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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

空洞虚空

ビリリリリリ!! とベッドに置かれたアラームが金属質な音で、無慈悲にも俺を夢の世界から引きずり起こす。 やかましく鳴り響くアラームを止め、時刻を確認するともう午前時だった。 東側に設えられた窓からは、朝の眩しい陽光が差し込んできており、俺は思わず、目を細める。 昨日は、早めに床に就いたはずなのだが、なぜか全く眠れた気がせず、すさまじい倦怠感が体を覆っている。 なにか、悪い夢でも見ていたかのような気もするが、その内容を全く思い出すことが出来なかった。 部屋を出、螺旋階段を下り、リビングに着くと、理想が室内に設置された大型テレビから、無遠慮に吐き出されるニュースに釘付けになっている。 天下と進、早希は、もう出かけたのだろうか。 <周木律(245歳)による超能力を使った大規模テロ事件>  事件は、東京都内池袋のシャンシャインタワーにて、正午12時頃に行われた模様。 犯行は、宗教的テロリスト集団<天使還し>によるものとされており、本犯行の主犯と思われる国際指名手配中の天使還しの現リーダー・周木律は、 『以前にまして前世の記憶のイメージが鮮明になってきた。この世界の現状は、やがて大いなる厄災をもたらす。だから、私は、人間の魂を天界へと、本来あるべき場所へと還すのだ。諸君らも、天界に帰還したとき、私のこの言葉の意味のすべてを理解することができるだろう。人間、いやかつての同胞たる天使たちよ。天界にて悪魔が5000兆年の眠りから目覚めたんだ』 と犯行前にSNS上で述べていたことが明らかになっています。 今回のテロ事件で死者、行方不明者ともに、5000名以上に上り、周木律容疑者ら天使還しの実行グループの行方は、未だ知れません。   俺は、そのニュースを聞き終えると、大きく伸びをし、これは、遠いどこかの世界で起こった出来事であり他人事だと思いこもうとした。 何かに逃げるようにテレビの電源を電線から引き抜いた。逃げても何の解決にもならないことは理性では解っている。 これは決して他人事なんかじゃないから。 <天使還し>と周木律は、俺の中の深いところに錨を下している。 その錨は、とても重くて、大きい。 俺はここから、逃げ出すことはできない。 かつてこの大成寮でともに暮らしたのも、そして高橋花音を殺害したのも今、テレビ画面で写っていた周木律だ。 でも、今は、他人事とでも思わなければ、平静を保てそうになかった。 同じ、ひとりの人間の脳の中の出来事であっても、理性と感情を完全に分離することはできない。 それは、脳が、自己の生存のために生み出した防衛本能みたいなものだろう。 「また、<天使還し>によるテロ事件かよ。本当、物騒な世の中だよな。今年に入って、何件目だよ?」 俺は、努めて意識的に他人事みたいにそう言った。理想(いであ)が短く、息を吐く。 「国内だけで100件くらいは、起きてるのかな?」 彼女も俺の心情を慮ってくれたらしく、彼女もあくまでも他人事みたいに言った。 「まるで世界を滅ぼす悪魔さんだね」 「それで<天使還し>なのかよ。<悪魔堕ち>に名称変更するべきだぜ」 俺たちは、顔を見合わせ、思わず吹き出してしまう。 いや、そんなふりをして見せた。空しい笑い声が室内に響く。 「でも、事件前の犯行声明がなんとも不気味だと思わない?この前に横浜でテロを起こした同じ<天使還し>の犯人、えーと名前忘れちゃったけど」 「山田宗樹じゃね?」 「あーそう。そんな名前。その人も、同じような事言ってたよね。前世の記憶がどうとやら……」 「そいつも、同じ宗教結社天使還しだからさ。そのグループでそうゆう<設定>があるんだよ。きっと。本当、200歳過ぎの、いい歳した大人が、天使還しなんて中二じみた軍団作ってさ、みんな揃ってそんな中二病じみた事を言ってテロを起こすんだから、この世界もお終いだよな」 「でも、もし、本当に前世の記憶を思い出してたら……?」 手塚治虫の孫にして、ノーベル物理学賞の想像力(そうぞうちから)の娘であり、今年で150歳にして現役の女子高生である想像理想(イデア)はブロンズ色の真剣な眼差しで俺をじっと見つめた。 その瞳の眼差しからイデアは天使還しのテロリストについて何か知っているのだろうか?と本能的・直感的に思ったが、それは口には出さなかった。 「前世なんてあるわけないだろ?そんなんが、あるのならとっくに証明されているはずだ。ま、大方、あんまりにも、長く生きすぎたっちゃんで頭がおかしくなったんじゃないの?200歳か。俺には、想像もつかないほど長く生きているんだからさ」 「アタシももうすぐ200歳なんだけどなぁ……まあJKなんだけど」   しかし、不老不死が実現した社会で、長く生き過ぎた人間がその身に余る超能力を駆使してこの世界を内側から壊そうとする。 それは、なんというか大昔の不老不死をテーマにしたコミックの設定にありがちだなと思った。   

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