オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
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でも私はマッタリ作品が好きなので、この作品もそうなると思います。
(ミストフォームが使える巨人。と、いったところか?)
人型のような形の白い塊が右手を大きく振りかぶった姿を見下ろし、山頂のさらに上空――漆黒の夜空から観察を始める。それと同時に投石、もとい視界を覆うほどの大岩が飛んできた。だが瞬時に発動した
散り落ちる破片を一瞥した後、改めて観察を始める。それは既に変化を終えていた。肌の色は人間で言えば病的に青白く、髪や髭は周囲の雪と同化してしまうほど白い。その髪と髭が顔を覆っており表情を伺うことはできないが大きさは十メートル程だろうか、ユグドラシルの巨大ボスと比べればやや貧弱に見えた。
続く飛んできた大岩を今度は右手で殴りつけてみる。思った通り右手に痛みを覚えることもなく、逆に岩の方が二つに割れ地表に落下していった。
(ひょっとして、攻撃方法はこれだけなのか? だとしたら拍子抜けなんだけど……)
髪越しの視線を此方に向けたまま、硬直していると思われる巨人を見つめる。第三者が見れば睨み合いをしているように見えるが、実際は違う。少なくとも空を漂う少女は相手を観察するように瞳を輝かせていた。
「ウ、ウボオオオオオオオオオオオオオ!!」
突如巨人の体が動く。両手を握りしめ空に向かって咆哮を吠えた口から徐々に消え霧状に変化していく。(随分と変化が遅いな)モモンガの主観ではあったがユグドラシルにおけるミストフォームは初心者が使っても瞬時に変化が可能であった。無論使用するタイミングと熟練度がある上級者との壁はあるが、巨人が使うミストフォームによる変化はあまりにも――
「本当に遅い……」
思わず独り言ちてしまう。相手が思ったより弱い事に安堵する以上に、この辺りではかなり強い存在だと思っていた敵対者に対する失望感がやや上回ってしまう。思えば夢のような自然の中で『山頂』という存在に夢を抱きすぎたのかもしれない。リアルなのだから強者や特別な存在がそんな分かりやすい場所にいるとは限らないのだ。これは早々にこの敵対者を倒してしまい、他の知的生物を探した方が得策と考えを切り替える。
モモンガが頭の中で方針転換している間に、ゆっくりとした動きでミスト状態と化した巨人が目の前まで飛んできた。無論考えながらもそれを見逃したモモンガは、ひとまず最後まで観察する事にする。
(何をしてくれるのかなぁ)
途端に目の前の霧が濃くなり雲のように変化した中から再び拳が飛び出してきた。
その攻撃に落胆の色を隠せなくなったモモンガの瞳は
興味を失ったように輝きを失う。同時に相手の拳をその小さな手で受け止める。傍から見れば空に浮かんだ可憐な少女が雲から生えた巨大な拳を片手で受け止めている、奇妙な光景だろう。
「よ! っと」
モモンガはわずかに気合の声を出すとともに、受け止めている右手に少しだけ力を入れ上にあげる。途端に相手の拳が生やしている雲ごと何の抵抗もなく頭上に移動した。相手の動揺が拳を通して伝わるが、最早作業モードと化していたモモンガは何の反応も示さない。そのまま大きく振りかぶる。
闇夜に輝く銀髪とヒラヒラ舞うボールガウンのスカート、反らした胸からはおおきな膨らみがふるふると揺れた。月光の下で描くその体は見る人が見れば芸術的な美しさに見えただろう。右手から上を見なければという注釈はつくが。
本人はそんなことを全く考えず、目的地へ向かう途中に出会ってしまった面倒な雑魚モンスターを相手するかの如く、淡々と投石のお返しと言わんばかりに山頂へ雲と拳を投げ捨てた。
周囲の山脈を震わすような轟音が闇夜に響き渡る。同時に雲の代わりに大量の土煙が山頂周囲を覆った。
倒したかと思ったがセンス・エネミーによる敵の反応は変わらず山頂を示しており、とどめをさす手間が増えた事に一瞬不満を覚えたが、昼間に使えなかった上位魔法を実験がてら使えばいい、と前向きに切り替えることにした。
「せっかく真っ暗なんだし、見た目も派手な魔法を使ってみようか」
機嫌をなおし、今後のためにも実験すべき魔法を思い浮かべる。
(
時間を掛けず瞬時に決定を下したモモンガは両手を広げそのまま行使する。
「よし決めた、〈
途端に闇と月光に染まった山脈を紅い光が覆う。無事行使できた事を確認できたモモンガはそのまま結果を表す頭上を見上げ同時に、予期せぬ結果に瞳を見開くことになった。
「え? あれ?」
モモンガの使った第十位階魔法〈
周囲の環境は違うがユグドラシルでも見慣れた熱せられた巨大な光が地上に落下していく様は飛んでいるモモンガには見慣れた物として確認できた。――だが
「数が多すぎる、ってまさか!」
頭上を覆う闇夜を切り裂く光、それは一つに留まらず視界に収めただけでも数十の紅い光の源が山頂へ向かって落下していく。止めることもできたが、目指す目標に問題がない事を確認し今までの実験結果を思い出していた。
昼間に確認した数々の魔法も全てではないが、同じように威力の上がっている物もあった。それと同じ効果がこの〈
(低位の攻撃魔法ではあまり実感はなかったんだけど、これは……)
空気を震わせながら様々な形をした隕石が土煙に覆われた山頂へ落下する様を、一応の退避のため上昇しながら見下ろす。「いつか試さなきゃいけないことだし」と、自分を納得させる。なによりギルドメンバー数人と魔法をかけ合わせなければ不可能なこの雨のような
(でもこれは反則だよなぁ)
意図せず不正行為をしてしまったような落胆する独り言とともに、周囲を地震と巨大な爆発音が包んだ。
「……山がなくなっちゃったよ」
衝撃がおさまった後、すぐさま確認のため土砂と土煙を魔法で吹き飛ばす。
その魔法の威力にも少し驚いた後、改めて山頂があった場所を見降ろした。
山頂であった面影は見る影もなく山はほぼ全て削られてしまっていた。
積もっていた雪はもちろん、山のあった辺り一帯は地表がむき出しになっており、その周囲の山脈も岩肌が露出していた。近くの削り取られた山はもちろん、離れた場所でも現在進行形で地震による雪崩が起こっている。
「十位階魔法でもとんでもない威力だな、気を付けて使わないと」
いくら敵を倒したといっても、この世界の自然を無くしてしまうのはモモンガとしても本意ではない。
(もし超位階魔法まで威力が上がっていたら)
思わず身震いしてしまう、同時に「使うにしても時と場所を考えないとな」と自らの中で結論を出した。もちろん自分の命あってこそなので、危機になれば躊躇はしないが。
同時に敵対した巨人についても考える。装備は貧弱な服のみ、攻撃方法も原始的で全く相手にならなかった。他にもあった可能性はあるがあの様子では期待できない。
(一先ず、脅威となる強者ではなかったか)
念には念を入れ考えていた逃走方法も使用することがなかったためか、軽い落胆と安堵を僅かに感じつつ、考察と今後の作業確認を頭の中で整理する。だがその途中で最初に考えていた、この地での基本対応で重要な事を忘れている事に気づいた。
「あ、……しまった。意思疎通ができるか確認するのを忘れてた」
♦
「ヘジンマール何かわかったかしら?」
「母上ですか? い~え、全くです」
「そう。まぁあれだけの情報ではね」
元ドワーフの王城に巨体のドラゴン特有の野太い声が響く。王城の外周に位置する部屋で、自らの巨体と天秤で相対できるほどの大量の本を相手に、自らの母たるキーリストランから頼まれた調べものを続ける。
だが提供された手掛かり自体が断片的すぎるため、ハッキリとした現象や人物をドワーフが古くから蓄えた書物からは発見できずにいた。
――昨夜、山脈上空に現れた羽の生えた黒い人型
――そして、山をも吹き飛ばす空からの炎の魔法
「無難に考えれば吸血鬼か、それに近い種族が恐ろしい魔法を使ったとなりますが」
「そうね、問題はそんな魔法が本当に存在するのかね」
「それこそ神話の話になってしまいますが……」
そういった物語の中に該当する話は存在する、だがお父上たる霜の竜の王が求める話はそういった話ではなく、明確な対策を含んだ結果を知らせなければならない。
正直もう自分がデタラメな本を書いて持っていけば早いかもしれないが、今回はアゼルリシア山脈全体のパワーバランスに関わる。そこには末端とは言えヘジンマールの命も関わっている。あまり自信はなかったが自らの知識が役に立つかもしれず、ヘジンマールはひそかに張り切っていた――
「兄上達は戻りましたか?」
「えぇ日の沈む方角の一番高い山、あなたは知らないでしょうけど巨人の住処の一つが消えていたそうよ」
「では、本当に山の中に住んでいた霧の巨人は全て?」
「山脈の一部が削り取られていたのよ、それに比べれば小さい巨人なんてね」
「……」
「オラサーダルクもあの調子だし、もう逃げようかしら」
同意だった。あの地響きがあった明け方に帰ってきた
扉の前では震えていると思われる振動が響いてくるらしい。その話を母から聞いた時、ヘジンマールは何とも言えない微妙な気持ちになった。
「では急いだほうがいいのでは? ここも安全ではないかもしれませんし」
「そうだけどね、逃げた先が安全かもわからないし。
子供にはわからないでしょうけど新しく住処を探すのも大変なのよ」
「確かにそうですけど……」
「それに私たちドラゴンが相手にならないくらい恐ろしい怪物だった場合でも、やりようはあるのよ」
「え?」
「一つだけ条件が整えばね、その時は中身が詰まったあなたが一番役に立つかもしれないわね」
「えぇ!?」
自分が?とヘジンマールは思わず自らの出っ張った腹を見下ろす。
(ま、まさか生贄なんじゃ……)相手のご機嫌伺いに子供を差し出す。本の中の物語では決して珍しくない展開だ。
相手がドラゴンを食べる場合なら万々歳、そうでなくてもドラゴンの素材は貴重であり、その価値がわかるものであれば死体一つでも喜ばれるかもしれない。腹の肉をみじん切りにされる自らの姿を想像してしまい、思わず手にした本が震える。
「ヘジンマール? なにか勘違いしてない?」
「は? い、生贄ではないのですか?」
「……なるほど、それもあったわね」
「……」
安堵を求めたため余計な事を言ってしまった、自らの口の軽さには大いに反省を諭すべきだろう。だが生贄路線を回避するためにも、確認しなければならないことがある。見上げる位置にいるであろう母親には、誰も犠牲にならずに済む妙案があるらしい。百年以上生きてきて今更母親に甘えるわけではないが、命に比べれば些細なプライドなど気にせず素直に尋ねることにした。
「あ~、それで母上の一つ条件が整えば生き残れる手段というのは?」
「ムンウィニアと私たちが敵だったのは、あなたも覚えているでしょう?」
「はい、よく覚えていますよ。……身をもって」
「そうよね。最初は周りに噛みついてばかりだったし」
自らの母親とは別の父の妃、ムンウィニアは敗北して半ば無理矢理妃とされたのだ。今ではほぼ角は取れたが最初の頃は特に、母親間の関係は最悪と言っていいものだった。
ヘジンマールも実害こそなかったが、目線が合うたび冷気のブレスもかくやという悪寒が走る視線を頂くのは、心労の溜まる日々であった。
「話が通じれば、配下にして貰うと。そういうことですか?」
「そうね。ムンウィニアと違うのは、無理矢理じゃなくて進んでなることくらいね」
「話が通じない場合、確認できた瞬間山ごと殺されるかもしれませんよ」
「えぇ、だからその確認は私がするわ。あなたはいつでも逃げれる準備をしていなさい」
「え? ……母上?」
会話をしながらも本に走らせていた目を止めてしばし動きを止める。今自分は母親に何を言われたのか? 理解できなかった。血が繋がった母親であるせいかヘジンマールが身内から浴びていた嘲笑の視線とは違う態度でいてくれた母。
だがそれは本の物語にあるような暖かな優しい母親というものではなく、悪く言えば無関心、よく言えば放任主義に類するものだった。
ヘジンマールが知識にのめり込むようになればその関係も顕著になり、こうして部屋を訪ねて来る日も徐々に少なくなっていった。
たまに部屋に来た日はアゼルリシア山脈にいる魔物の確認や鉱石など知識が目的でヘジンマール自身に用件があったことはほとんどなかった。それはそれで知識の価値が確認できてヘジンマールは満足だったが。
突然の事で鈍くなった思考が動き出し本から視線を移せば、既に母親の姿は扉の向こうだった。
「は、母上?」
「あなたは一応兄なんだから、せめて弟達に安全に逃げる方法や方角を教えておきなさい」
「わ、わかりました」
「上手くすれば強大な力の庇護下に入れるかもしれないのだから、悪い賭けじゃないはずよ」
「……」
扉のさらに先へ消える母親の気配を見送りつつヘジンマールはドワーフの本に書かれていたある一節を思い出していた。――曰く
『剣に対する父の愛に匹敵するものはないが、子に対する母親の愛に匹敵するものも、この世にない。』
「ドワーフだけかと思っていたけど、ドラゴンにも当てはまるのか……」
種族としてのドラゴンは本来、肉親間の愛情はかなり薄い。
孤高の存在であるはずのドラゴンの集団を作った父のように、あの母に関してはそれは例外なのかもしれない。
♦
「ぜぇ…はぁ…くっ…っそ!」
山中の地下空間から抜け出るため、全力で地上への上り坂を駆ける。地上の光が僅かにだが届き始めていた、――あの光に届けば自分は助かる。しかし悲しい事にドワーフの種族ゆえの身体的特徴のため、追っ手を振り切ることは未だできていない。
既に後方の甲高い金属を打ち合うような音は消え、薄暗い地底には自らの息遣いと駆ける足音、後方から迫る二体とおぼしきクアゴアの足音の気配しか感じられなかった。
「くっそ…マント、さえ、あれば!」
ただ運が悪かった。交換条件付きではあったが調査団に組み込まれたことも、その調査団が地上を目指してる途中で突然クアゴアの一団に出くわしたことも、さらにはその際不可視化のマントを落としてしまった事が一番の痛恨だった。
(だが、もう少しじゃ!)
奇襲だったことに加え、敵の数が多すぎた。そのため自分も含めた味方は地下洞窟という空間の許す限り四方へ分散して逃げ出した。同胞の中でも戦う力量のない自分は最初から最後まで一切の憂いもなく逃げの一手だった。そのためここまでなんとか走ってこれたのだ。
途中でマントがない事には焦ったが、奴らクアゴアは地上に出れば盲目となり、ろくな追跡など出来ないだろう。地上まで行けば助かる。父のルーン技術を残すまで自分は死ねない――
「はぁ……はぁ、っは!?」
だが突然体が前に進まなくなった、それどころか左肩に痛みを感じたと思った途端に後方へ吹き飛ばされる。凄まじい速度だった。
自分が走ってきていた地下洞窟の天井と後方、床の順番で視界の映像がゆっくりと流れ
最後に肩をつかんで自分を投げ飛ばしたと思われる青色のクアゴアが見えた。
――自分は、飛んでいるのか――
「っぐぁ! っつ!!」
認識できた途端に背中をしたたかに打ち付ける。同時に体内の空気が口から出そうになるのをなんとか耐える。前方は塞がれた、ならば走ってきた後ろに転げ落ちるように逃げればいい。考えてる暇はなかった。
「ふう、ったく! ノロマなドワーフごときが手間かけさせやがって!」
「があっ!」
起き上がろうとした途端に激痛が走り、叫び声を上げてしまう。視界の隅には自分の体へ足を乗せている別のクアゴアが映った。どうやら痛みの原因は腹を踏まれたことらしい。
(くそっ! もう駄目じゃ!)
既に気力だけで走っていた状態で足を止められてしまい、さらには動きも止められた。後ろを振り返らず必死に走っていたため、まさか青の上位種が追ってきていると思わなかった。心が折れかけたところに極度の疲労と与えられた痛みが、残った意識を削り取る。
目の前の認識できた材料に、良いものがなにもなかった。
クアゴアの二匹はゴンドを奴隷にして連れていく手筈を確認していた、殺されはしないのかもしれない。だがクアゴアの奴隷になった同族が逃げられた話は聞いたこともない。
自分の人生はここまでかと薄れる意識とともに諦めかけていた時――
「あの~、こんにちは」
場違いな台詞で、聞きなれない女の声が暗闇の空間に響きわたった。