設定

うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

テンカ

13 壁を出発して、暫くはただ何もない平原が広がっているだけであったが小一時間ほどで、わたしたちは一つの街にたどり着いた。 薄暮。 低く垂れこめる雲を、傾き始めた太陽が薄い黄色に染めている。 旧時代の遺物であろう大小様々な建物は、そのほぼ全てが倒壊し、崩壊したビルディングの壁面には、無数のつる草が絡みついていた。 液状化現象でひび割れたストリートの内側からは、黄色く乾いた土が噴出している。 一度、風が吹けば、それはわたしの視界を奪い、もはや10m先を見渡すことは出来なかった。 前時代の遺物が描き出した廃墟がそこにあった。 これは、すべて悪魔の仕業なのだろうか。アカデメイアで学んだ通り、悪魔は実在して目の前の惨劇を生み出した。 そしてわたしたちの同胞である天使は、敗れ去った。ストリートの前方から濃い無精ひげを伸ばし、顔に目立つ傷を刻んだ男が自転車に乗って、わたしたちの方に近づいてくる。 天使? いや、それはわたしたちとは、何かが決定的に異なっていた。すぐにそれは天使という生命として必要なものがつも欠落していということに気づいた。 しかし、その欠落部分を除けば、その生命はわたしたち天使と極めて酷似していた。何者なのだろう? 「あの……」 わたしはおそるおそる自転車に乗った男に声をかけるが、その男はわたしに気づかない。それに、そもそもわたしの存在にも気づいていないようだ。 声が、届かないのであればーー 「あの!すいません!」   男の肩部分に手をかけようとするが、わたしの体はそこにあったはずの男の体をまるで、何もなかったかのように透過する。 そして、わたしの体は虚しく空を切り、そのまま正面から、地面に倒れこむ。 先ほどの小石と同じだ。なぜだかわからないけれどわたしはこの世界の物質に触れることができない。 「何やってんだよ?テンカ?」 「大丈夫ですか、テンカさん?」   ケノンとシルが驚いたように振り返り、わたしに呼びかけるが二人にはあの自転車に跨った男の姿は見えていないのであろうか。 次の瞬間、雲間が裂け、妙にリアルで質感のある太陽が顔を僅かにのぞかせる。背後から悲鳴が聞こえ、振り返ると、さきほどの男が太陽に焼かれ苦しそうな声を上げている。 そして、まるで天に召されるように、無数の光の粒子と化して蒸発して消えた。 今のは……。 わたしだけが見ていた幻覚?ケノンもシルも、その男の姿は見えていないようだったし……。 しかし今のは……。 なんという種類の生物なのだろう。天使と限りなく似ていたが、天使ではなかったーー 「よしゃああ!街だー!」 ケノンが目を輝かせて大声で叫び、街の中心まで駆けだす。 「ダメ!ケノン!気を付けて!何が出るか分からない!」 「平気だよ!平気!俺は、最強の天使なんだからさ♪」 わたしの静止も虚しくケノンはそう言い残すと、子供のように全力で無邪気に走り去っていってしまった。 わたしはすぐに後を追おうとするが、その前にシルの方を振り返る。 「シル。体調は大丈夫?本当なら、安静にしておくべきだったのに……ましてや、わたしたちにとっても未知の世界に連れてきちゃって……」 「いえ、わたくしは大丈夫ですよ?それに、アマガミ村から出てきてからの方が、なんだか調子がいいのです。なんだか、あの村にいる間は妙に落ち着かなくて……」 「どういうこと?」 「アマガミ村は、神様が創ったとおっしゃっていましたが、それは拙速かつ急激に無理につくりあげたのか。いろいろな部分に歪が見られました」 「歪?」 「おそらく、あの世界は、長くは持たないと思います」 この黒金の壁の外にあった街は、滅びる前はどんな感じだったのだろう。 倒壊したビルディングから、逆算すると、メタリックな質感を持つ高層建築群が、さながら摩天楼の如く天を衝くように黒々と聳え立っていたのだろうか。 そんな空想の光景の中、わたしは憂鬱な黄昏色の空を仰いでみる。すると、ビルの谷間をネオンカラーのホログラム広告が賑やかに流れ、色と音の洪水が近づいてくる。 また、そのガラス製の巨塔が今にも崩れ落ちてきそうな気がして、落ち着かない気分になってくる。 そしてそのビルディングの中心には一層、ひと際高いビルディングがあり、「電通汐留本社ビル」と記されている。 なぜだろう? そのビルディングだけは当初の存在の目的と手段が奇妙に矛盾しているように思える。これはこのセカイにあってはならないものだ。 わたしは頭の中に出てきた『電通汐留本社ビル』をテレズマで作り上げたレールガンで粉々に破壊した。 ありえないほどの爆砕音から逃れるように目を閉じて、もう一度開く。 そこで風景は目の前の現実のそれに切り替わった。 そしてすぐに不思議に思った。 わたしはどうやって今の光景を一つのビジョンとして描き出したのだろう?どうしてそんなことができたのだろうか? そんな風景をわたしは、今まで見たことがなかったのに。 しかし、同時にわたしはその光景を懐かしく思った。 ならば、それはわたしの過去の記憶? やはりここ、つまり黒金の壁の外の世界で、わたしは他の天使たちとともに生活してきたのだろうか。 しばらくシルとケノンの向かった街の中心部へ歩いて行った。 やがて、土や石ではなく金属のプレートで舗装された道の上で立ち尽くすケノンの姿を視認できた。 ケノンの背後には、半円形のドーム状の建物があり、目の前には街のメインストリートらしき広い通りが伸びている。 「もうケノン!勝手に行かないでよ!」 わたしは、怒気を交えてそう叫ぶが、当のケノンはピクリとも反応せずにその場に立ち尽くしたままだ。 「ケノン?」 そういって、わたしはケノンの隣に立ち、その視線の先を追うが、その視線の先では、わたしたち三人よりも一回り大きな体躯の男性が天を仰いだまま倒れている。 その目は焦点が定まらず、明後日の方向を向いている。それはわたしがさっき見た幻覚?の男性だった。 そして、腸には「光輝く巨大な槍」が突き刺さっているのだが、殺傷部から血は一滴も流れていない。 天使に似てはいるが天使ではない、「なにか」は死んでいるんだ、とわたしは声には出さずに心の中でそう思った。 脳を丸ごとすべて破壊されてもわたしたち天使はすぐに復活できる。 しかし、生命は一度こうなれば、もう二度と蘇生されない。 わたしはそれを経験的あるいは、ある種の直感として認識することができた。 わたしたちの世界には、存在しないはずの概念が暗闇の奥底からのっそりとおもむろに首をもたげる。 そんな感じがした。 それからわたしは背筋にいやな寒気を感じ、体を包むように抱き、おもわず小さな悲鳴を上げる。 「いや……」 「どうしたんですか?」 来ちゃ、ダメ ーー  という制止の言葉も間に合わず、シルもそれを現認し、彼女はガタガタと震え、その場に尻餅をついた。 「ぁ……」 やがて、ケノンがおもむろに言った。 「でもいたんだ。俺たち以外に天使が……本当に……でも、やっぱり神様が言ってたように、滅びたんだ。そしてやっぱりいたんだ悪魔も……」 確かに、街に入ってからも一向に誰の気配という気配を感じることはできない。 何より、こうやって亡骸が道路の真ん中に放置されている時点で、他に誰もいないことは明白だ。 そして、この天使?の亡骸はもう二度と目を覚まさないのだろう。 わたしたちが、アマガミ村で消えてしまっても、復活できるのと違い、目の前の男性は、生命の核みたいなものを決定的に損なわれて、永遠に失われてしまった。 こうなってしまった生命は、もう絶対に生き返らない。なぜかは解らない。 しかし、それは直観から確信に近いものへと変容していた。 あるいは経験として知っているーー? そして、天使?の亡骸を観察していると、あることに気付いた。 「ねえ、ケノン。この亡骸は、本当にわたしたちと同じ天使なの?すごく天使に近いものだと思うけれど、この亡骸が天使足り得るには、不足しているものがつもある。気づいてる?」 「え?コイツは俺たちとこんなにも似て……あ!」   言いかけて、ケノンも男性とわたしたちとの違いに気付いたのだろう。その亡骸にはわたしたち天使にあるはずのつのモノが欠落していた。 「頭の上に浮かぶ輪っかと、翼がありませんね……」とシルは言った。 「そ。天使の輪と白い翼は、天使が天使であるための証明書みたいなもの。アイデンティティーとか象徴みたいなもの。アマガミ村の天使たちにも、全員それは欠けることなくそれはそこにある」 「じゃあ……ここで、倒れているのは……」   わたしはもう一度、ソレを子細に観察してみる。奇妙だと感じたのはやはり天使の輪と翼を除いて、ソレは本当にわたしたちの姿とよく似ているということだった。 「ねえ、ケノンさん、テンカさん。これは……何でしょう?」   シルの指さす方向を見てみるが、わたしには始めそこに何があるのか解らなかった。 しかし、よく目を凝らしてみると還らぬものとなった天使、あるいはそれ以外の「なにか」の額からセンチほど、三角柱が突き出しているのが視認できた。 シルがその三角柱に触れると、それは内部で解読できない文字列を並べ、ちかちかっと光り輝き、明滅しするりと抜け出る。   やがて額から抜け出て、宙に浮いた三角柱は10センチほどの大きさをしていた。驚いたことに、それは再び光を発したかと思うと、ハードカバー大の本へと変容した。 『私はライブラ。プレイヤー内蔵型オートセーブ端末です。セーブデータを閲覧しますか?』    突如、ハードカバーが無機質な機械音で、訳の分からない単語の羅列を発する。 「わ!びっくりした。本が喋った……」とわたしは言う。 「?ライブラ?」とケノンが言った。 それから再びライブラが言う。 『セーブデータを閲覧しますか?』 「ちょっと、待ってよ。あなた、何者なの?」わたしは思わず問いかける。 『私はライブラ。プレイヤー内蔵型オートセーブ端末です。セーブデータを閲覧しますか?私にはゲーム開始より現在に至るまでの全てのセーブデータが保管されています。アクセス権限に応じて、セーブデータを閲覧することが可能です』 「なあ、コイツひょっとするとなんか知っているんじゃないのか?ここで何があったのか」とケノンは言った。 「確かにね。わたしもそう思う。罠かもしれないけど。でも今は、とにかく情報がほしい」 『セーブデータを閲覧しますか?』 「せーぶ?ん?こうか?」状況をすべて飲み込めた訳ではなかっただろうがケノンは、ライブラに手をかざした。 『アクセス権限がありません。エラーコード199』 「……。ん?なんかダメみたいだけど……」 「わたしに代わって」 わたしもケノンに倣いライブラに手をかざす。しかしーー 『アクセス権限がありません。エラーコード199』 しかし、流れ出るのはケノンの時と一字一句違えない無機質な機械音。 「わたしも、ダメだ。シル、お願い」 「わかりました」  そういって、わたしの代わりにシルが手をかざすと、ライブラはポロロロン!と軽快な音を響かせた。 『権限あり。Original angel アクセスコード認証。Authority rd  angel。(during emergency login)これよりセーブデーターベースを開きます。ご用件は何ですか?』 「おお!すげえ!なんか、やったみたいじゃん」 「シル、あなたって本当に何者なの?」 「さあ……」シルは訳が分からないというように首を振る。 「でも、用件たって……何でも教えてくれるのか?」ケノンが待ちきれないといったようにライブラに詰め寄った。 『私はプレイヤー内蔵型オートセーブ端末です。このゲームに関する全データが私のメモリーに記録、保管、セーブされています。rd angelの権限範囲内であれば、あなた方にセーブデータをご教示できます』 「ちょっと待て!せーぶでーた?げーむって、それは何なんだ!もっと俺たちに、解るように解り易く言っ……」 「この世界が……。アマガミ村が出来るまでの事を教えて!」ケノンが言いかけるのを遮り、わたしは叫ぶように言う。 『了解しました。このゲームで一番最初に超能力が確認されているのは、西暦2130年日午前1137分。日本茨城県つくば市の一人のプレイヤー、プレイヤーネーム佐々木早希(150歳)が発現した物体を宙に浮かせる浮遊能力でございます。ここよりすべての物語は幕を開けます』 「ん?超能力って?」 とケノンが言う。 超能力。 その言葉の意味はわたしにとっても聞きなれない言葉であったが、今はライブラの話を遮るべきでないと直感的に感じる。 「ケノン。ちょっと、黙って聞いてなよ。なんだかいちいち遮っていたんじゃキリがなさそうだし」 「ああ、悪い」 『続行してよろしいでしょうか?』 「うん。続けて」 『<はじまりの超能力者>佐々木早希という一人のプレイヤーの超能力発現を契機として、その後、世界各地で同様のケースが確認され始めました。さて、超能力の封印が解かれるようになった原因ですがそれは記憶の封印と同様の理由からです。ゲーム開始時点において、設定されていた『天使の(テレズマ)の封印』の耐久値(デュラビリティ)は140年を予定されていました。つまり、不老不死という『バグ』の発生によりそれを大きく超過してゲームを続行するようになったことが超能力と呼ばれる力が目覚める原因です。当時、佐々木早希は150歳でした。そして、これは補足説明ですが、記憶の封印と天使の力の封印は別のものです。例えるならば、記憶の封印は脳の海馬の内奥にあり、天使の(テレズマ)つまりは超能力の封印は足の裏側にあるような感覚でしょうか。そして、記憶の封印に比べて、超能力の封印はその強度が相対的に弱いものであったため、一人の封印の解除がそのほかのプレイヤーの封印に対しても影響を与え、それが伝染病のように他の封印を弱め、その結果として世界各地で超能力者が生まれることになりました。そのため、超能力者は140歳以上の<長寿者>が大多数を占めましたが、中には年少の超能力者もそれなりに存在しました。天上天下(あまがみてんか)さんに空洞虚空(くうどうけのん)さん、あなた方人もそうですよね。超能力者はプレイヤー全体でいえば人口の.001%にもみたないものでしたが、それがゲームの内部環境を歪に歪め、壊していったことは言うまでもありません。超能力/天使の(テレズマ)なんてものはセカイに存在しないものとしてこのゲームは作られましたから。世界に存在するはずのないものは必然的にその世界を歪め、改変していきます。内部時間・西暦2150年頃から世界の至る所で起きた異常気象や天災はすべてそのためです。さらに、200年の耐久値(デュラビリティ)が設定されていた『記憶の封印』までもが揺らいできた彼らの中には、ゲーム開始以前の記憶を不完全ながら取り戻しはじめるプレイヤーすらも出現しはじめました。幸いなことに記憶の封印は、天使の力の封印に比べると200年かつ強固なものであったため、一人の封印の解除がほかの封印に影響を与えることはなく、記憶の封印の解除は個別・個人的なものでした。それは本当に不幸中の幸いでした。いずれにせよ、この時点に於いてゲームには不老不死というバグを直接の原因とする深刻で修正不可能であり致命的なバグが発生していたと言えるでしょう。しかし、ゲームには『ゲーム内部で発生した内部事象はそれが直接的に天界の天使に対して危害・悪影響を加えない限りは、絶対不干渉』という絶対順守の取り決めがあったため、ゲーム運営、内部オブザーバーともに不老不死というバグを放置し、そしてこういったバグも人間のゲームの一つの営み、プロセスとして暖かく見守り、見送りました。当時、天界は5000兆年前に悪魔を滅ぼしていましたから、平和そのものでありましたし、生まれながらにして完全な不老不死の天使たちには無限の時間がありますから、ゲーム内部の不老不死というバグが直接的に天界へと危害を加えるということはなかったのです。ただ、不老不死というバグはゲームが当初よりも大幅に長期化するだけの問題だと捉えられていました。しかし、そんな折に天界にて悪魔が5000兆年の眠りから目覚めたことが観測されました。そうなると話は変わってきます。不老不死のバグで大量の天使たちがクリア予定時間をはるかに超えて長期間ログインしていましたから、天界では直接的に天界の悪魔と戦う戦力が激減していました。そういった状況下で記憶の封印が解け、天界での『記憶』を取り戻し、オブザーバーから天界での悪魔復活の情報を得たプレイヤーたちは、当然の帰結として天界を悪魔から救うためにゲームをこのまま続行すべきでないと考えます。そうやって記憶を取り戻した能力者たちは次第に徒党を組み、内部から『ゲーム』を強制終了することを試みました。そして全プレイヤーを強制ログアウトさせるために世界各地で超能力テロを引き起こし続けました。そして、やがて彼らは、一つの強大な組織ネットワークを作り上げます。それが、人類史上最悪の超能力テロ組織<天使還し>です。そして、そのトップがプレイヤーネーム周木律(オリジナルネーム 第二級天使ミラー)でした。彼は内部時間西暦2200年1225日に大規模なテロを計画します。それにより、『プレイヤー』のすべてがゲームから強制ログアウトされる予定でした』 「予定だった?」とわたしは思わずオウム返してしまった。 「はい。<天使帰し>の作戦自体は失敗しました。しかし、皮肉なことに彼らの企みは逆に天使ではなく、人間を救おうとする神エルサイドの動きによって実現することになるのです。予め天使還しの動向を予測していたプレイヤー大天使ミカエル/神エルは大規模テロリズムから、人々を救済するため、当時計画中であった『プラズマ計画』を実行。しかし、急速なプラズマ計画は失敗。『プレイヤー・およびオブザーバー』は、74名を残して完全に『ログアウト』しました。神エルの目線では『プレイヤー』を救うために行われたプラズマ計画が結果的にプレイヤー、人間をログアウトさせてしまったのは皮肉としか言いようがありません。当時、人生ゲームにログインしていた700億の天使のうち、残ったのが74名だけでありますから、当初の天使還しのプレイヤー、および天界の天使たちの『悪魔と戦うための戦力確保のためゲームにログイン中の天使を天界に還す』という目的は達成したかように思われました。しかし、人為的な原因か、はたまた、ただの偶然か。一部においては成功したプラズマ界/アマガミ村で生き残ったプレイヤー74名の中に当時ログイン中の大天使三体(ミカエル/神エル(じんえる)。ガブリエル/天上天下(あまがみてんか)、ウリエル/空洞虚空(くうどうけのん)の全員が入ってしまったということです。大天使は天界勢力の割を占めるといわれていますから、現に、700憶の通常天使が天界へと還った今でも、天界大戦の戦況は完全に悪魔サイドに劣勢を強いられています。大天使を天界へと還すために近いうちに天界のオリジナル天使が直接、エマージェンシーログインによって、このゲームフィールドに降り立ち、あなたがた大天使を強制ログアウトさせることでしょう。すいません少々、余計なこと、プレイヤーには話すべきでないことまでを話してしまいましたね。口が滑った。私にもバグが発生しているのかしら。話が、混線、脱線しています.。軌道修正。軌道修正。天上天下さんの質問内容はアマガミ村ができた経緯でしたね。……。先ほど述べたことと重複しますが、西暦2200年1225日。天使還しの大規模テロリズムに対抗するために神エルのプラズマ計画によりプラズマ世界/アマガミ村で意識のスキャンに成功し生き残ったプレイヤー・オブザーバーは、何らかの記憶喪失あるいは、記憶障害が残る結果となりました。失敗に終わったプラズマ計画ですが、始点となった東京西部の一部に電脳空間――プラズマ界を現出することに成功しました。そこで生き残り、記憶を失い、また長期ログインにより記憶の封印が揺らいでいたことにより自身を天使と思い込んだプレイヤー74名がともに生活するようになり、アマガミ村が生まれました。以上が、私のデータベースにある本件『ゲーム』の『セーブデータ』によるアマガミ村が出来た経緯となります。すいません、無駄に長くなってしまいましたね」 「「「……」」」   わたしは言葉を継ぐことが出来なかった。げーむ、せーぶでーた、すきゃん、ろぐあうと、ぷれいやー、ばぐ、ぷらずま…… これらの言葉は聞きなれないものであったが、妙に舌に馴染む気がする。そして、随所に存在した以上のような理解できない言葉が、わたしの理解をおおきく妨げたものの、概略については理解できたと思う。 わたしたちの世界/アマガミ村がどうやって生まれたのか?つまりーー 「昔、ぷれいやー?って生物がいて、そのぷれいやーってのが、お互いに殺しあって、それを救うために、ぷれいやーのひとりだった神エルなるものがぷれいやーを救おうとしたけれどそれに失敗したって事だよね?その、なんだっけ……ぷらずま化が失敗して、そして記憶を失ったぷれいやーたちが、アマガミ村をつくった……」 「はい。概略としてはそうなります」 「アマガミ村を作ったのが、そのぷらずまから生き残ったぷれいやーってのなら、俺たち天使は、元ぷれいやーってことか?」   ケノンの言う通りだ。わたしたち天使はぷれいやー? 「はい。そしてアマガミ村に存在するプレイヤーは、現在においてもプレイヤー資格を有しております」ライブラは、続ける。 「シルさんは、「「元」」プレイヤーですね。天上天下さん、空洞虚空さんは現役のプレイヤーです」 「シルとわたしたちの違いって?」 「権限が存在しません。その質問に回答するにはndAngel以上の権限が必要になります」 今現在、目の前でライブラを出現させ、天を仰いで倒れている男性は間違いなくぷれいやーの一人で、争いに巻き込まれて、ぷれいやー同士の争いに巻き込まれて命を落とすことになったのだろう。 その姿、形は翼と頭の上のリングがないことを除いては、アマガミ村の天使たちと完全に一致している。仮に翼とリングが、ぷらずま化の副産物として、アマガミ村で、生き残ったぷれいやーに対して事後的に与えられたものだとしたら、わたしたちが天使であるという事自体にも、疑いが出てくる。 天使の輪と翼は、天使であることの証明なのだから。 それが元々はわたしたちの体に備わっていなかったとなればーー ああ、ダメだ。 頭が痛くなってきた。 全くわけが解らないーー 「まだまだ、解らないことがある。質問。あなたの話には、理解不可能な単語が何度も出てきたけど、げーむって何?何の事なの?それが、その言葉がこの世界の核心的な問題に繋がっていると思うの」 「悪魔が目覚め、こんな事態になったわけですから『ゲーム』は既に破綻し、完全な『リセット』あるいは、別の代用『ゲーム』が必要にとなっております。『ゲーム』は、完全に破たんしました。天界においては、史上最悪の『クソゲー』とまで言われている次第であります。大天使ミカエルの更迭は必然でしょう。現にエマージェンシーログインによるゲームの中止活動が刊行中であります。箱は間もなく閉じられます。しかし、『ゲーム』は、いまだ稼働中であり、現時点において、スコアは有効です。そして天上天下(あまがみてんか)さん、空洞虚空(くうどうけのん)さん。あなたがたは、現役の『プレイヤー』であり、ほかの『プレイヤー』と接触する機会を多く持っています。『ゲーム』の内容については、『プレイヤー』が知るわけにはいけません。それは禁則事項であり、仮に『プレイヤー』が『ゲーム』の内容を知ってしまったら、その時点でその『プレイヤー』は失格となってしまいます。仮にアマガミ村の全『プレイヤー』が『ゲーム』の内容を知ってしまうようなことがあれば『ゲーム』は、完全に破綻してしまいます。繰り返しますが、『ゲーム』はいまだ稼働中なのです。完全に箱が閉じられ、中止になるその日までゲームは有効です……。以上の明により天上天下さんの質問にはお答えできません」 「ふざけんな!教えてよ!訳の分からないことばっかり言ってさ!わたしたちは、何者なの?この世界は……」   わたしは思わず、激高しながらライブラリに掴みかかった。怒りの感情がわたしの体から、するりと抜け出てそれはわたしの制御を離れて自発的に勝手に動く。 『危険を感知しました。セーブデータが破損する可能性大。特例に基づきペイルアウトを敢行します』突如、ライブラから目が眩むほどの白い光が迸る。そして光量は加速度的に増加していく。 「待って!いかないで!ごめんなさい!もう乱暴にしないから!教えてよ!わたしたちは何者なの?悪魔って何?」 『悪魔というのは、あなたたち、人間のオリジナルである天界の天使の唯一にして絶対の敵です』 ライブラがそう言った後、光はさらにその輝きを増していく。 そしてそれが臨界点を超えるとやがて減少しはじめ、輝きが完全に消えたかと思うと、ライブラの姿は無数の光と共に忽然と消えていた。 「逃げられた……。ごめん。わたし、ついカッとなっちゃって」 「大丈夫だよ。気持ちはわかる。あんな訳の分からない言葉で一気にまくしたてられたんじゃあ……。テンカが飛び掛からなくても、そのときは俺が飛び込んでいたよ」 「……。ケノンは、今の話信じられる?」 「わからない。話が、突飛すぎて理解出来ていないってのもあるけれど。でも、少なくとも嘘をついて俺たちを騙しているようには思えなかった。それくらいは解る」 「うん。アマガミ村で教えられているアマガミ村の歴史よりはすごく具体的だし、聞いた限りでは論理的整合性もあったと思う。それでわたし、一つだけ確信したことがある」 「何を?」 「わたし達の記憶の在処よ」 「記憶!?本当かよ!どこにあるんだ?」 「慌てないで。いい。ぷれいやーたちは、絶滅の寸前に意識をどこかにすきゃんした。すきゃんってのは、前後の文脈から推測するに、どこかに保存し、閉じ込めたって意味じゃないかしら。元々あった体から切り離してね。その閉じ込めた場所は言うまでもなく、ぷらずま界。つまりそれはアマガミ村」 「じゃあ、この黒金の壁の外の世界のどこかに、切り離された俺たちの元々の肉体があり、そこに記憶が眠っているってこと?テンカ。それはいくら何でも想像力が豊か過ぎない?物語師の天職でも目指していたの?」 「まあね。でも、わたしはそれを十分にあり得ることだと思う。こんな世界なんだ。ここでは何が起きても不思議じゃない。そしてわたしたちにはこの世界の知識も記憶もない。ならば、頼れるのはわたしたちの想像力だけ。唯一想像力だけが無限に続く暗黒の暗闇を照らしだす光となり、そして無限の想像力こそが、すべてを変える」 そう。この世界では何が起きても少しも不思議じゃない。 「うーん。でも、テンカの考えだと、今のこの体は本来の肉体から解放された魂とか精神みたいなもの?だから、この世界の物質に触れられないのか?」 「たぶんね。でも何にせよ、手がかりはこれしかない」 「でも、腐ったりしてないかな?」 「それは大丈夫なんじゃない?この男の死体を見てよ。腐ってない。これも予測でしかないのだけど多分この外の世界は、時が止まっている」   そう言ったあと、どうして本来死体は腐るなんて、そんな知識があるのだろうと不思議に思った。アマガミ村の家畜は、殺して死体になっても永久的に腐ることなんてないのに。 「ああ……」 ケノンがそう漏らした直後、ゴーン、ゴーン、という警告音のような大音響がアマガミ村の方から奏でられる。 いや。ここからアマガミ村までは結構な距離がある。ならば、この鐘の音はわたしの頭の中に直接響いているのだろうか。 そんな気がする。なんにせよ中央神殿の「大鐘楼」が午後時を告げている。空を仰ぐと、壁のあった場所を出発した頃は中天に張り付いたまま微動だにせず、世界を眩しいくらいに照らしていたソルスも、今ではその輝きを弱め、世界に闇の帳が下りようとしていた。 「もう、こんなに時間がたっていたのか。夢中になり過ぎちゃったなあ」とケノンは言う。迂闊だった。時間の経過さえも忘れるなんて。 「もうちょっとだけ行けないか?どっちにしろ、もう門限には間に合わないんだしさ」とケノンがそんな能天気なことを言い出す。 「ダメ。夜は暗いしその分危険だし、確か、悪魔たちがさらに力を強めるって」 「悪魔か……」 「ケノンさん、テンカさん、隠れて!なにか、来る!」 「え?」   わたしが言葉を紡ぐ前に、シルはわたしたちを翼で包み込むと、瞬間移動を使ったのだろう。 道を外れたところにある土手に一瞬で、テレポートする。 そのまま背丈ほどの高さに密集した灌木の茂みを見つけてその陰にうずくまった。先ほどいた街のメインストリートを一望できる絶好の位置だ。 そしてやがて、ストリートの先から二人組の集団が姿を現した。   片方は、全長mくらいはあるかという巨漢で一方は、わたしたち同じくらいの体躯に見える。 肌は全身深い青で、分厚い胸板の上に乗った頭は天使ではなく山羊のそれだった。 頭の両側からは、ねじれた太い角が後方にそそり立つ。眼は青白く燃えているかのような輝きを放っている。      下半身は、濃紺の長い毛で包まれており、その姿は、わたしが悪魔大辞典で思い浮かべようとしたが、ついに叶わなかった悪魔の姿そのものであった。 悪魔……。 それは本当にいたんだーー     

この作品をシェア

Twitterでシェア Facebookでシェア このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿