17 アカデメイアでは、天職体験というカリキュラムが存在する。 そこで生徒である3級~1級の天使たちは村の様々な職業を体験する。 今はまだわたしに天職は与えられていないけれど、アカデメイアを卒業し晴れて<大天使>の学位を与えられ、一人前の天使と認められた暁には、数ある天職の中から自分に合ったものを選び、それをもって村の発展に貢献していくというわけだ。 わたしは物語師の天職を希望してはいるが、希望が叶えられるとは限らない。 例えば、シンは大工の天職を希望していたが、結局は農家になった。そして、一度決まった天職の転職はごく一部の例外を除いてはほとんど認められていない。 わたしはこの日、家畜係の天職を体験していた。 ものを食べる必要性がないこの世界において、食物の生産系の天職が多いのは、なんだか奇妙に矛盾しているように思える。 きっと記憶喪失の神様が作り上げたこの世界は、断片的で論理的整合性のない夢のようなものなのだろう。 わたしは厩舎の檻の中でただ幸せそうに草を黙々と食べる牛を憐れむように見やってから、その視線を黒金の壁のあった場所へとむける。 彼らは、自分がいずれわたしたちに食される運命だとは知らずにのうのうと生きている。 ここが世界の全てだと信じて。幸せそうに。 この牛は、自分が小さな檻の中に閉じ込められた存在であることに気付いているのだろうか。 この檻の外には、想像も出来ないような広大な世界が広がっていることを。 いや、気づかないほうが幸せかな。 でも、自分たちも檻の中の家畜と本質的には変わらない存在なのではないか。 檻の中に閉じ込められた家畜と。何も。 不意に家畜の中からわたしに強烈で熱烈で何かを訴えかけようとしているまなざしを感じて、反射的に振り返る。 まなざしの出所を追うと、それは「りつ」と名付けられたヒポポタマス家畜群からのものだということがすぐにわかった。 『家畜』であり『ヒポポタマス』である、りつは、黒く長くとても美しい体表が特徴的だった。 そのりつの特徴はりつの周囲の同種のヒポポタマスと比較してみても明らかに際立っていた。 りつは、幾重にもわたる頑丈な鎖に繋がれており、その場所から、一歩だって動くことは出来ないが、りつは、まるで『人間』みたいに必死になって口唇を震わせながら、わたしに何かを訴えかけようとしていた。 わたしは独学で身に着けた得意の口唇術でりつの唇の震えを分析し、それを言語化してみた。なになに…… <イノチハカギリアルカライミガアルシ、ウツクシイ> うーん。 これは、いったいどういった意味なんだろう? わたしの想像力では、りつが必死になって紡ぎだしたその言葉の意味することを想像することすらできなかったーー
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nttq
2019年6月18日 0時40分
「独学で身に着けた得意の口唇術」って凄そうですね。読唇術なら聞いたことがありますけど、そんなのとは比べ物にならないんでしょうね口唇術。
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nttq
2019年6月18日 0時40分
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