第2章 時は遡り、西暦2200年 プラズマ世界/アマガミ村完成前 つまらない世界 空洞虚空 超能力者の街/アルカディア/東京西部郊外 1 ある日何のヒントも準備も心づもりなく、選択権も拒否権もなく、強制的にフィールドに放り出され、「なんでもできる」「何をやってもいい」「キミは自由だ」「これから自由時間です」とひどく曖昧で漠然としたことをゲームマスター?カミサマ?に言われる。 俺たちのセカイでは、そうゆうゲーム作品のことをクソゲーと呼ぶ。 そして俺たちが生きるこの世界には、他にもそんなクソゲーと呼ばれるゲームの要素がいくつもふんだんに含まれている。 例えばーー チュートリアル(ゲームを進めるための解説)が不十分でクリア条件が不明瞭。 一見すると自由度が高そうに見えるが、実は初期ステータスに大きく依存する行動範囲や職業。 グラフィックが高精度すぎるせいで、気持ち悪いものが本当に気持ち悪い。(人の顔とか) ペインアブゾーバーは実装されていない。そのため、精神的にせよ、物理的にせよ、痛みが本当に痛い。 病気などの豊富すぎるバッドステータス。 ヒットポイントを維持するだけで莫大な金がかかるから、イベントクエストはクソつまらない金稼ぎものばかり。 グランドクエストやラスボスが明示されない。 魔法やMPマジックアイテムも存在しない。 便利なNPCがいない。 ほぼ、すべてのプレイヤーキャラクターが無個性で魅力がない。 当然のようにセーブは出来ないし、ライフは一回しかない。 その中でも俺が一番に問題であると考えているのは、やはりライフが一回しかなくゲームオーバーにより、アバター情報を永久にオールデリートされてしまうということである。 死、オールデリート。 それが人生ゲームオンラインの極限のデスペナルティ。 人生というゲームでプレイヤーである人間が生きている期限は有限年で、死んでいる期間は無限年。 無限年。 それは5000兆年とか199京年とかいう気が狂いそうになるくらいに長いけれど、それでもいつかは絶対に終わりが来る有限年じゃない。 つまり人間は一度、死んでしまえばーー アバター情報をオールデリートされれば、自身の存在は未来永劫、完全に消えてなくなる。 100年後も、1000年後も1万年後も100億年後も、5000兆年後も、199京年後も、死という存在の完全消失状態は未来永劫永遠に変わらない。 永遠にーー 眼前の墓石には1年前、わずか13歳にして、この世界を去ることになった「高橋花音」という一人の少女の名前が記されている。 この場所に来ると、どうも厭世的な思考ばかりが浮かんでは消えていく。 もう何度目になるだろうか。 桶から杓をとり、墓石に水をかける。 でもこんな行為にきっと意味なんてない。 「なぁ、天下。人間は死んだらどこに行くと思う?」 「そりゃあ、天国じゃない?」と天上天下は当然という風にそう答えた。 天上天下。 彼女は俺よりふたつ上の16歳で現在は超能力者の街/アルカディアの高校1年生で俺の寮メイト。 天上という稀有な姓から明らかな通り、彼女の父親は199憶のグループ会社を有し、独占禁止法すらも独占的に禁止して、世界経済の99、9999%を支配し、不動産や株式、暗号通貨を含めれば総資産は199京円と言われる天上財閥の4代目総帥、天上唯我(199歳)である。 天上天下は「現代のフビライハン」、あるいは「メガトンビックダディ」あるいは、「天空の神」神エルと対比して「地上の王」と呼ばれる天上唯我の全世界に1999人いる実子の内のひとりであり、その第199王女である。 「日本製」のアマガミのすべてがそうであるように天上天下も超上流階級の「選ばれし子供たち」のみが通うことが許される慶應幼稚舎の出身であり、超能力者の街/アルカディアに来るまではずっとエスカレーター式に慶應義塾へと通っていた。 ちなみにあまり知られていないが、慶應義塾の創始者は「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」のフレーズで有名な福沢諭吉である。 俺は、そんな「現代日本の頂点」である生粋の慶應ガールの返答に対して不遜にも疑問を呈する。 「天国か。本当にそんなもの存在するのかな?」 「あるんじゃない?わたしはあると思ってるよ。天国。あ、宗教は信じてないけどね。だって、そうじゃないと、この世界がなんだか酷く窮屈に感じられるんだ」 天下は艶やかな黒髪を風になびかせながら、続ける。 「だって、この世界はさ、まあ戦争とか貧困とかテロとか、色々な問題はあるけど、基本的には、楽しいし、綺麗じゃん。わたしも自分のことダイスキだし。だから、この世界を創った神様はさ、結構良いやつだと思うわけ」 「それで?」 先を促す俺に、天下は「まあ、待て」というようにゴホンと一つ咳笑いを挟むと 「だからさ、そんな良いやつが、可愛い、可愛い人間にそんな酷いことをしないんと思うんだ。死んで、真っ暗になって、何もなくなっちゃうんなんてことをさ。『死んだら、未来永劫無限年、永遠に無になる』そう言う人も大勢いるけど、それってすごく怖いじゃん。だから、死んだら聖書に出てくるような天使たちが、ラッパでも吹いて、出迎えてくれるわけ。『お疲れ様でした。ここは天国です。』って」 多少強引で、突飛な理屈であったであるとは思う。でもそれが、いかにも天下らしくはあるのだが。 「ああ、納得はできないけど、理解はできるよ。それも、この世界を創造した神様なんてものがいたら、の話だけどね」 俺がニヒルを気取った感じですかしたようにそう言うと、天下は不満そうに顔を歪め、ずいっと耽美な顔をこちらに近づけて言う。 「確かに、神様が『いる』ってことを証明できた人はいないけど、『いない』ってことを証明できた人もいないんだよ?それは悪魔の証明だ」 天下は勝気な瞳でふふんと鼻を鳴らして、真っすぐにこちらを見つめてくる。 至近距離でその顔を見つめると、本当に整った顔をしているよなと思う。 透き通っていて透明感のある白い肌に、清流のごときなめらかなで黒い髪。 俺は思わず、その人間離れしたその美しい顔立ちから逃げるように目線をそらす。 「まあ、そりゃそうだけど……。でも、それを言うのはなんかずるくないか?『ありえないなんて、ありえない』的な理屈で全て『ありうる』としちゃうのは」 天下は、煮え切らない俺の返答に、「はあ、虚空は夢がないよ」とため息を零す。 「きっと、花音も天国で、楽しくやってるよ」 風が強く吹いて、墓所に林立する桜が、風に舞い、舞うように散っていく。 もう7月も暮れだ。あと3か月もすれば、この桜もすべてが散ってしまうのだろう。 「でもさ、そんな『いいやつ』である神様がいるのなら、そもそも人間を殺すなって話じゃないか。今は、2050年に神エルの実現した不老不死のおかげで少しは、マシになったけれど、つい150年前くらいまでは、人間は何もしなくても、100年ぽっちで、死んだんだぜ」 100年生きて無限年死ぬ。それは、あまりにも理不尽な話だ。 もはや残酷な悲劇というか茶番劇だ。 「それはきっと天国がこの世界よりも、ずーっと美しいからだよ」「お前は本当、楽天的っていうか。羨ましいよ。そのポジティブ思考」 「そうかな?でも、無理やりでもそんな風に思い込まなくちゃやってられないんだよ」 「……」 それから、天下は徐に、どこか遠いところを、きっとここではないどこかを見つめて、 「ちょっと、わたしは行ってみたいかもしれない、天国」 好奇心に、黒い瞳を目をキラキラさせてそう語る。 「まあ、俺だってあるなら、行ってみたいよ。あるならな」 このつまらない世界より、楽しい世界があるのならーー 人が理不尽な不平等に悩まされない世界があるのならーー 高橋花音の生きる世界があるのならーー 「じゃ、そろそろ、日も傾いてきたし帰ろっか?」 既に日は、西の稜線の彼方へ沈もうとしていた。 もう間もなく、日が暮れる。平凡で無意味な一日が終わって、また平凡で無意味な一日がやってくる。 なにも変えることのできないまま。 人生なんて結局はその繰り返しだ。 少なくとも、俺にとっては人生に意味なんてない。 「じゃあね、花音。煩くしてごめんね。また来るよ」「じゃあ、また」 俺たちは、花音の墓石に向かって別れを告げる。 まるで、そこに彼女がいるかのように。 そんなのは多分、残された人間のせめてもの慰めに過ぎない。 そこには誰も、いない。彼女は失われて、決定的に損なわれてしまったのだから。 「ありがとうね。てんかりん。虚空」 風が強く吹いて、そんな声が聞こえた気がした。 反射的に振り返るが、やはり俺の、後悔や絶望や希望的観測が、歪に複雑に乱雑に混じりあって錯綜して、絡まりあって、生み出された幻聴であったのだろう。 振り返ってもみてもやはり、そこに彼女はいなかった。 彼女は死んでしまったのだから。 永遠に失われ、もうこの世界にはいないのだから。 桜の木に張り付いたセミの抜け殻が誰にも気づかれずにひっそりと地に落ちた。
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nttq
2019年6月18日 1時52分
「199憶」って何ですかね?
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nttq
2019年6月18日 1時52分
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