オーバーロード シャルティアになったモモンガ様の建国記 作:ほとばしるメロン果汁
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リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国を縦に分けるアゼルリシア山脈、その遥か南方に王国に属する城塞都市エ・ランテル。
三重の堅牢な城壁に守られた城塞都市内部に心がひび割れた少年がいた。
都市中央にやや近い薬師の区画、バレアレ薬品店。その扉の前に佇み開けるのを少し躊躇する男、銀級冒険者チーム『漆黒の剣』のリーダーペテル・モークは一人考え込んでいた。
店に大勢で押し掛けるのも憚られるためリーダーである自分一人で来たが、いざ入るとなると少し考えてしまう。こんなことなら温和なダインだけでも同行してもらえばよかったと今更ながら後悔していた。
先日、周辺の村落が帝国兵に襲撃されたという不穏な噂がエ・ランテル全体に流布した。
その噂に慌てて冒険者組合に駆け込んできた少年『ンフィーレア・バレアレ』。彼から護衛を依頼され、その日のうちにカルネ村へ同行することとになった。
その理由が想い人の安否の確認であると聞き、会ったばかりとはいえ相手の少女の安否を願ったが、全てが無駄に終わってしまった。
焼け焦げた村を目にした瞬間走り出した依頼主を慌てて追いかけ、その流れのままエンリ・エモットの捜索を開始。そして村から森へ向かう入り口で少女の遺体は見つかった。
森の中へ逃げようとしたのだろう、危険な行為だがそうでもしないと逃げられない追い詰められた状況だったのは想像ができた。そして傍らの幼い少女――おそらく妹を庇ったのだろう、折り重なるように倒れた遺体を見れば胸が痛んだ。
そして、汚れることも構わず遺体を抱きしめる少年の姿にも。
「どうしたものか……」
つい先日の苦い記憶を思い出し、思わず独り言が漏れる。他人事と言えばそうなのだが、あんな姿を見ては放っておけない。だが既に都市に駐留している兵士には報告を終えており、自分もそして漆黒の剣もこの件でなにか出来るとは思えない。とりあえず様子見だけでも、と意を決して店の中に入ることにした。
「悪いね、見舞いなんて」
「いえ、あんな姿見たら他人事とは思えなくて」
「そうかもしれないけどね、あんたにもあたしにもできる事はあまりないと思うよ」
階段を見つめ、おそらく本人が閉じこもっている部屋を思いながら気のない返事を返す老婆。ンフィーレアを送り届けた際に知り合ったエ・ランテル最高の薬師リイジー・バレアレ。その表情はどこか達観したようなもしくは楽観しているような表情をしていた。
「あの…心配していないんですか?」
「ん?なんだい藪から棒に。心配しているに決まっているだろう」
「いえ、微笑んでいるように見えたので」
「別にそういうわけじゃないさ、この世の中じゃ珍しい事じゃない。それにアレはあたしの孫だよ、大丈夫さね」
今度は力強い微笑みと共に返事をされてしまう。知り合ったばかりで、そこまでの信頼を
ンフィーレアに持っていないペテルとしては、逆に心配の方が勝るのだが。
「ただまぁ時間はかかるだろうね、逆に言えば時間が解決してくれるさ」
「そうですね……」
確かに心の傷を癒すには時間が掛かるものだ。姉を助けるためにかつて荒れてたらしいニニャも、今では優秀な頭脳としてチームに貢献してくれている。なにか切っ掛けさえあれば時間をかけずに立ち直ってくれるかもしれないが、生憎と良い案は浮かんでこない。出発前にルクルットは「娼館に連れて行こうぜ!」と品のない事を言っていたが、さすがに却下した。
「…じゃあ俺はこれで」
「あぁ、見舞いの品は折を見て渡しておくよ。その時喝も入れておくさ」
「アハハ、お願いします」
ンフィーレアの様子を聞いた後の世間話を終え、冒険者組合へ向かうことにした。
リイジー自身もこれからポーションの調合作業に入るらしく
孫がいつ働けるようになるかわからない今は早めに仕事を始めたいらしい。
そろそろ仕事時間なのは此方も同じだ。話している内に、リイジー・バレアレが孫を信頼していることは見て取れた。家族が言うのだからペテロ自身も特に表立った事はせず、今回は会わずに帰ることにした。
店のカウンター脇の通路を通り表口に向かって歩き出した時――
「おっ邪魔するよー!ンフィーレア・バレアレってガキはいるー?」
扉が勢いよく開いた瞬間、来客か?と思ったがどうやら違うらしい。エ・ランテル最高の薬師リイジー・バレアレを素通りし、その見習いで孫でもあるンフィーレアを名指しで指名。それもガキ呼ばわり、どこかのゴロツキかと思ったがそれも違うようだ。
肩に掛からない程度に短めの金髪が揺れる。白い肌、猫を思わせるような鋭い瞳。だがそれ以外の首から下はすっぽりと黒いマントに隠されており、ジャラジャラした音でそこに金属に鎧の様なものが隠されているのがわかった。――おそらく戦士だろう。このようななりの冒険者なら噂になるはずだが、ひょっとしたら立ち寄った旅人か傭兵かもしれない。
「んー?そこのひょろっちい雑魚は違うよね。もっと小さいって聞いたし」
「なっ!?」
開口一番で雑魚呼ばわりされ怒りと驚きが漏れる。確かに自らがリーダーを務める漆黒の剣は、銀級冒険者チームでありまだまだ上を目指せるランクだ。だが雑魚呼ばわりされるほど弱いとは思っていないし、我慢できるものでもない。相手を睨みつけ食ってかかろうとした途端――
「待ちな!あんたは黙ってな」
後ろから肩に強い力がかかり引き戻される。振り向けば高齢の老婆と思えない力強さでリイジー・バレアレが女を睨みつけており、同時にペテロの肩を引き戻していた。
「し、しかしリイジーさん!この人は」
「黙ってなって言ってるんだよ……じゃなきゃ殺されるよ」
引き戻されると同時に小声で言われたことに戦慄する。――殺されると。
リイジー・バレアレはエ・ランテル最高の薬師という肩書を持つ。
とくに冒険者内ではその肩書が強く響きペテロ自身も今この瞬間まで忘れていたが、彼女は第三位階の魔法詠唱者なのだ。年老いたとはいえ若い自分なぞより実戦経験もあるはずで、その実力も言うまでもないだろう。
「おやおや~、その雑魚を盾にすれば魔法を唱える時間も稼げるのにいいの?そんな前に出てきちゃって?」
「ここはアタシの店だよ。魔法詠唱者の領域に足を踏み入れる、アンタがそんなことも分からないくらい弱いのならいいんだけどね」
「ふーん」
何処か邪悪で挑発的な笑みを浮かべる女と、後ろからは確認できないが声色から余裕が読み取れる老婆。そのままの声で淡々と相手に告げる。
「それに盾ってのは前の相手は見えずらくなるし、後ろはがら空きになりやすいんだよ。
そうだろ?」
「なるほどねー……わかったわかったよ。お姉さんはお使いに来ただけだからさ
『今日は』お話だけでいいや。カジっちゃんにも言われてるしね」
マントの下に隠していた手を出しヒラヒラさせる女。どうやら戦闘の意思は消えたらしく邪悪な空気も霧散したようだ。尤も、先に土足で上がってきた相手にこちらが合わせる義理はない。黙っていろとは言われたが、相手の気が変わればいつでも飛び出せるよう僅かに腰を屈める。
「お宅のンフィーレア君てさー、帝国に恋人を殺されたんでしょー?」
「……何処でそれを聞いたんだい?」
チラリっとリイジーの視線が此方を向く、半分はペテロに向けられたその問いに慌てて首を振る。自分も漆黒の剣のメンバーもあの光景を風潮するような真似はしない。無論兵士には報告したがそれにンフィーレアの件を伝える必要はないだろう。そもそも片思いで恋人ではない。
「んー?もしかして微妙に違った?あの情報屋やっぱり殺しといて正解だったかー。まぁ細かい事はいっか、それでね、私のいる組織が帝国と喧嘩しようかって事になってるんだけど、ンフィーレアってガキのタレントがあればいい感じで戦えるんじゃないかなって思ってね」
「帝国と喧嘩?」
「そうそう、もう戦争殺ろうってカンジだね!」
「……」
「なんと!うちの組織は王国貴族は勿論、帝国貴族にだってお仲間がいるんだよぉー。私にはどっちも都合のいい肉人形だけどねー」
唐突過ぎる用件に面食らう。情報屋を殺したとか貴族に仲間がいるとか言う内容もそうだが、
あの帝国と戦争をすると女は言うのだ。そのためにンフィーレアの力が必要だと。
『あらゆるマジックアイテムを使用できる』という規格外なタレント、つまり帝国との争いでそれが必要になるほどの強力なマジックアイテムを持っているという意味だ。
――その話が本当であればだが。
「……帰んな」
「えーそりゃないよー、お孫ちゃんもいい歳でしょ?強くなるためにも敵討ちのひとつやふたつ
応援してあげなよ。カッツェ平野の徴兵はまだ無理な年齢でしょ?」
「誰が好き好んで孫を戦争にやるもんかい!これからも魔法の修業はさせるけどね
あくまで錬金術と護身のためさ。あんたみたいな胡散臭いのから身を守れるようにね!」
はっきりと拒絶を言い放つ。当然だろう、そもそも名も名乗らずこれから帝国と戦争をするなどとぬかす女だ。リイジーが見抜いた実力の高さはあるのかもしれないが、物騒すぎるその内容には女も含めて危険な雰囲気しか感じられない。
それにあくまで目当てはンフィーレア自身ではなく、そのタレントのように思われた。勿論まだ若いンフィーレアの実力を評価しろというのは無茶だが、まるで『道具を貸してくれ』と祖母であるリイジーに言っているようにペテロには感じられる。
だが話が平行線のままでは、この危険な女はなにをするかわからないため、ペテロ自身打開策を考え始めた時――
「ソレ本当ですか、敵討ちって……」
モモンガ様転移前の話です、単独転移のためかこの作品は原作と時間軸が少々ずれてます。
クレマンティーヌが言ってるように少しズーラーノーンの組織力が強化されています
詳しくは24話『ズーラーノーン』