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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

ケノン

19   ケノン 俺はこの日も、いくつもの街を探索した。 そしてそこでは、例外なく夥しい量の死体で溢れていた。 その度に、俺は吐き気を覚えたが、それでもやらなくちゃならない。 記憶を取り戻すために。 でも、どうしてテンカはあんなに落ち着いていられるのだろう。 テンカの言った通り、元の身体を見つけ出し、記憶を取り戻すことができれば全部解るのだろか。 でも記憶を取り戻したら、今の自分はどうなるのだろう? 今の「ケノン」という自分は? 「ケノン、どうしたの?」 「いや…ちょっと考えことを……」 「へぇ~ケノンでも、考えことをすることがあるんだね~」 「失敬な!俺だって、悩みの一つや二つはあるんだよ」 「大方、この街の探索は終わりましたね。テンカさん、そろそろ次の街に行きますか?」 シルは、古ぼけたこの周辺の地図をテンカに見えるように差し出した。 この世界の物質に俺とテンカは触れられないがシルは別だ。 「次はここかな」 『虚空(けのん)!てんかりん!こっち!』 「あれ、今、なんか聞こえなかった?」 「ん?」 「誰かが、俺を呼んでる。そんな感じがした」 「また?なにも聞こえないよ」 「わたくしも、ダメですね」 『ここに、来て。全部分かるから。』 「まただ。呼んでる。花音(かのん)が……。花音が呼んでいるんだ!俺を!」 「花音?誰よ。それ」俺は気づいたら、空に翼を羽ばたかせていた。「花音!」とその名を呼ぶ。 「ケノンどこ行くの?」 「行かなくちゃ、俺……」 「ちょっとー!単独行動は、止めてって!何時も……」   そんな静止の言葉も振り切って、俺は花音の声のする方へと向かった。 わかる。 そこにすべてがある。 ここで、すべてが終わるーー  俺の年にわたる長い、長いプラズマ回遊がーー 俺は声の聞こえてくる方向に向かって、全力で声が消える前に飛んでいくと、やがて一つの街にたどり着いた。 その街はいたるところに大学とか研究施設のような建物があった。 ここは、研究都市なんだろうか。 急こう配な長い坂の入り口部分には歓迎を示す古びた看板が置かれていて「ようこそ!超能力者の街・アルカディアへ!」と記されていた。 坂道を登っていくと大小様々な研究棟が見えてきた。その建物のひとつは名をローム記念館というらしい。 ローム記念館。 それは、いったい何を記念している建物なんだろうと思った。 「ハァハァ……やっと追いついた。ケノン、本当に、待って…ハァハァ……」 振り返ると、テンカとシルが夕闇の空から降りてきた。 「ケノンさん、何か思い出したんですか?」とシルが言った。 「何だろう。この街……なんだかすごく懐かしい気がするんだ。テンカもそう思わない?俺は、ここで天下と花音と周木と早希とイデアと進と過ごしていた」 花音。周木。早希。シン。イデア。 その言葉は、なんだかとても暖かくて懐かしい感じがする。 遠い過去に置き去りにされた大切な仲間の名前。不意に頬に涙滴が流れる。 「そういえば……わたしも…なんだろう…」 俺は静かに言った。 「俺は、俺たちはここに居た」 「ねぇ、ケノン。ここ……」 テンカが指さす建物を見やると、赤レンガの背の高い建物が目に入った。 それは周囲の建物の中でも一層際立って目立つ。 建物の前にあるプレートを見やると、「アルカディア、大成寮」とあった。それは太陽に光に照らし出されるようにその輪郭を霞ませている。 その光の中に飛び込みたいという感覚に襲われたが、すぐに、入るべきではないと思いなおした。 おそらくその光は、俺を弄ぶかのように飲み込んでから、闇の世界に吐き出すのだろう。 一瞬湧きあがった衝動を抑え、冷静にその建物を観察してみる。 建物上部の円形のガラス窓が目に入った。 それは、俺にとって悪魔の目玉のように映った。 そして、次の瞬間に悪魔の目玉が怪しく光ると、そのまま、悪魔の目玉は俺を暗闇の中へと引きずり落としていく。 急に場面が切り替わり、暗闇の中では、頭部から生々しい血を大量に流した14歳くらいの女の子の生首が置かれている。 花音だ。と俺は思った。 そして隣を見てもさっきまで一緒にいたテンカとシルの姿は見当たらない。 世界は昏睡していて、俺だけが花音の生首を見つめて起きているようだ。 地面。頭部。門。塀。塀の向こうに聳え立つ校舎。 殺された女の子は俺の友達だった。 「花音」とその名を呼ぶ。生首だけの花音は目をゆっくりと開いてから、「ケノン」と俺の名を呼んだ。 それはまるで俺を暗闇の世界から引きずり出そうとしているみたいだった。     そして暗い映像は、消えて現実の世界が還ってくる。 隣を見ると、一瞬の間放心状態だったらしい俺を心配そうに見つめるテンカとシルがいた。 大丈夫だ。もとの世界に戻ってこられた。 そして、俺は言う。「中に入ってみよう。」

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