14 運の悪いヒポポタマス、ホントについてないヒポポタマスの一生 月曜日 めでたく生まれたよ 火曜日 学校優等生 水曜日 かわいいお嫁さんもらう 木曜日 苦しい病気にかかり 金曜日 だんだん重くなり 土曜日 あっさり死んじゃって 日曜日 お墓に埋められた 運の悪いヒポポタマス、ホントについてないヒポポタマスの一生 これでおしまーい。これでおしまい。 「ネビロスさん?なんです、その不吉な歌は?」 「アガリアレプト。これはね<運の悪いヒポポタマスの一生>というこの下部ゲーム世界で人間のつくった曲だよ。ああヒポポタマスと言うのは、カバの一種だ」 「カバ?」 「お前は本当に何も知らないんだな。カバというのは、このゲームのNPCの一種だよ。でもなんだかこの歌を聴いていると、このゲーム世界で寿命という地獄を与えられた、天使たちがその儚い一生を嘆き、悲嘆にくれながら、世界を恨んでいるみたいじゃないか」 「ああ。なるほど。言われて見れば確かにそんな風に聞こえるかもしれませんね。でも本当に天使たちは、失敗したんですね。今や人っ子ひとりいやしねえ」 アガリアレプトと呼ばれた悪魔は、廃墟と化した世界を悲しそうに眺めながらそう言った。 アガリアレプト……ネビロス……。確か、<悪魔大辞典>にも、そんな名前が載っていたと思う。 しかし、<悪魔基礎学>の授業は熱心に受けていなかった為、その特性がどういったものかまでは、思い出すことが出来なかった。 いや、ネビロスというのは確か、かなり高位の悪魔ではなかったか? 「アガリアレプト。少しは頭を使え。失敗したのは、我々悪魔のほうだ。天使たちにとってはこれが成功だ。プラズマ界が成功していたら、完全な人間の不老不死が実現していたら、我々の、天使の魂を人間という形で未来永劫永遠にゲーム内部に閉じ込め、その隙に神と天界を滅ぼすという3000年の計画は間違いなく成功していたのだから。お前も知っての通り、5000兆年前に我々、悪魔は天使との天界対戦により滅び去った。しかし、3000年前に我々は再び目覚めた。それからは日夜天使に復讐する方法だけを考えていた。そして、我々、悪魔は1000年に一度行われる天使たちのゲームで当時、稼働中だった人生ゲームオンラインに注目した。俺をはじめとした悪魔の数体は天使サイドの<スパイ>と共謀し、人生ゲームオンラインに潜入した。そして当初の計画通りに神エルつまり、ミカエルに『不老不死』を実現させてやった。計画通りに天使の魂を永遠にゲームフィールドに閉じ込め、天界の天使の数は激減していった。しかしあと少しのところで、天使に悪魔の復活を知られるなんて」 「あーあ。本当、ムカつきますよね。本当にもう少しだったのに。本当、最後の、最後で……。あ、いえ、別にネビロスさんを攻め立てているわけじゃありませんからね?もう腹いせにこの世界ぶっ潰しちゃいません?」 「ダメだ。本当に少しは頭を使え。すべての天使を閉じ込めることはできなかったがとても運がいいことにウリエル、ミカエル、ガブリエルの3体の大天使のアバターは今もなおプラズマの中だ」 ネビロスの言にアガリアレプトは、ケタタタタタと極めて悪魔的な笑い方をした。 「それはなんて幸運だろう!でもどうしてそんなに幸運なんでしょう?700億分の3の確率で天界戦力の80%を占める大天使がこっちで生き残るのなんて」 「これは俺の推測だがおそらく、プラズマ計画の実行にはあらかじめ強い超能力を持った人間個体が計画中枢で関わっていた。大天使のアバターは非常に強力な超能力、つまり天使の力を持っているからな。」 「なるほど」ネビロスの答えにアガリアレプトは、手のひらを拳でポンと叩く。 「じゃあ、ネビロスさん。3対の大天使がまだ人生ゲームオンラインに閉じ込められていることも確認できましたし、帰りましょう。なんでも、天界に還った700憶の天使が<ゲーム酔い>でまだ戦えないであろう今夜あたりに一気に総攻撃を仕掛け、天使たちの中枢、神の居城を崩すらしいですよ」 そういって、アガリアレプトは空間を掴み、まるでドアを開けるみたいに、何もない空間を開いた。 「ああ。一ついいか、アガリアレプト」 「なんでしょう?」 「あのあたりに、何かいないか?」 「NPCですか?」 「いいや、プレイヤーの方だ」 そう言うと、ネビロスはわたしたちのいる灌木の茂みの方を指さす。 今、わたしの体はシルの透明化能力によって完全に隠されている。見えるはずがない。 しかし、直後。ネビロスは瞬間移動でも使ったのだろうか。 一瞬で、その姿を眼下のストリートから消し、わたしの目の前に現れた。悪魔の歪んだ瞳とわたしのそれが空中でぶつかり合う。 悪魔が目の前にいる。その目は、切れ長で、目の色は、恐ろしいまでに黄ばんでおり、その中には、地獄を連想させるような赤い瞳が爛々と輝いている。 それはひどく赤黒く、わたしに地獄を連想させた。 ヤバイ。ヤバイヤバイ。 心臓が、激しく脈打ち、その大きな鼓動が全身を伝ってはっきりと聞こえてくる。 ヤバイ。見つかった。殺される。戦う? いや、おちつけ。シルが透過能力を使ってくれている。 見えていないはずだ。 見えていない。 見えていない。 見えてない。 直後、アガリアレプトと呼ばれていた方も姿を現す。 ダメ。 万事休すかーー しかしーー 「何もいないじゃないですか。気のせいですよ。仮に一部においてプラズマ界が成功していたとしても、中心となった場所からはここはずいぶんと外れているでしょう。ここが、プラズマ界ってわけはないでしょうし。一度、プラズマ界の中に入れば二度と現実の世界に戻れないように、2つの世界を隔てる壁を設計したのは、ネビロスさんでしょう?」 「ああ。そうだな。そうだった。すまない。俺の思い違いだったようだ」 アガリアレプトが再度、扉を開け、二体の悪魔がその中に姿を消すと扉は音もなく消えた。 助かった。 安堵して胸をなでおろすが、恐怖で高鳴った心臓の鼓動は、しばらく落ち着きそうになかった。しかし、果たしてあの扉の向こうには、悪魔の世界があるのだろうか? 赤黒い夕闇の支配する空をわたしたちは、両翼を大きく広げ、アマガミ村に帰るべく、空を流れるように滑らかに飛行する。 わたしにとって、今日の冒険はまさに夢のようなものだった。自分たちの住んでいる世界がいかに小さいものだったのかひどく実感させられた。 おそらく、世界全体から見れば、アマガミ村の面積なんて犬小屋のようなものだろう。 そして、かつての世界には、自分たちが想像もつかないような数の天使/ぷれいやーがいた。 今日見たぷれいやーの死体だけでも、アマガミ村の全人口を大きく上回っていたのだから。 本当に、今でも信じられない。 今まで、自分たちが見ていた世界が夢みたいに儚く矮小なものだったなんて。 そして、今日の今日までその存在を疑って止まなかった悪魔が本当に存在したなんて。 「このことは、今日わたしたちが見たものは、神様や皆には黙っておこう」 わたしの言にケノンは、不満そうに顔をしかめたが、やがて諦めたように頷いた。 「うん……。俺としては、言いふらして自慢したいのは山々なんだが、言っても誰も絶対に信じてくれないだろうからな。黒金壁の外に行って悪魔と出会ったなんてさ」 「シルもお願いね?今日見たものはけっして誰にも口外しないこと」 「かしこまりました」 「でもさ……」 「どうしたの?」 「その……死んだぷれいやーは、どこに行ったんだろう?その、魂っていうかさ」 「それは…」 わたしは思わず、閉口してしまう。 ケノンの問いに対する適切な答えが導き出せない。 今日の今日まで、わたしは家畜以外の理性や知性を持った生物が死ぬのなんて考えもしなかった。 それは知的生命体にとってはあまりにも残酷すぎることだ。 いつか自分という存在が消えて、死んで永遠に失われることなんて。 アマガミ村の中では、そんなことはあり得ない。 天使であるわたしが、死ぬのなんて。 でも先ほど、悪魔に見つかりそうになったとき、わたしは確かに死を意識した。 解ったんだ。 あそこで、悪魔に心臓を貫かれれば、もう二度と蘇れないことが。 わたしの魂は、損なわれて完全に失われる。 そして、もう二度と世界というものを認識したり、空気を吸ったり、ケノンと武道大会で戦ったりできなくなる。 何もなくなる。 わたしは未来永劫永遠に何もない暗闇の世界に閉じ込められる。 そこでわたしはわたしというものすらも認識できない。 そんなことを思うと、形容できないくらいの深い悲しみと恐怖に襲われた。 それは、わたしがアマガミ村の二年間で体験した何ものにも増す、闇よりも暗くどこまでも底のない恐怖感だった。 やがて、「黒金の壁」が屹立していた、わたしたちの出発地点とアマガミ村が見えてきたが、黒金の壁はいまだにその存在を消したままであった。
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nttq
2019年6月18日 0時13分
「別にネビロスさんを攻め立てているわけじゃありませんからね?」ってそうですよね。「責め立てている」のですものね。
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nttq
2019年6月18日 0時13分
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