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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

空洞虚空

超能力者の街、アルカディア。 東京西部の郊外に新開発されたこの街には何の因果か超能力者となった人々が様々な目的をもって集まり、寮で集団生活を送りながら併設の学校や実験施設で超能力の使い方を学んでいる。 夕餉は、階の大広間にある大理石製の大テーブルを寮生のみんなで囲んで取るのが、大成寮の恒例であった。 そして今日は進藤進、想像理想、佐々木早希、天上天下、そして、俺の人全員がそろっていた。 方円型のテーブルを、(14)(中学二年)から見て、右から、40年前のデビュー以来、完全全勝、完全無敗の天才プロ棋士、進藤ヒカル199(50)一人息子進藤進(21)(大学一年)。 手塚治虫の孫にして、手塚家から分離した、想像家のプラズマ理論の実践化の第一人者であり、人間の意識の解明に成功。年前にノーベル物理学賞を受賞した想像力(そうぞうちから)(200歳)の第子、想像理想(そうぞういであ)(150歳)(高校一年)。 代表作『from the new world』で100年以上前に日本SF大賞を受賞し、その後ノーベル文学賞にも輝いた佐々木祐介(252歳)人の子どもの長女、佐々木早希(さき)(222歳)(大学院博士課程年)。 そして前述の天上財閥の第199王女天上天下(16)(高校一年)へと続く。 そして、かつてここには高橋花音(当時13)、そして彼女を殺害して「地球上の全人類の殺害」と「全人類の滅亡による全人類の救済」を謳う国際テロリストカルト教団「天使還し」に入った周木律(265歳)もいた。 今日のメニューは、進の担当で、スパゲッティであった。 フォークでパスタをタバスコと一緒に複雑に絡めていく。 確か、村上春樹という大昔の作家におけるスパゲッティの役割は、混沌、カオスのメタファーであるとどこかで読んだことを不意に思い出した。 「虚空、最近中学はどうだ?年になってもう新クラスには、なじめたか?」 この大成寮の古株で、今年の月から、アルカディア学区内の大学生であり、またヴァンパイアの亜人である進が太陽みたいに白く輝く健康的な歯を覗かせながら心配そうな顔で訊いてくる。 「いいや。そんな質問じゃなく、答えの解りきった確認をしないでよ。進さん。別にいつもと変わらないよ。超能力ランクは、もう年も少しも向上してないし。ずっとCランクさ」 俺の超能力者としての格付け(ランク)は一年前、花音が死んだあたりから一向に向上しなくなった。 そう言うと、進は残念そうに肩を落とす。 本人としては、確認じゃなく、質問のつもりだったのだろうか。そうだとすれば、少しだけ申し訳ない気持ちになった。 「そーいや、大学の全国一斉<能力測定>は、今日だったよね。それで、結果はどうだった?」   癖のない艶やかな金髪を掻き揚げながら、理想(イデア)が、そのブロンズ色の瞳に期待の色を浮かべる。 「ダメだった。前回より、パーセンテージは、ちょっとだけ増加したけれど、判定は、Cランク。サイコバスターズ加入の最低ラインはAランクだからこのままじゃ、普通に就職するしかないなあ」 サイコバスターズとは超能力をもって天使還しなどのテロや犯罪と戦う、強力な超能力者の軍隊だ。 アルカディアに来る理由としてはサイコバスターズに入りたいというのが一番多い。 「そっかー。アタシの高校の測定も明後日なんだよね。まぁ、結果は、解りきっているけれどさ……」と理想が落胆しながら言った。 「出来れば、大学の卒業と同時にサイコバスターズに入って天使還しと戦いたかった。そもそも俺はそのためにここに来たんだし……」と進は言った。 「だよねー……。花音の為にも……あっごめん」 室内が一瞬、暗い雰囲気に包まれる中、大成寮で最年長、今年、223歳になる早希が一枚の紙きれを、おずおずと机の真ん中に差し出す。 「実は……」 そこに記されていたのはーー 国立超能力者研究所  被検体NO0908 佐々木早希(222) <体力測定結果>   能力名 瞬間移動(テレポート)能力ランクS 100、000%   ヌース(人工知能)による予測演算の結果、SSランク到達確率79%。   予測所要期間年とか月週と、日、14時間です。 「ええええ!能力ランクS???」理想(イデア)が思わず、立ち上がり、素っ頓狂な声を出す。 「わたしSランクなんて初めて見たよ」天下も裏返った声でそう言う。 「まじか……」   その驚異的な<診断結果>にみな驚愕を隠せない。 ランクSだって? それは全世界規模でみても有数の超強力な超能力者だ。 「でも、何があったんだ?ちょっと前まで、早希もCランクくらいだったじゃん?」   俺の問に早希は、無表情のまま訥々と語り始める。 「その日は研究施設の校庭が、上級生に取られててさ、本当は、入っちゃダメなんだけど、屋上で遊んでたの。そして、遊んでた友達の一人の能力が暴発しちゃって。さらに、運が悪かったことに、彼は、風を操る能力者。突如、屋上で嵐が起きた。すると、どうなるかは、大体想像できるよね?」 その光景が脳裏をよぎったのか、一同が、ゴクリと生唾を呑み込む音が聞こえる。 「彼を含めて、一緒に遊んでいた人が、フェンスを越えて、屋上から突き落とされた。あの時は、本当にダメだって思った。どんどん地面のコンクリートが近づいてくる。そして、もうやばい、私は、ここで、死ぬんだってすべてを諦めたとき、私は、真っ白な空間にいた。そこには、大きな扉以外は、何もないの。ただただ、地平線みたいに真っ白な空間がどこまでも広がっているだけ。やがて、扉が、ゆっくりと開いて、そこから、【私】が出てきた。そのもう一人の【私】には、表情と言うものがなかったけど、それは、確かに私だった。彼女は、私に何かを言ったけど、その内容までは覚えていない。でも、そんな不思議なことがあってから、急にこの瞬間移動能力が使えるようになったってわけ。おかげで、全員無事だった。まあ、研究員の先生には、ひどく怒られちゃったけどね。でも、ランクがSって解ったときは、本当に驚いたよ」 「つまり、死にかけて、能力が使えるようになったってことか。扉とか、そこから、出てきたもう一人の早希とか、本当に不思議な話だけど。実際にSランクの能力者になっているわけだしな……。でも、じゃあ、俺も、屋上から、飛び降りたら、Sランクになれるかな……」 天下がジト目で俺の方を睨み、慌てて修正する。 「冗談だよ。俺は別にSランクになりたいわけでもないし」 俺がアルカディアに来た理由はたまたま、超能力が発現して、こっちのほうがなんとなく面白そうだったからに過ぎない。 進みたいに天使還しみたいなテロリストと戦いたいとかそういった確固とした理由は何もない。 「でも、本当によかったよ。これからはアタシたちも負けてられないね!」 「今日は、お祝いだね!言ってくれれば、わたしケーキとか買ってきてたのに」 「Sランクってことは余裕でサイコバスターズにも入れるだろうけれど、どうするんだ?」 「私にはテロリストと戦うのはちょっと無理だよ。アルカディアに来たのだって、単純に超能力が使えれば生活が便利かなと思ったからだし。でも、花音のこともあったから。この力は別の方法でもきっと何かの役にたてたい」 「そっか……」 「ところで、そろそろじゃない?」天下がリビングルームの南側に設けられた掛け時計の方を示す。 「ああ。そういえば、ってなんだっけ?」 「進、普段テレビ見ないからって、ニュースぐらいはチェックしようよ。仮にも大学生なんだから」 天下が、テレビのスイッチを押すと、画面では女性キャスターが興奮しきった様子で何かを伝えている。曰く、<プラズマ計画>可決と。 <今、人類は新たなステージへと旅立つのです。人類の夢であった不老不死が西暦2050年に、神エルによって、実現してから実に150年もの歳月が流れました。しかし、この世界から、『死』の恐怖が完全に取り除かれた訳ではありません。未だ、『死』という概念は私たちの世界のふとした瞬間に出現し、ひといきに私たちを悲しみの底へと追いやります。細胞が老いなくなり、ほぼ全ての病に特効薬が見つかったとは言え、背後から誰かにナイフで刺されれば、あるいは、天災に巻き込まれれば、あるいは、高所から転落するだけで、我々の儚い命は、一瞬のまにまに死に絶えてしまいます。結局のところ生身の肉体を背負ったままの不老不死には、限界がありました。しかし、人間の本質の部分のみを独立してコンピューターネットワーク内で存続させることができれば、すべての問題は解決します。すなわち、一個の人格を形成する全記憶と、それを統合し、自己という認識を生み出すサブルーチンとしての「意識」を脳から外部のシステムへとダウンロードし、純粋な情報のみからなる生命としての生をいつまでも好きなだけ、永遠に続けるのです。旅立つのです。死の恐怖が完全に取り除かれた電脳の世界へと。プラズマ界へと。人類のプラズマ回遊の幕開け> 「あーあ。可決しちゃったか……。アタシ、友達と不可欠の方に、賭けてたんだけどなあ」理想が残念そうに肩を落とす。 「やっぱり自分の体を捨てて意識だけをコンピューターの中にスキャンして、データにするなんてなんて抵抗あるよ。想像できない」 「私も……」 <プラズマ計画>は、その倫理的な問題と、今、ここにある肉体を捨て去ることに関する本能的な嫌悪感から、長らく各国の間で実施するかどうかの議論が交わされてきていた。 「不老不死が実現して、一旦は、希薄になった死という概念。しかし、増加する天使還しなどの超能力テロや増加する天災による、再燃した死への根源的な恐れが、世界を動かしたんだろうね。つい、週間前にも、四国の真上で突如として発生した500ヘクトパスカルの台風で甚大な数の死者が出たでしょ?あとは、人口爆発による700憶の人間を支えるための食糧問題なんかもそのひとつかな」   早希の言う通りだ。再燃した根源的な死への恐怖が、今回の可決へと働いたことに疑いの余地はない。その恐怖が現在、地球上に存在する700憶人の人間を駆り立て、動かした。 「でも、これで年後には、もうここにいないのか。そう思うと何だか寂しくなるな」   進が遠い目をしながらそんなことを言った。 「今ある世界の形をスキャンして、まったく同じものを、コンピュータのー中にそっくりと創り出すわけだから、大成寮もきっと、同じ場所に、同じ形でここにあるんじゃない?」   俺と進の男ふたりが割とプラズマ計画に乗り気なのに対して、理想と早希と天下の女性人は、本当に残念そうだ。 「なあ、元気出せよ。なんでも、初めはそんなもんだろ?2050年に神エルが現在の不老不死の実験に成功した時だって、最初は、生命の倫理に反するとかなんだと、反発が強かったらしいしさ。でも、すぐに人間は順応しただろ。結局人類は、ほんのわずかの一部の例外を除いてみんな不老不死になった。人間は、慣れるんだよ。順応できるんだ。100年後にはこっちの現実世界の方があり得ないものとして認識されているはずさ。ま、なんにせよ、死ぬのよりマシだろ?それが、一番じゃないか」 そう。死ぬのよりはマシだ。 俺の言に何か不満があったのか。 天下は、顔を上げると、俺の方を睨むでもなく、笑いかけるでもなく真顔でじっと見つめる。 「でもさ、そもそも、完全な不老不死なんて可能なのかな?この世界で」  

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