「教育現場において、読みに困難を抱えている子どもたちが、みんなと同じように教育を受ける機会を削がれている。書体環境が原因で置き去りになっている子どもたちのための教科書体が必要だ」

 高田さんはそう考えた。

「UDデジタル教科書体の開発が始まった10数年前は、UDフォントが次々と発表された頃でしたが、第三者学術機関によるエビデンスを取得しているUDフォントはない状況でした。また、教育現場において、ロービジョンや発達障害など読みに困難さがある子どもたちにも読みやすく、先生が手書きで教えやすい書体がなかったんです」

 高田さんは慶應義塾大学の中野泰志教授とコンタクトを取り、中野教授による実証研究によってUDフォントのエビデンスを取得。その中でも評価が高かった「TBUD丸ゴシック」をベースに学参フォント(常用漢字の部分を教育現場の形状に改変した書体)の制作を経て、日本で初めてのユニバーサルデザイン対応の教科書体である「UDデジタル教科書体」に取り組んだ。

 今回の「UDデジタル教科書体」が画期的なのは、研究所や教育現場と連携し、実際にロービジョンの方に試作を見てもらったり、ディスレクシアの方にヒアリングしたり、研究結果による問題点の改良をしながら制作を進めた点にある。前述の中野教授の助けもあり、その対象者は、全国の視覚支援学校に在籍する高校生を含む240人を超えている。これまで、フォント業界ではここまで大掛かりな調査をしたことはないそうだ。

 その結果、完成したUDデジタル教科書体によって、冒頭のような「これなら読める!オレはバカじゃなかったんだ…」という読者の声が生まれたのである。

「もちろん全ての状況で『UDデジタル教科書体』に変えればよいということではありません。また、フォントを変えたからといってすべてが解決するわけではなく、その目的や用途に合った文字の大きさや行間の取り方も大切です。フォントだけが独り歩きすることなく、組版の大切さや、書体にまつわる多様な子どもたちの困りごとを伝えることも必要。目的や、その子の読みやすさに合わせてフォントを選択できることこそがユニバーサルデザインであることもしっかりと伝えていく責任があるかと思っています。UDフォントの認知は、子どもたちへの合理的配慮においてあくまでスタートラインです」(高田さん)

 つまりUDデジタル教科書体が万能なわけではなく、ゴシックが読みやすい方もいれば、明朝が適している環境もあるわけだ。

 それでも、「ユニバーサルデザイン」の概念に沿い、フォントによって変えられる世界がある。高田さんはこれからの課題を指摘する。

「デザイナーの方の中には、UDフォントを好まれない方もいらっしゃいます。確かにユニバーサルデザインのフォントは、他の個性あるフォントと違って、より多くの方の見やすさや読みやすさを重視するので無機質になりがちで、カッコいいデザイン、味のある紙面を目指しているデザイナーにとって、扱いにくいフォントでもあります。でも、ターゲットが定まらない公共のサインや配布物には、少数であるかもしれないが読みにくさのある方にも『伝わる』デザインを心掛けてほしい。少数の方の読みやすさを救うことで、多数の方の読みやすさを犠牲にすることにはならないと思う。ぜひとも、必要な場面でUDフォントを活用し、そのUDフォントのメリットを活かせるような読みやすい組版を提供して欲しい。また、私たちも今のUDフォントだけでは足らない問題点も見えている。教育現場でのより良いフォント環境を提供すべく、これからも書体デザイナーとしての経験を活かしていきたいと思う」

 次回、「UDデジタル教科書体」の本質に迫っていく。