らしく一緒に入ればいいのだが、白骨の死体と戯れる美少女という絵面を想像して遠慮しがちになっている。
身体にタオルを巻いてくれれば頭くらいは洗える。
(いつも一人で入浴させているから寂しいのかな、と思ったりしたけど)
ザブーンという景気の良い音が聞こえた。
水はしばらく噴出し続けるので飛び込み程度は問題ない。溢れようが構わない。それと心臓麻痺についても心配は無い。
元より心臓は止まっているし、呼吸も必要としない。凍死すら起きないので脳機能の低下も低体温症も。窒息に溺死も。あと、低地だから関係ないけれど高山病も酸素欠乏症も。
風呂の水が聖水や溶岩でもない限りは何も――
さすがに下水での水浴びはサトルの良心に大打撃だ。これは『邪水』というものだと自分達側にとっては意外と有益に働く恐れがあるから。絵面的には酷いのだが。
血液を浴びてパワーアップするキーノより清潔感のある少女がサトルには好ましい。
(今度、お金を稼いだら浴槽に浮かべる小物でも買おうかな)
水と戯れる少女を影から守りながらサトルはぼんやりと思った。
これが幸せな生活という奴なのかな、と。
〈
位階:魔力系第二位階
備考:指定した地面に黒い穴を創る。
位階:魔力系第二位階
備考:湧き水を創る。