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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

テンカ

10 一通り、アマガミ村の施設を案内したところで、中央神殿にある時を告げる「大鐘楼」が鳴り響く。 時刻はちょうど、正午になったところだ。ソルスが中天に張り付き、世界を白く染め上げる。あと残す施設は、中央神殿のみだ。 「で、もうとっくに、気づいていると思うけど、村の周りをすっぽりと囲むあの黒い壁は、『黒金の壁』といって、壁の向こうの悪魔たちから俺たち天使を1000年もの間、守ってくれてる超偉大でありがたい壁なんだ。あ、テンカにもう説明してもらっているっけ?」 ケノンは、得意げに黒金の壁の方向に人差し指をピンと指しながら説明する。 その方向には空高く黒金の壁がわたしたち天使を守るように屹立しており、地上からその終点を視認することは叶いそうにない。 「ん?壁そんなのどこにあるのですか?わたくしには、何も見えないのですが」 わたしは、怪訝そうに 「?シルってもしかして、目悪いの?」と言った。 そして言ってから、これは目が悪いとかそうゆう次元の話ではないと思った。壁はそこに存在するのだから。見えないということはありえないだろう。 「いえ、普通だと思いますが」 「でも、見えないんだろ?どうする近くまで行ってみるか?」 シルは不思議そうに「黒金の壁」のある方向を見つめていたが、やがて一つ頷くと、「はい、お願いします」と言った。 眼前に屹立する禍々しいくらいに黒い壁は、天まで続いているのかと言わんばかりに巨大で、天を仰いでみても、その終わりを見定めることができない。 次第に本当に天を貫いているのかとさえ思えてくる。 そして近くまで来て見てみると、完全な黒というよりは少し赤み掛かっている部分が散見される。 うーん。これは天使か悪魔の鮮血なんだろうかと思う。 「これが、『黒金の壁』で、かつてはこの外の世界で悪魔に滅ぼされかけた天使だったけど、わたしたち天使を救うべく天上の協会から、降り立った神様がこの壁を築いたんだって。いわばわたしたち天使の最終防衛ラインってわけ」とわたしは黒金の壁について説明する。 「壁?それに昔は、あなたたち以外に天使がいたの?」 「神様はそう言ってた。アマガミ村の伝承を読む限りでも、そうなんだろうね。黒金の壁の中で生き残ったわたしたちはその天使の最後の生き残りなんだって」 「じゃあ、この『向こう側』の世界には、悪魔が今もいるということですか?」 「うん。多分ね。悪魔も滅んでたら良いんだけれど……」 ケノンが壁にさらに、一歩近づこうとした瞬間。ケノンは頭を打たれたように頭を抱え蹲る。まるで、この先に行っちゃいけないと誰かが警告を発しているように。 「ダメ。ケノン。これ以上は!戻ろう。まだ、案内していないとこあるしさ」 「ハァ……。ああ、悪い。油断した。どうやら、ここらが臨界点みたいだ。シルもこれ以上は駄目だぞ。脳に電流が流れるように痛むから」 「壁?本当になんのことですか?ふたりともわたくしをからかっていらっしゃるのですか?本当にさっきから、わたくしには何も見えないし、お二人が何を言ってるのかよくわからないのですが……」 そういって、シルはどんどん壁のほうに近づいていく。 「駄目だ!壁に近づいちゃ!」 「本当に何を言っているのですか?壁なんてどこにも……」 わたしたちが止めるのも聞かずにシルは徐々に壁に接近していく。 しかし、ケノンもわたしもここから一歩も動けない。 壁に近づき臨界点を超えると脳に電流が走るように痛むのだ。 躰に亀裂が走り、ラグり、最悪、この世界から消えてなくなる。 以前に、シンが度胸試しに限界まで壁に近づいてそのまま消えてしまった。 そしてシンが復活するまでに実に一週間もの時間を要した。 一時は、もう度とシンは、帰ってこないのではないかと思いひどく不安になったりもした。 これは、壁の「向こう側」にいる悪魔が壁に近づけないようにしたシステムなのだが、壁を創った神様の設計ミスで、対悪魔用システムがそのまま「壁の中」の天使たちにも適用されてしまうかららしいのだが……。 しかし、シルは壁なんてどこにも無いというように壁のある場所までたどり着き、さらにそこを平然と、壁を、壁のあるはずの場所を通り抜けていく。 そして、次の瞬間にはキィイイイイイイインンンという甲高い音がわたしの脳内に鳴り響いた。 「「え?」」 思わず、わたしはケノンと異口同音に間抜けな声を漏らしてしまった。 さらに、次の瞬間、壁にラグが走り、グシャリと奇怪に歪み収縮したかと思うと次の瞬間には、壁は音もなくきれいに消え去った。 「は?」 「壁が消えた????」 「「えええええええええええ!?」」 わたしとケノンは、思わず発狂してしまう。 アマガミ村ができてから1000年もの間、天使を守り続けた壁が一瞬にして消えてしまったのだから当然だ。 わたしがこの世界で目覚めてから、年の間、壁は壁として常にそこにあり続けた。 わたしたちを守る壁として。その壁が…… 「何が起こったんだ!?シル、お前、何を……」 ケノンが頭の痛みも忘れたようにシルに詰め寄るが、 「本当に、お二人ともなにを言ってるのですか?壁なんてどこにも……」 わたしたち二人の狼狽ぶりにシルは、尚も何が何だかわからないといった風だ。 一陣の風が吹き、シルの長い銀の髪がそれに同化するように流れる。 その表情やライトブルーの青眼を見る限り、とても冗談を言って、わたしたちをからかっているようには思えない。 本当にシルの瞳には壁は存在しないのだ。映っていないのだ。 でもだとしたら本当に、シルとは何者なのだろう? 今のでわたしたち天使とは種類の異なる生命であるという疑念は、確信へと変わった。 同時に彼女がわたしたちの閉塞した世界に何かをもたらしてくれるという期待も。 「でも、これって、そうとうまずいよね。壁の向こうから悪魔が攻め込んでくるんじゃ……」 「確かに……」 わたしは内心恐恐としながら、壁のあった地点の向こう側の景色を見やるが、そこにはこちらとなんら変わらない大地が永遠と続いているだけで、直ぐに悪魔の群れが攻めてくるというわけではないようだ。 そのことにわたしは、ひとまず安堵する。 「戻って、神様や村のみんなに報告しなきゃ」 「そうだな……」 わたしはもう度、壁の屹立していた場所を見やるが、まだその光景が信じられなかった。壁はものの一瞬にして消えてなくなった。まるでわたしたちだけが見ていた儚い夢のように。  

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  • ひよこ剣士

    nttq

    2019年6月17日 23時40分

    「1000年もの間、守ってくれてる超偉大でありがたい壁」を表現するのに「禍々しい」を使うセンスが普通じゃないと思いました。

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    nttq

    2019年6月17日 23時40分

    ひよこ剣士