15 「神様、いますかー!?」 ケノンが中央神殿の重扉をあけ放ち、長い回廊を抜け、その先の玉座のある大広間へと我先にと走り去っていく。 そのあとを、わたしとシルが続く。やがてはわたしたちも神様のいる大広間へとたどり着いた。 今日、わたしたちはシルを神様に紹介するために中央神殿に来ていた。 広間の中央に位置する祭壇の四方には、聖火が赤く燃え盛っている。 わたしが祭壇の中央に位置する玉座に視線を向けると、そこにはケノンよりも一回り大きな青年がいた。 神様だ。神様は悪夢にうなされるように目をきつくつむり、瞑想しながら、『なにか』と戦っているようだった。 座ったままでも長身だとわかる神様は法衣を身にまとい、やや面長な顔に銀縁のインテリ系眼鏡が乗っており、レンズの奥の双眸は紐のように細く、それがわたしに怜悧な印象を与えてくる。そんな彼が中央神殿に君臨するこの世界の「神」だ。 神様の身にまとう雰囲気そのものについては、わたしやケノン、他の天使/村民と変わらない。 やはりこの空間においても、シルの持つ空気感だけが異様というか別格だった。 「やあ。ケノンにテンカ。そして、君は?見慣れない顔じゃないか」 「シルと言います」 なぜだか妙にこわばった面持ちでシルは言った。 なんだか神様に対してとてもおびえているように見える。 「驚くなよ。神様。こいつ、空から降ってきたんだ」 「空から?本当か?」神様は驚いたようにシルの顔をまじまじと見た。 「神様。ケノンの嘘じゃないわ。わたしも、この目でちゃんと見たから」 そういえば前にもこんなやり取りをシンとした気がする。デジャブ。 「俺たちの故郷は、空の上にあるの?俺たちも、そこから来たの?」 神様はケノンの問いに対して一瞬何かを思案するように沈黙したが、結局何も答えなかった。 「でも、本当に良かった。あの厄災から生き延びた者がまだいたなんて」 そして神様は感嘆の声を上げ、玉座から一瞬でテレポートして、シルを優しく抱きしめる。 その光景は2年前、わたしとケノンがアマガミ村で目を覚ました時のことを思い出させた。 あの時も、神様は涙ながらにわたしたちを抱きしめてくれた。 「え?ミカエル様?」 突如、神様に抱きしめられていたシルが、何かを思い出したような素っ頓狂な声を上げる。 ミカエル? そういえば、空から降ってきた直後もシルはその大天使の名前を口にしていなかったか? 「ミカエルというのは、かの大天使ミカエルのことか?いいや違うよ。僕は神だ。天使ではない。ミカエル……。懐かしいな。彼は本当に優秀な天使だったが、先の厄災で命を落としてしまったのだ。悪魔に殺されたんだよ。君はミカエルを知っているのかい?」 「すいません。つい……あれ、でも誰でしょう?そのミカエルって。あれれ」 「自分でいったんじゃん」 すかさずケノンが突っ込むが、おそらくシルは今も記憶が錯綜して混乱しているのだろう。 完全に記憶をなくしているわたしよりはいい状態にあるのだろうが、それはそれでかえって落ち着かないだろうと思う。 「ねえ、神様。その厄災ってやっぱりアマガミ村の伝承にある悪魔のこと?」とわたしは言う。 「そうだよ。テンカ。あれは本当に恐ろしいものだった」 「……」 「そういえば君たちの成績は、ソフィストたちから聞いているよ。先日の決闘大会も実に見事だった。来年からは2級を飛び越して、1級に進学すると良い。1級を卒業すればついに君たちも一人前の大天使だ」 「ほんとか?」とケノンが言った。 「ああ、そうだ。君たちはもう悪魔とも戦える力がある」 「悪魔……」 そう漏らしケノンが力なく肩を落とす。わたしはケノンが何かに怖気づくところなんて、この2年の間で見たことがない。 ケノンは何事に対しても好奇心旺盛で我先にと突っ込んでいく。こんなケノンの表情を見るのはきっと初めてだ。 「どうした、ケノン?」 と神様がケノンに問いかける。 わたしにはケノンの考えていることがわかる。 もしあの異形の正体が悪魔であって、わたしたちが、「優秀な」天使であるのだとすれば、おそらく悪魔と戦争した場合、天使側に勝ち目はないだろう。 なんというか、昨日見た悪魔の二人組はそう思わせるほどに次元が違った。 今のわたしじゃ100回戦っても、きっと1度も勝てないと思う。 「神様。俺は昨日悪魔を見た」 「ちょっと!」わたしがさえぎるのも聞かずに、ケノンは続ける。 「あいつらならすぐにでも、黒金の壁を突破できると思う。本当にこの世界は安全なの?それでもし、悪魔が攻め込んで来たら、俺もテンカもいや、多分大天使だって、神様だって悪魔には敵わないよ。悪魔の力は次元が違う」 「なに!アマガミ村に悪魔が侵入したのか?」神様は、驚愕の色に染められた目でわたしたちを見る。いったいその神様の慌てふためく瞳の網膜にはどんな情景が映っているのだろうと思った。なにが見えているのだろう。 「いや、今のは、いつものケノンの……」 「いや、違うよ。黒金の壁の外だ」 わたしの気も知らずにケノンは、堂々と神様に向かってそう言い放った。 わたしは無意識の内に、強く拳を握りしめていた。 ケノンへの怒りで頭の中が暴発してしまいそうだ。全身の血液が脳幹へと逆流してくるのが解る。 あれだけ昨日見たことは内緒だって言ったのに。約束したのに。 しかし、助かったことに神様はケノンの話を信じなかったようだ。 「嘘はよくないよ。ケノン。嘘つきは悪だ。僕は嘘も欺瞞も大嫌いだ。黒金の壁の外に、出られるわけがないだろう?あれはそういうふうに作ってある。鼠一匹そとには出られないし、それを創った神たる僕自身も、もう外には出られないよ。この世界は内側に完全に閉じられてしまっているんだ」 「そうよ。なに言っているの。ケノン。嘘は良くないよ」とわたしは言った。 「テンカ……」 その表情を見る。ケノンは今にも泣きだしそうだった。 中央神殿からの帰り道。わたしの怒号が響き渡る。 「ケノン。約束したよね?壁の外に行ったことは、神様に内緒だって」 「ごめん。悪かったよ。つい」 「まあまあ、テンカさん」 「シルは、黙ってて!」 「でも、どうしてテンカは神様のことをそんなに敵視するんだよ?」 「べつに敵視しているわけじゃないわ。でもなんか、神様に初めて会ったときから彼のことがただ何となく信用できなかったのよ。うさんくさいっていうか。でもその理由がわかったわ。神様も記憶喪失なのよ」 「え?神様が記憶喪失?」 「そ。思い出してみて。ライブラが言ってた。アマガミ村の天使は何らかの記憶喪失があるって。それは神様だって同じだよ。だから、これからは神様が言うことも、神様がつくったアマガミ村の伝承も信じられない。わたしたちはこれから、偽りの神に抗っていかなくちゃならない」 「なるほど……。わかったよ。テンカ……。だからもうそんな怖い顔で睨まないでくれよ」 「約束を破ったケノンが悪い。でさ。シルは、どう思った?この世界の<神>を」わたしの問いにシルは、髪を払いどこか遠い世界に目をやってから言った。 「どうしてでしょう。彼に抱き着かれたとき、何故かすごく懐かしい感じがしたんです」
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nttq
2019年6月18日 0時23分
今度は「作った」と「創った」の使い分けですね。何か深い意味があるのですよね?
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nttq
2019年6月18日 0時23分
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