<金口木舌>引き離される悲しみ

 本島北部の国管理のダムで越流が起きた。貯水率が100%になりあふれ出した。「醤油使い(しょうゆじけー)」が督励される天水。ためておきたいがこればかりは仕方ない

▼「あふれ出る」と言えば人の気持ちもそう。感情がつい表に出てしまったときは「こぼれる」の表現も使う。「こぼれる笑み」や「涙をこぼした」という具合。涙には「せきを切る」の形容もある
▼「涙」や「号泣」のキーワードで思い出す随筆がある。向田邦子さんが妹の学童疎開を書いた「字のないはがき」である。はしゃいで出発した小1は、2カ月過ぎるとやせ細り、伏せっていた。連れ戻された妹の肩を抱き、父は声を上げて泣いた
▼75年前の6月、サイパンの戦いは劣勢だった。沖縄への米軍侵攻が現実味を帯び、7月には疎開の呼び掛けが始まる。中城村教育委員会による「中城の学童疎開展」が開幕した。熊本での2年間の生活を振り返る
▼13歳だった女性の証言がある。出発の時、母親に肩を抱かれた。「一緒に行けなくてごめん」の意味だと感じた。ひもじさと寂しさに耐えて戻って来ると、母は戦火の犠牲になっていた
▼疎開には口減らしと将来の戦力温存の狙いもあった。肉親と離れ離れになった悲しみが伝わってくる。家族との安心な日常があって子どもの笑みはあふれ出る。国家の過ちのせいで明るい表情が奪われることは二度とあってはならない。